No. 802020. 02. 27
成人 > レビュー

HIV感染症「治療の手引き」を読み直す

  • 日本赤十字社医療センター感染症科
  • 上田晃弘

    HIV感染症の治療は日進月歩である。現在も新規薬剤の開発が続き、多くの大規模臨床研究により様々な知見が明らかになってきている。これらを受けてHIV感染症の治療ガイドラインも頻繁に改訂されている。

    治療の進歩は喜ばしいことだが、臨床医としては以前読んだガイドラインに記載されていたことが現在も標準的なものとして通用するのかどうか不安に駆られることがある。本稿では、初回治療はどの薬剤の組み合せを選択すべきか、また治療はいつから開始すべきか、という2点について、これまでの経緯にも簡単に触れつつ、HIV感染症「治療の手引き」の最新版(本稿執筆時点では第22版)を読み直してみたい[1]。

    どの薬剤の組み合わせで治療するか(表1

    最初の抗HIV薬は核酸系逆転写酵素阻害薬のジドブジン(AZT)で1987年に開発された。ジドブジンの投与により一時的なCD4陽性細胞数(以下、CD4数)の増加はみられたが、投与開始後20週を超えると再度減少に転じ、その効果は持続しないことが判明した[2]。その後、他の核酸系逆転写酵素阻害薬が開発され、2剤併用療法も試みられたが、いずれも治療効果は一時的であった。これはHIVが薬剤に耐性を獲得することが原因と考えられた。

    大きなブレイクスルーは、1996年にプロテアーゼ阻害薬と呼ばれる、核酸系逆転写酵素阻害薬とは異なる機序の薬剤の開発によってもたらされた。プロテアーゼ阻害薬であるインジナビルと核酸系逆転写酵素阻害薬2剤との3剤併用療法を行うことにより、CD4数の増加とHIV-RNA量の減少が強力かつ持続的に得られることが判明した[3]。ここからhighly active antiretroviral therapy(HAART)と呼ばれる多剤併用療法によるHIV感染症の治療が始まった。

    その後、他の機序の薬剤も開発され、核酸系逆転写酵素阻害薬、プロテアーゼ阻害薬、非核酸系逆転写酵素阻害薬などの抗HIV薬が使用できるようになった。基本的な薬剤の組み合わせは、バックボーンと呼ばれる核酸系逆転写酵素阻害薬2剤と、キードラッグと呼ばれる他のクラスの薬剤1剤の計3剤を用いるものであり、現在も標準的な治療方法である。キードラッグとしては主にプロテアーゼ阻害薬あるいは非核酸系逆転写酵素阻害薬が選択され、プロテアーゼ阻害薬ではリトナビルでブーストされたロピナビル、リトナビルでブーストされたアタザナビル、リトナビルでブーストされたダルナビルが、非核酸系逆転写酵素阻害薬ではエファビレンツが長期にわたって重要な役割を果たしてきた。

    そして、2007年に新たな機序の薬剤であるインテグラーゼ阻害薬が開発された。最初のインテグラーゼ阻害薬はラルテグラビルで、これは副作用や薬物相互作用が少なく、抗ウイルス効果にも優れ、キードラッグとして重要な位置を占めるようになった。その後もインテグラーゼ阻害薬の開発は進み、ラルテグラビルに加えて、1日1回の服用で治療が可能なエルビテグラビルなど選択肢は増えたが、これらの薬剤にはHIVに耐性変異を獲得されやすい(genetic barrierが低い)という欠点もあった。しかし、2013年に開発されたドルテグラビルは、1日1回1錠の内服で済み、抗ウイルス効果も強力で、かつ耐性変異が獲得されにくく(genetic barrierが高く)、これまでのインテグラーゼ阻害薬の欠点を補うものであった。

    表1 「治療の手引き」にみる初回治療として推奨される組み合せの変遷
    HIV感染症
    「治療の手引き」
    初回治療として推奨される治療
    第13版
    (2009年12月発行)
    ・キードラッグとバックボーンに分けて、それぞれ「好ましい薬剤」と「その他の好ましい薬剤」が記載された
    好ましい薬剤
    ・キードラッグ:EFV、ATV+RTV、DRV+RTV、FPV+RTV、LPV/r
    ・バックボーン:ABC/3TC、TDF/FTC
    その他の好ましい薬剤
    ・キードラッグ:NVP、ATV、FPV+RTV、FPV、SQV+RTV
    ・バックボーン:AZT/3TC、d4T/3TC
    第14版
    (2010年12月発行)
    ・キードラッグとバックボーンとに分けた記載ではなく、「好ましい組合せ」「その他の好ましい組合わせ」が示されるようになった
    ・好ましい組合わせ:EFV+ABC/3TC、EFV+TDF/FTC、ATV+RTV+ABC/3TC、ATV+RTV+TDF/FTC、DRV+RTV+ ABC/3TC、DRV+RTV+TDF/FTC
    ・「好ましい組合わせ」にRALのレジメンが追加された
    ・LPV/r、FPV+RTVが「その他の好ましい組合わせ」になった
    第15版
    (2011年12月発行)
    ・TDFの腎機能障害の注釈が追加された
    ・ABCの心血管リスクに関する注記が削除された
    ・AZT/3TCが削除された
    ・抗HIV療法の名称が「HAART」から「ART」になった
    第16版
    (2012年12月発行)
    ・米国のガイドラインでRPV+TDF/FTCが初回治療の代替レジメンとなったことが記載された
    第17版
    (2013年12月発行)
    ・効果的な抗HIV療法は二次感染の予防にもなることの記載が追加された
    ・EVG/COBI/TDF/FTCが「好ましい組合わせ」に追加された
    ・RPVの組み合せが「その他の好ましい組合わせ」に追加された
    第18版
    (2014年12月発行)
    ・記載方法が「推奨される組合せ」「代替の組合せ」に変更された
    ・DTGの組み合せが「推奨される組合せ」に記載された
    第19版
    (2015年12月発行)
    ・「推奨される組合せ」:DTG+ABC/3TC、DTG+TDF/FTC、EVG/COBI/TDF/FTC 、RAL+TDF/FTC、DRV+RTV+TDF/3TC
    ・これまで「推奨される組合せ」に記載されていたEFV+TDF/FTCが削除された
    第20版
    (2016年12月発行)
    ・効果的なARTは二次感染を高率に阻止する、と記載が変更された
    ・EVG/COBI/TAF/FTCが「推奨される組合せ」に追加された
    第21版
    (2017年11月発行)
    ・記載方法が「大部分のHIV感染者に対し推奨される組合せ」、「臨床状況に応じて推奨される組合せ」となった
    ・「大部分のHIV感染者に対し推奨される薬剤」はインテグラーゼ阻害剤の組み合せのみとなった
    ・DRV+RTVは「臨床状況に応じて推奨される組合せ」となった
    第22版
    (2018年11月発行)
    ・「臨床状況に応じて推奨される組合せ」にRPV/TAF/FTCのSTRが追加となった
    :「+」は併用、「 /」は合剤を示す。TDF+3TCはTDFと3TCの2種類の薬剤を併用、TDF/3TCは配合剤。ART:antiretroviral therapy、HAART:highly active antiretroviral therapy、STR:single tablet regimen
    薬剤名の略号 ABC:アバカビル、ATV:アタザナビル、AZT:ジドブジン、COBI:コビシスタット(併用するDRVやEVGの血中濃度を保つ目的で使用され、抗ウイルス効果はない) 、DTG:ドルテグラビル、DRV:ダルナビル、d4T:スタブジン、EFV:エファビレンツ、EVG:エルビテグラビル、FPV:ホスアンプレナビル、FTC:エムトリシタビン、LPV:ロピナビル、NVP:ネビラピン、RAL:ラルテグラビル、RPV:リルピビリン、RTV:リトナビル( 併用するプロテアーゼ阻害剤の血中濃度を保つ目的で使用され、抗ウイルス効果は期待されていない) 、SQV:サキナビル、TAF:テノホビルアラフェナミド、TDF:テノホビルジソプロキシル、3TC:ラミブジン

    以上のような経緯から、長く抗HIV療法の主流であったバックボーン+プロテアーゼ阻害薬あるいは非核酸系逆転写酵素阻害薬という薬剤の組み合せにバックボーン+インテグラーゼ阻害薬の組み合せが加わり、現在ではこの組み合わせがガイドラインで「大部分のHIV感染者に対し推奨される組合わせ 」の多くを占めるようになった。2018年の第32回日本エイズ学会学術集会での報告によると、2017年度に新規に治療を開始された633例のうち、93.8%でキードラッグとしてインテグラーゼ阻害薬を用いた組み合せが使用されていた[4]。ただし、リトナビルでブーストされたダルナビルやエファビレンツをキードラッグとする従来から使用されている薬剤の組み合わせも否定されているものではなく、「臨床状況に応じて推奨される組合わせ」として記載されている(表2)[1]。

    インテグラーゼ阻害薬をキードラッグとする組み合せをはじめとして、現在の抗HIV療法は強力で副作用も少なく、多くの患者で速やかに十分なウイルス抑制効果を得られることが多い。ただし、不規則な内服などによる薬剤耐性ウイルスの出現とそれによる治療失敗の可能性はなくなるものではない。現在の強力な抗HIV療法の有効性を維持していくためにも、個々の患者に応じて薬剤選択を行い、アドヒアランスを維持して治療を継続していくことが重要である。

    表2 現時点で初回治療として推奨される組み合せ(文献1より引用)
    キードラッグ バックボーン
    大部分のHIV感染者に対し推奨される組合わせ INSTIベース DTG /ABC/3TC*
    +TAF(H)/FTC
    EVG/COBI /TAF(L)/FTC
    RAL + TAF(L)/FTC
    臨床状況に応じて推奨される組合せ INSTIベース DTG+TDF/FTC
    EVG/COBI/TDF/FTC
    RAL+ABC/3TC*,**
    +TDF/FTC
    PIベース ATV+RTV+ABC/3TC*,**
    +TAF(L)/FTC
    +TDF/FTC
    DRV/COBI+ABC/3TC*
    +TAF(L)/FTC
    +TDF/FTC
    DRV+RTV+ABC/3TC*
    +TAF(L)/FTC
    +TDF/FTC
    NNRTIベース EFV+TAF(H)/FTC
    +TDF/FTC
    RPV***/TAF(H)/FTC
    /TDF/FTC
    *    ABCはHLA-B*5701を有する患者には過敏症のリスクのため使用すべきではない。
    **    HIV-RNA量 < 100,000 コピー /mLの場合に使用。
    ***  HIV-RNA量 < 100,000 コピー /mLおよびCD4陽性リンパ球数 > 200 /μLの場合に使用。
    :「+」は併用、「 /」は合剤を示す。TDF+3TCはTDFと3TCの2種類の薬剤を併用、TDF/3TCは配合剤。
    薬剤名の略号 ABC:アバカビル、ATV:アタザナビル、COBI:コビシスタット(併用するDRVやEVGの血中濃度を保つ目的で使用され、抗ウイルス効果はない)、DTG:ドルテグラビル、DRV:ダルナビル、EFV:エファビレンツ、EVG:エルビテグラビル、FTC:エムトリシタビン、RAL:ラルテグラビル、RPV:リルピビリン、RTV:リトナビル( 併用するプロテアーゼ阻害剤の血中濃度を保つ目的で使用され、抗ウイルス効果は期待されていない)、TAF(H):テノホビルアラフェナミドHT、 TAF(L):テノホビルアラフェナミドLT、TDF:テノホビルジソプロキシル、3TC:ラミブジン

    いつ治療を開始するか (3)

    抗HIV療法が開発された当初は、診断された時点で、強力な抗ウイルス薬を複数用いて速やかに治療を開始することが推奨された(hit early, hit hard)。できるだけ早期に治療を開始することにより、CD4数のさらなる減少を防ぎ、早期の回復とウイルスの抑制を目指すものであった。しかしその後、抗ウイルス薬の長期使用に伴う副作用(骨髄抑制やミトコンドリア障害、脂質異常症など)や長期の内服に伴う「飲み疲れ」によるアドヒアランスの低下などが問題となり、全例ですぐに治療を開始するのではなく、CD4数が低下しすぎない程度にまで経過観察を行い、抗HIV療法を開始するという治療へと移っていった。

    CD4数が200/μL未満やAIDS指標疾患のある患者では抗HIV療法が予後を改善することが複数の研究で示されており、一貫して治療開始が推奨されている。これらの患者群に加えて、無症状のHIV感染者でCD4数が200~350/μL、350~500/μL、500/μL以上の場合に治療を開始すべきかどうかということが議論となってきた。

    2006年に報告されたSMART試験は、抗ウイルス薬の長期使用に伴う副作用などのリスクを減らし、必要と思われるCD4数を達成できる範囲内で抗ウイルス薬への曝露を最小限に制限することの有効性を検証する試験である。CD4数が350/μL以上の患者を対象に日和見感染症の発症とあらゆる原因による死亡、心疾患、腎疾患、肝疾患の発症をエンドポイントとして、速やかに治療を開始し継続する群と、CD4数が250/μL未満となってから治療を開始し350/μLを超えると治療を中断することを繰り返す群に分けて比較している。この試験の結果は、日和見疾患のみならず、心疾患、腎疾患、肝疾患による死亡も治療継続群で少ないということが明らかになった[5]。免疫不全に伴う日和見疾患ではない疾患も早期治療群で少なかったということから、CD4数を高く保つこと、HIVの増殖を抑制することがこれらの疾患の発症を防ぎ、患者予後を改善する可能性が示唆された。また、2009年に報告された大規模コホート研究であるNA-ACCORD 試験では、CD4数が350-500/μLであっても、500/μL以上であっても、治療を早期に開始する群と治療を遅らせる群では治療を早期に開始する群で生存率が有意に高いことが判明した[6]。

    これらの知見を受けて、CD4数が低下するまで待つという姿勢から、治療を早期に開始する傾向となっていった。「治療の手引き」第16版でも、推奨度に差はあるものの、すべてのHIV感染者に対して治療が推奨されるとの記載となっている。

    2015年にはHIVの治療開始時期に関する2つの重要な研究の結果が報告された。その一つであるSTART試験では、CD4数が500/μL以上の患者4685人を対象に、直ちに治療を開始する群とCD4数が350/μL未満になるまで治療を待つ群とに分けて比較したところ、重篤なAIDS関連疾患、重篤な非AIDS関連疾患と死亡のリスクは、直ちに治療を開始する群で低いことが判明した[7]。また、TEMPRANO試験では、CD4数が800/μL未満である患者2056人(うち41%はCD4数が500/μL以上)を対象に、直ちに治療を開始する群と、WHOの基準に従って治療する群に分けて比較したところ、死亡とHIVに関連した重篤な疾患のリスクは、直ちに治療を開始する群で低いことが分かった[8]。これら2つの大規模試験の結果は、CD4数にかかわらずすぐに抗HIV療法を開始することの利点を示しており、すべてのHIV患者で抗HIV療法が推奨されることとなった。2016年の「治療の手引き」20版でもすべてのHIV感染者に推奨するとの記載となっている。

    なお、抗HIV療法は個々の患者の予後のみならず、パートナーへの感染リスクの低減にも有用であることが明らかになってきている。2011年に報告されたHPTN052試験は、HIV感染者に対する抗HIV療法が非感染者であるパートナーへの感染のリスクを下げるかどうかを検討しており、早期に治療を開始した群とCD4数が250/μL未満となるまで待った群では、早期に治療を開始した群で感染のリスクを96%低下させた[9]。さらに2019年に報告されたPARTNER2試験では、抗HIV療法を受けているHIV感染者と非感染者のゲイのカップルでコンドームを使用しない性交渉を行った場合のパートナーへの感染のリスクを評価しているが、約800組を2年間追跡したところ、パートナーからのHIV感染はなかったことが明らかになった[10]。これらはU=U(undetectable equals untransmittable:抗HIV療法により継続的にウイルス量が検出感度以下に抑制されていると性交渉によりパートナーが感染することはない)を支持する所見であり、早期の抗HIV療法がHIVの感染予防に関しても重要であることを示している[11]。

    患者予後の改善のみならず感染拡大の予防の点からも、早期の抗HIV療法の重要性はますます高まっていくものと思われる。

    表3 「治療の手引き」にみる抗HIV療法の開始時期の変遷
    HIV感染症
    「治療の手引き」
    抗HIV療法をいつ開始するか
    第11版
    (2007年12月発行)
    ・AIDSおよびAIDSに関連する重篤な症状がある場合は治療開始
    ・症状がない場合:
    ① CD4<200で治療開始
    ② CD4が200~350ではCD4の減少速度が速い、HIV-RNA量が高い場合に積極的に治療開始。それ以外では開始を考慮
    ③ CD4>350では経過観察
    第11版臨時改訂
    (2008年3月発行)
    ・AIDS発症は治療開始を推奨
    ・妊婦、HIV腎症の患者、HBV重複感染患者でHBV感染治療を必要とする場合には治療開始を推奨
    ・CD4<350で治療開始を推奨
    ・CD4>350で上記以外の場合は結論が出ていない
    第14版
    (2010年12月発行)
    ・CD4>350の場合について米国DHHSガイドライン委員の意見を記載
    – CD4 350~500:55%が強く推奨、45%が強くはないが推奨
    – CD4>500:50%が開始が好ましい、50%が任意
    第15版
    (2011年12月発行)
    ・CD4 350~500では開始を推奨となった
    ・CD4>500の場合について米国DHHSガイドライン委員の意見を記載
    – CD4>500:50%が開始が好ましい、50%が任意
    第16版
    (2012年12月発行)
    ・すべてのHIV感染者に推奨となった。推奨度にやや差がある
    ① AIDS発症、CD4<350:直ちに開始
    ② CD4 350~500:開始を強く推奨
    ③ CD4>500:開始を推奨
    ④ 妊婦、HIV腎症、HBV重複感染患者で肝炎治療を必要とする患者はCD4にかかわらず治療開始を強く推奨
    ⑤ 性的パートナーへのHIV感染リスクを有する患者:勧められるべき
    第17版
    (2013年12月発行)
    16版とほぼ同様
    ・急速なCD4数減少(>100/年):治療開始を強く推奨
    ・HCV重複患者:治療開始を推奨
    ・高ウイルス量(>100,000 コピー/mL):推奨
    ・急性HIV、感染早期:推奨
    第18版
    (2014年12月発行)
    17版とほぼ同様
    ・神経学的合併症を有する場合:直ちに開始
    第20版
    (2016年12月発行)
    ・すべてのHIV感染者に推奨
    ・START試験とTEMPRANO試験について言及
    ・妊婦、AIDS発症患者(HIV関連認知症およびAIDS関連悪性腫瘍を含む)、急性日和見感染症、CD4<200、HIV腎症、HBV、HCV重複感染、急性HIV/感染早期には最も強く推奨
    第21版
    (2017年11月発行)
    ・特定の患者にこだわらず全患者で早期治療開始を推奨
    ・治療開始基準:CD4陽性リンパ球数にかかわらず、すべてのHIV感染者にARTの開始を推奨。ただし、治療を受ける意思と能力を確認すること。さらに、医療費助成制度の活用についても十分に検討すること
    ・治療早期開始のデメリット、治療早期開始の留意点を記載
    第22版
    (2018年12月発行)
    21版と同様

    今後の「治療の手引き」の動向

    今回取り上げたHIV感染症「治療の手引き」第22版は2018年11月発行であるが、米国保健福祉省(DHHS)のガイドライン(2018年10月25日付)では以下のような改訂がなされており、今後の「治療の手引き」にも反映される可能性がある[12]。なお、2019年7月10日付の同ガイドラインでは、治療のレジメンや治療開始時期に関する改訂はなされていないようである。

    1.ドルテグラビルの乳児における神経管異常のリスクについて

    ボツワナにおいてドルテグラビルを内服している妊婦から出生した乳児でneural tube defect(神経管欠損)のリスクが高まったとする報告がなされた。これを受けて2018年10月25日のDHHSガイドラインでは、妊婦、妊娠を希望している女性、妊娠の可能性があり有効な避妊を行わない女性に対してドルテグラビルは推奨されないとした。また、ビクテグラビルも構造が類似しており、安全性に関するデータがなく、現時点では妊婦には推奨しないとしている。

    なお、ドルテグラビルと神経管欠損の関連について、その後の検討では当初報告されたほどにはリスクは高くないとの見解も出されている。2019年7月にアップデートされたWHOのガイドラインでは、ドルテグラビルはリスクとベネフィットを考慮して妊婦にも推奨される薬剤と位置付けている[13]。一方で、2019年11月の欧州のガイドラインでは、ドルテグラビルは妊婦および妊娠を希望する女性には推奨されていない[14]。ドルテグラビルの妊婦への使用については、引き続き動向を確認する必要がある。

    2.初回治療の組み合わせについて

    ・新たなインテグラーゼ阻害薬であるビクテグラビルを含むBIC/TAF/FTCが、single tablet regimen(STR)として大部分のHIV感染者に対して推奨される初回治療の組み合せに分類された。この組み合わせはビクタルビ®として2019年3月に日本でも承認されている。
    ・EVG/COBI/FTC/TAF(ゲンボイヤ®)、EVG/COBI/FTC/TDF(スタリビルド®)は、コビシスタットによる薬物相互作用の可能性が高いことと、エルビテグラビルはgenetic barrierが低いことから、ある種の臨床状況において推奨される初回治療の組み合せに再分類された。
    ・新たな非核酸系逆転写酵素阻害薬であるDoravirineの組み合せが、ある種の臨床状況において推奨される初回治療の組み合せに分類された。
    ・ドルテグラビル+ラミブジンの2剤レジメンが、アバカビル、テノホビル(TAF、TDF)が使用できない場合に考慮される組み合せとなった。バックボーンである非核酸系逆転写酵素阻害薬+キードラッグという標準的な組み合わせとは異なる組み合せが今後どのようなかたちで使用されていくか注目される。

    以上、本稿では執筆時点でのHIV感染症「治療の手引き」の第22版で記載されている初回治療で用いるべき薬剤の組み合せと治療開始時期について、これまでの経緯にも触れつつ紹介した。HIV感染症の治療の進歩は早く、キャッチアップするのが大変だが、本稿がいくらかでもお役に立てれば幸いである。

    追記:2019年11月にHIV感染症「治療の手引き」第23版が発行された。最新の情報についてはこちらに当たって頂きたい。


    【References】
    1)日本エイズ学会 HIV感染症治療委員会: HIV感染症「治療の手引き」第22版.
    http://www.hivjp.org/guidebook/index.html
    2)Fischl MA, Richman DD, Grieco MH, et al: The efficacy of azidothymidine (AZT) in the treatment of patients with AIDS and AIDS-related complex. A double-blind, placebo-controlled trial. N Engl J Med. 1987 Jul 23; 317(4): 185-91.
    3)Hammer SM, Squires KE, Hughes MD, et al: A controlled trial of two nucleoside analogues plus indinavir in persons with human immunodeficiency virus infection and CD4 cell counts of 200 per cubic millimeter or less. AIDS Clinical Trials Group 320 Study Team. N Engl J Med. 1997 Sep 11; 337(11): 725-33.
    4)日笠聡: 抗HIV療法と服薬援助のための基礎的調査―治療開始時の抗HIV薬処方動向調査(2018年). 日本エイズ学会雑誌. 2018; 20(4): 481.
    5)Strategies for Management of Antiretroviral Therapy (SMART) Study Group, El-Sadr WM, Lundgren J, et al: CD4+ count-guided interruption of antiretroviral treatment. N Engl J Med. 2006 Nov 30; 355(22): 2283-96.
    6)Kitahata MM, Gange SJ, Abraham AG, et al: Effect of early versus deferred antiretroviral therapy for HIV on survival. N Engl J Med. 2009 Apr 30; 360(18): 1815-26.
    7)INSIGHT START Study Group, Lundgren JD, Babiker AG, et al: Initiation of Antiretroviral Therapy in Early Asymptomatic HIV Infection. N Engl J Med. 2015 Aug 27; 373(9): 795-807.
    8)TEMPRANO ANRS 12136 Study Group, Danel C, Moh R, et al: A Trial of Early Antiretrovirals and Isoniazid Preventive Therapy in Africa. N Engl J Med. 2015 Aug 27; 373(9): 808-22.
    9)Cohen MS, Chen YQ, McCauley M, et al: Prevention of HIV-1 infection with early antiretroviral therapy. N Engl J Med. 2011 Aug 11; 365(6): 493-505.
    10)Rodger AJ, Cambiano V, Bruun T, et al: Risk of HIV transmission through condomless sex in serodifferent gay couples with the HIV-positive partner taking suppressive antiretroviral therapy (PARTNER): final results of a multicentre, prospective, observational study. Lancet. 2019 Jun 15; 393(10189): 2428-38.
    11)UNAIDS: Undetectable = untransmittable.
    https://www.unaids.org/en/resources/presscentre/featurestories/2018/july/undetectable-untransmittable
    12)The DHHS Panel on Antiretroviral Guidelines for Adults, and Adolescents―A Working Group of the Office of AIDS Research, Advisory Council (OARAC): Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in Adults and Adolescents Living with HIV. https://aidsinfo.nih.gov/guidelines/archive/adult-and-adolescent-guidelines/
    13)WHO: WHO recommends dolutegravir as preferred HIV treatment option in all populations.
    https://www.who.int/news-room/detail/22-07-2019-who-recommends-dolutegravir-as-preferred-hiv-treatment-option-in-all-populations
    14)EACS: EACS Guidelines.
    https://www.eacsociety.org/guidelines/eacs-guidelines/eacs-guidelines.html

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