No. 902021. 10. 05
成人 > レビュー

マスギャザリングと懸念される感染症

  • 国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター
  • 石金 正裕

    はじめに

    2019年9月20日~11月2日に開催されたラグビーワールドカップ2019では、日本は惜しくも決勝トーナメントで南アフリカに敗れてしまいましたが、予選リーグで当時の世界ランキング1位のアイルランド、7位のスコットランドに勝利して初のベスト8となりました。そして、いわゆる第5波の真っただ中、2020年東京オリンピック・パラリンピックが開催されました(オリンピックは2021年7月23日~8月8日、パラリンピックは8月24日~9月5日に開催)。読者の皆様は、これらを観戦されたでしょうか? 東京オリンピックは無観客で行われましたが、それでも多くの選手や大会関係者が関わりました。また、東京パラリンピックも無観客で行われましたが、小中高生に客席を割り当てる「学校連携観戦プログラム」で、4都県から小中高生が約4万4000人も参加したとされます。

    新型コロナウイルス感染症が流行する以前より、過去の歴史からは、多くの人が集まる環境(マスギャザリング)では感染症が流行する可能性が指摘されています。今回のKansen Journalでは、マスギャザリングと懸念される感染症について考えていきます。なお、筆者およびKansen Journal編集長の忽那賢志先生は学生時代から卓球部ということもあり(九州・山口医科学生体育大会で対戦しています)、中国に勝利して金メダルを獲得した男女混合ダブルスに大変盛り上がりました。

    マスギャザリングとは?[1]

    スギャザリング(mass gathering)は、集団形成を指します。日本集団災害医学会では「一定期間、限定された地域において、同一目的で集合した多人数の集団」と定義しています。多人数の定義に関しては報告者によってさまざまで、1000人以上から2万5000人以上と幅広いですが、日本ではおおむね1万人以上とされています。

    マスギャザリングは感染症伝播の潜在的な危険因子とされており、その理由としては以下が考えられています。

    ・マスギャザリングが行われている地域内における一時的な人口の増加
    ・マスギャザリングが行われている地域内における接触機会の増加
    ・マスギャザリングが行われている地域内における不特定多数の接触者の増加
    ・多数の国からの参加に伴う輸入感染症や国内における希少感染症の増加
    ・ワクチン政策や各国の感染症流行状況の違いに伴う免疫が異なる人々の集合

    代表的なマスギャザリングとしては、ハッジ(Hajj)というイスラム教徒がメッカを目指す巡礼や、ワールドカップやオリンピックといったスポーツイベントが挙げられます。

    マスギャザリングで懸念される感染症[2-4]

    それでは、マスギャザリングではどのような感染症が懸念されるでしょうか。ハッジとハッジ以外のマスギャザリングで考えていきます。

    ハッジでは、髄膜炎菌感染症(飛沫感染で伝播し、致命率約10%)が流行することが知られています。そのため、ハッジ参加者には髄膜炎菌ワクチンの接種が必要とされています。

    なお、髄膜炎菌感染症は日本国内でも流行した事例が複数あります。1つ目の事例は、2011年4~5月に起きた宮崎県の学生寮でのアウトブレイクです。確定4例(髄膜炎2例、敗血症2例)、疑い1例が発生し、確定4例のうち1例が死亡しました。2つ目の事例では、2015年7~8月に山口県で世界スカウトジャンボリーというイベントが開催され、世界162の国と地域から約3万人の青少年が集まり、このイベントに関連してアウトブレイクが発生しました。スコットランド隊の関係者4人と、スウェーデン隊の関係者2人が髄膜炎菌感染症を発症しました。英国は、濃厚接触者に対して曝露後予防の抗菌薬投与とワクチン接種を行い、英国からの参加者全員に対して手紙で健康監視等の情報提供を行いました。

    次に、ハッジ以外で懸念される感染症についてです。2016年にPreferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses(PRISMA)guidelinesに従って、ハッジが行われるサウジアラビアを除くすべてのマスギャザリングにおけるアウトブレイクを調べた研究があります。この研究では、264の研究と報告書がスクリーニング対象となり、最終的に68の研究が分析対象となりました。その結果、以下の感染症が流行していたことが分かりました。これらの多くの感染症はワクチンで予防可能なので、いかにワクチン接種が大事であるかが分かります。

    ・麻疹、風疹、流行性耳下腺炎、水痘
    ・インフルエンザ(熱帯・亜熱帯地域からの持ち込み)
    ・A型肝炎
    ・髄膜炎菌感染症
    ・感染性腸炎(ノロウイルス、サルモネラ、病原性大腸菌O157)

    過去のオリンピック大会における感染症[5]

    それでは、実際に過去のオリンピックではどのような感染症が流行したでしょうか。アトランタ大会(1996年)、シドニー大会(2000年)では、大会期間中の感染症の発生は、医療受診数の1%未満でした。アテネ大会(2004年)では、プライマリケア医を受診した患者の健康問題において、呼吸器感染症が6.7%、消化管感染症(胃腸炎)が3.7%でした。北京大会(2008年)では、消化管感染症(胃腸炎)の症例数は、前年よりも40%減少し、感染症のアウトブレイクの報告はありませんでした。要因として、健康保護対策の強化、特に食糧供給の全過程における食品安全・衛生の強化が罹患率の絶対的低下をもたらした可能性が指摘されています。ロンドン大会(2012年)では、呼吸器感染症と消化管感染症(胃腸炎)のアウトブレイクは散発しましたが、通常の夏季における報告率を超えるものではなく、公衆衛生上の大きな事例は発生しませんでした。

    このように、実際のオリンピック大会では大きな問題にはなっていませんが、頻度としては呼吸器感染症と消化管感染症が高いことが分かります。呼吸器感染症が流行する要因としては、マスギャザリングが行われている地域内における一時的な人口の増加と人口増加に伴う接触機会の増加が考えられます。消化管感染症が流行する要因は、これらに加えて、通常のケータリングおよび調理システムの変化や、衛生基準を維持することが困難な仮設または移動式の食品店舗およびケータリング環境の影響が考えられています。

    東京オリンピックと感染症[6、7]

    最後に、先日開催された東京オリンピックと感染症についてです。2018年に国立感染症研究所が、2019年のラグビーワールドカップ、2020年に開催される予定であった東京オリンピックに向けて、プレトラベルアドバイスとして、日本の感染症法における届出疾患のワクチンで予防可能な疾患のサーベイランスデータ(2000~2016年)をまとめました。この研究の結果、麻疹、風疹、流行性耳下腺炎、インフルエンザ、髄膜炎菌感染症の罹患率が高く、これらの感染症に対するワクチン接種が重要であることを示しました。

    また、2021年7月23日開催の東京オリンピック大会に先立ち、2021年7月1日から新型コロナウイルス感染症、中東呼吸器症候群、腸管出血性大腸菌感染症、侵襲性髄膜炎菌感染症、麻疹、風疹の6つの対象疾患において強化サーベイランスが開始されました。新型コロナウイルス感染症については、感染症法に基づき新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)へ入力された情報等に基づく、アスリート等(アスリートだけでなく、テクニカルオフィサー、コーチ、審判、トレーナー、チームドクターも含まれる)および大会関係者(主催者、メディア、大会スタッフなどが含まれる)を中心とする情報収集と分析を行いました。

    東京オリンピック大会に関連した新型コロナウイルス感染症発生状況について、国立感染症研究所が速報を2021年8月20日に報告しています。この報告では、2021年7月1日~8月8日(8月9日時点集計)にHER-SYSに登録されたオリンピック大会に関連した新型コロナウイルス感染症は、計453例が確認されました。属性別では、アスリート等が80例(18%)、大会関係者が373例(82%)でした。居住地別では、海外からの渡航者が147例(32%)、国内居住者は306例(68%)でした。アスリート等の報告数は2021年7月14日から増加し始め7月22日にピークとなりました()[7]。

    図 オリンピックアスリート等および大会関係者症例の発生状況
    (文献7より引用)(図をクリックすると拡大します)

    アスリート等の症例では、大部分が海外からの渡航者〔海外からの渡航者95%(76/80例)、国内居住者5%(4/80例)〕で、そのうち93%(71/76例)の症例が検疫時もしくは入国日から14日以内に診断されていました。なお、国内からの参加アスリートにおける症例の報告はなく、また届出時点での定義に合致した死亡例の報告はありませんでした。また、海外からの渡航者が大部分であるアスリート等の新型コロナウイルス感染症の報告数については、入国ピークの3~5日後にピークとなりました。このことは、特に入国時に、確定例や接触者への調査や隔離措置を含めた公衆衛生対応が必要とされることを示唆しています。

    今回の報告は、2021年8月9日時点での東京オリンピックにおける新型コロナウイルス感染の速報になります。東京オリンピックにおける新型コロナウイルス感染症の最終報告や、その他にも強化サーベイランスの対象となった5つの感染症の発生報告や、パラリンピックにおける流行状況に関する報告も待たれます。

    最後に

    東京オリンピック・パラリンピックは終了しましたが、今後も2022年5月に関西でワールドマスターゲームズ、2025年4月に大阪で日本国際博覧会(大阪・関西万博)など、複数のマスギャザリングが予定されています。

    新型コロナウイルス感染症が世界中で流行している現在の状況では、終息(報告数がゼロになること)は困難であることが予想されるため、今後のマスギャザリングでは新型コロナウイルス感染症も意識した感染対策が必要とされます。一人ひとりが不織布マスクの着用、3密回避、手洗い、ワクチン接種、抗体検査などを通じて、新型コロナウイルス感染症や、その他の感染症予防に努めていくことが大切です。


    【References】
    1)高橋耕平: マスギャザリングと救急医療体制. 日本医事新報. 2015;(4750): 50.
    https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=4589
    2)国立感染症研究所: 宮崎県における髄膜炎菌感染症集団発生事例. IASR. 2011 Oct; 32: 298-9.
    https://idsc.niid.go.jp/iasr/32/380/kj3802.html
    3)Kanai M, Kamiya H, Smith-Palmer A, et al: Meningococcal disease outbreak related to the World Scout Jamboree in Japan, 2015. Western Pac Surveill Response J. 2017 May 8; 8(2): 25-30.
    4)Gautret P, Steffen R: Communicable diseases as health risks at mass gatherings other than Hajj: what is the evidence? Int J Infect Dis. 2016 Jun; 47: 46-52.
    5)和田耕治: 国際的なマスギャザリング(集団形成)における疾病対策のための参考資料―東京オリンピック・パラリンピックに向けて, 第5版, 2017.
    https://plaza.umin.ac.jp/massgathering/pdf/lecture_doc5.pdf
    6)Griffith MM, Fukusumi M, Kobayashi Y, et al: Epidemiology of vaccine-preventable diseases in Japan: considerations for pre-travel advice for the 2019 Rugby World Cup and 2020 Summer Olympic and Paralympic Games. Western Pac Surveill Response J. 2018 Jun 30; 9(2): 26-33.
    7)国立感染症研究所: 東京オリンピック競技大会に関連した新型コロナウイルス感染症発生状況(速報), 2021年8月20日.
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/10581-covid19-54.html

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