MRSA感染症の治療(バンコマイシンを中心に)(2/3)
本号は3分割してお届けします。第1号
今回のテーマ:難しい局面(1)「バンコマイシンのMICが高いMRSA株の治療は?」
第2回目である今回は、「難しい局面(1)」として、バンコマイシンのMICが高いMRSA株に遭遇した場合の治療について取り上げます。
前・後半に分けて、前半ではVISA、VRSA、バンコマイシンMICが感性範囲内の高めである株の治療について、そして後半ではバンコマイシンの代替薬として議論されることが多いダプトマイシンとリネゾリドの選択について見ていきます。
VISA、VRSAの治療
アメリカ臨床検査標準協議会(Clinical and Laboratory Standards Institute;CLSI)の現在の基準では、バンコマイシンのMICが2μg/mL以下のものをバンコマイシン感性黄色ブドウ球菌(vancomycin-susceptible S. aureus;VSSA)、4~8μg/mLのものをバンコマイシン低感受性黄色ブドウ球菌(vancomycin-intermediate S. aureus;VISA)、そして16μg/mL以上をバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(vancomycin-resistant S. aureus;VRSA)と定義しています[1]。
耐性度の高いVISAとVRSAに関しては、幸いにも現時点で本邦において、VISAはほとんど検出されておらず、VRSAの検出の報告はいまだありません[2]。ちなみに、VISAとVRSAはその耐性機序が異なっているとされており、VISAは細胞壁が厚くなりバンコマイシンが結合しづらくなることなどによる、またVRSAは腸球菌からバンコマイシン耐性遺伝子(vanA遺伝子)を獲得することによる、と考えられています。
アメリカ感染症学会(Infectious Diseases Society of America;IDSA)のガイドラインでは、検出されたMRSA株のバンコマイシンのMICが2μg/mLより高いときには、ダプトマイシンやリネゾリドなど他剤に変更することを推奨しています[3]。
バンコマイシンのMICが感性域にあるが高めであるMRSA株の治療
MRSAの「バンコマイシンMICクリーピング現象」と呼ばれるものが議論されることがあります。これは、臨床分離MRSA株のバンコマイシンMICが、感性域の範囲内で徐々に上昇してきているとする現象です。なぜ、この現象が注目されているかというと、バンコマイシンのMICが感性域内であっても、それが上限値付近(目安としては1.5~2μg/mL)で高い株の場合では、死亡率が高いとする報告があるからです[4]。しかし、逆にバンコマイシンのMICが2μg/mLに近い場合でも死亡率は上昇しないとする報告もあり、一致した見解には至っていません[5]。
治療失敗が増えるかもしれない可能性の理論的根拠の一つとして、バンコマイシンのPharmacokinetics/Pharmacodynamics(PK/PD)において、治療成功のために目標としている24-Hr AUC/MIC≧400[6](※)が、MIC=2の場合には投与量をたとえ高用量に増やしても達成が難しいこと[7]が挙げられます。
※この目標値は感染フォーカスによって少し異なります。
この点についてIDSAのガイドラインを見てみると、バンコマイシンによるエンピリック治療開始後に、検出されたMRSA株のバンコマイシンのMICが2μg/mLであることが判明したとき、治療効果があると判断される場合にはバンコマイシンの使用を継続することが、治療効果が乏しいと考えられる場合(菌血症の遷延など)にはバンコマイシンを中止して他剤へ変更することが、それぞれ推奨されています [3]。
このIDSAの治療方針は、治療効果はあくまで臨床的な反応で評価すべきとする考えに立脚しています。その考えの裏付けとして、MICの値は1管程度であれば検査エラーとして再現性なくそのつど変わり得ますし、さらに測定方法や機器によっても変わり得ます[8]。すなわち、MIC=2と判定された株が、本当にMIC=2であったとしたら上述のPK/PDでの目標値は達成が難しいのですが、たまたまMICが高めに見えてしまっているだけであるならば、治療はバンコマイシンで十分に成功するという考えです。
本当にダプトマイシンやリネゾリドへの抗菌薬変更が必要か?
上述のように、VISAやVRSAによる感染症に遭遇してしまった場合や、バンコマイシンMICが感性範囲内の高めであるMRSA株で治療反応性が悪い場合には、ダプトマイシンやリネゾリドなど他剤への変更・開始を検討します。
しかし、安易なダプトマイシンやリネゾリドへの変更は必ずしも好ましくないと筆者は考えています。その理由の一つとしては、上記の例以外にもダプトマイシンやリネゾリドはバンコマイシン耐性腸球菌による感染症など、治療選択肢が極めて限られる状況下における数少ない大切な治療選択肢であり、できる限りその使用を温存したいからです。
もう一つの理由としては、現時点では、ダプトマイシンまたはリネゾリドのバンコマイシンに対する優越性を示した質の高いエビデンスが乏しいことが挙げられます。バンコマイシンとの効果を比較した臨床試験の多くは非劣勢試験ですし、またバンコマイシンは既にライセンスが切れているため、メーカー主導の新規の臨床試験が行われにくいことも差し引いて考えるべきでしょう。
さらに2剤ともに、特有の弱点もあります。ダプトマイシンでは、肺サーファクタントによる不活化などの問題から肺炎に対しては使用できないこと、中枢移行性も悪いことなどがあります。肺炎の治療成績については、あるランダム化比較試験において、黄色ブドウ球菌による市中肺炎(ただし、MSSAが主体)に対して、ダプトマイシン投与群はセフトリアキソン投与群より有意に治癒率が低いという結果でした[9]。また、リネゾリドでは、作用が静菌的であることや骨髄抑制などが弱点です。加えて2剤とも、バンコマイシンと比べて高いコストの問題があります。
その一方で、もちろんバンコマイシンも万能ではありません。上述のように薬剤感受性の問題から使用できない場合に加えて、他にも使いづらい状況はあります。他剤を選択する具体例を挙げると、バンコマイシンの使用が難しい状況(腎不全がある患者への投与において、休日体制や外注検査しかできないといった事情から、バンコマイシンのトラフ値が分かるまで日数がかかってしまう場合など)を前提として、ダプトマイシンを選択する場合としては血流感染症や、敗血症性肺塞栓・脳膿瘍の合併がない感染症の場合など、またリネゾリドを選択する場合としては(保菌ではなく)真のMRSA肺炎や髄膜炎、やむなく内服治療をせざるを得ない場合などがそれぞれ挙げられるかと思います。
ポイント
- バンコマイシンでの治療が難しい高度耐性株であるVISA株、VRSA株は、執筆時点では本邦ではまれ、または確認されていない。
- バンコマイシンのMICが感性域だが上限付近であるMRSA株でも、臨床的なレスポンスで治療効果を判断するという感染症治療の原則は変わらない。
- ダプトマイシンやリネゾリドは、バンコマイシンでは治療が難しい状況における数少ない貴重な治療選択肢である。安易な使用を避けるためにも、それらが本当に必要となるセッティングを理解しておく。
【References】
1)Clinical and Laboratory Standards Institute. Performance standards for antimicrobial susceptibility testing. Twenty-seventh informational supplement. Document M100-S27. Wayne, PA: CLSI; 2017.
2)厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業ホームページ.
https://janis.mhlw.go.jp/policy/index.html
3)Liu C, Bayer A, Cosgrove SE, et al: Clinical practice guidelines by the infectious diseases society of america for the treatment of methicillin-resistant Staphylococcus aureus infections in adults and children. Clin Infect Dis. 2011 Feb 1; 52(3): e18-55.
4)van Hal SJ, Lodise TP, Paterson DL: The clinical significance of vancomycin minimum inhibitory concentration in Staphylococcus aureus infections: a systematic review and meta-analysis. Clin Infect Dis. 2012 Mar; 54(6): 755-71.
5)Kalil AC, Van Schooneveld TC, Fey PD, et al: Association between vancomycin minimum inhibitory concentration and mortality among patients with Staphylococcus aureus bloodstream infections: a systematic review and meta-analysis. JAMA. 2014 Oct 15; 312(15): 1552-64.
6)Moise-Broder PA, Forrest A, Birmingham MC, et al: Pharmacodynamics of vancomycin and other antimicrobials in patients with Staphylococcus aureus lower respiratory tract infections. Clin Pharmacokinet. 2004; 43(13): 925-42.
7)Mohr JF, Murray BE: Point: Vancomycin is not obsolete for the treatment of infection caused by methicillin-resistant Staphylococcus aureus. Clin Infect Dis. 2007 Jun 15; 44(12): 1536-42.
8)Sader HS, Fey PD, Limaye AP, et al: Evaluation of vancomycin and daptomycin potency trends (MIC creep) against methicillin-resistant Staphylococcus aureus isolates collected in nine U.S. medical centers from 2002 to 2006. Antimicrob Agents Chemother. 2009 Oct; 53(10): 4127-32.
9)Pertel PE, Bernardo P, Fogarty C, et al: Effects of prior effective therapy on the efficacy of daptomycin and ceftriaxone for the treatment of community-acquired pneumonia. Clin Infect Dis. 2008 Apr 15; 46(8): 1142-51.
10)岡 秀昭・編: 感染症クリスタルエビデンス(印刷中), 金芳堂, 2018, p.90-8(第3章1~3).