No. 632018. 02. 28
成人 > レビュー

破傷風(3/3)―― 予防接種

  • 神戸大学病院 感染症内科
  • 海老沢 馨、大路 剛

    本号は3分割してお届けします。 1号目 2号目

    破傷風の予防接種――その歴史的背景

    破傷風のワクチンを開発したのはG. Ramon(1886-1963)である。彼の本業は獣医であり、動物の破傷風ばかり診ていたと言われているが、獣医学校を卒業後、パスツール研究所時代に破傷風抗血清の開発に携わっていた。当時開発された抗血清が雑菌混入のため使用不能となってしまい、その腐敗防止策を模索していたのである。彼は学生時代に化学の教授モンヴァサンから習った「牛乳の腐敗防止に1L当たり指抜き1杯分(2~3mL)のホルマリンを加えるとよい」というエピソードに着想を得て、抗血清にホルマリンを加えた()。こうして1927年、世界的に普及することとなるワクチン(破傷風アナトキシン)を開発するに至ったのである。

    破傷風は一時に患者が多発することはまれで、ワクチンの効果を証明することは難しく、当時その効果に関するランダム化比較試験は行うことができなかった。そうした中、第二次世界大戦という歴史上未曾有の悲劇が、奇しくも破傷風ワクチンの効果を立証する契機となった。アメリカ、フランス、イギリス、カナダなどの連合軍は事前に破傷風の予防接種を行って戦地へ出たが、日本、ドイツは外傷患者に免疫グロブリンを投与する方法を採った。結果、アメリカ、フランスの破傷風の発症率は10万人当たり1人未満であったが、日本は10万人当たり4500人超という明確な差が出た[1]。戦時中の記録で、断片的なデータではあるが、このことはワクチンの有効性を示す明確な根拠となった。その後は本邦においても、ワクチンの普及に加えて、衛生環境の改善、医療環境の整備に伴い、破傷風の罹患率および死亡率は劇的に減少した[2]。

    図 各種指抜き(写真提供:海老沢功氏)
    破傷風ワクチン開発のヒントとなった

    破傷風の予防接種の実際

    現在日本国内で入手可能なのは、①ジフテリア(diphtheria)、百日咳(pertussis)、破傷風(tetanus)と不活化ポリオワクチン(IPV)の4種類の混合ワクチンであるDTaP-IPV、②破傷風とジフテリアのTD、③破傷風単独(TT)、接種可能な医療機関は限定されるが輸入ワクチンとして④破傷風、ジフテリア、百日咳の3種混合ワクチンであるTdapがある。

    1.小児定期接種

    1期初回接種:生後3-12か月の期間に20-56日までの間隔を置いて3回接種
    追加接種:3回目の接種を行ってから6か月以上の間隔(標準的には12-18か月の間隔)を置いて1回の接種を行う
    2期11~12歳の期間に1回の接種を行う

    破傷風トキソイドワクチンは1952年に承認され、1968年には国内でのDPT3種混合ワクチンの接種が定期接種化された。そのため、1967年以前に生まれた人の抗体保有率は低い。また、1975年に一時的にワクチン接種が停止されたため、現在(2017年時点で)50歳代の中にはワクチン接種を受けていない人が含まれる可能性がある。DPTワクチンは2014年3月で製造中止、2016年7月ですべて有効期限切れとなっており、現在は不活化ポリオワクチンを加えたDTaP-IPVへ置き換わっている。

    2.成人における追加接種

    破傷風菌に対する抗体価は年齢を重ねるごとに低下するため、10年ごとの再接種が必要である。衛生環境の改善やワクチンの普及により比較的まれな疾患になったとはいえ、21世紀の日本においても、破傷風罹患患者数は年間100例前後報告されており、その多くが高齢者である。東日本大震災では10例の震災関連の破傷風患者が報告されているが、これらの症例はいずれも高齢者であり、外傷受傷前の破傷風トキソイドワクチン接種の有無については不明だった。

    一方で、追加接種に関しては様々な意見がある。抗体価の測定を行ったところ、大半の成人で有効とされる血中濃度が維持されていたことから、10年ごとの再接種に疑問を投げかける報告もあり[3]、今後の推奨に関しては変わる可能性があるが、現時点ではガイドラインの改訂までには至っていない。

    3.免疫不全患者への接種

    基本的に不活化ワクチンであるため、免疫不全患者へも安全に投与することができる。

    • HIV患者:非感染者と同様に接種を行う[4]。ただし、CD4細胞数<300/μLでは抗体価の上昇が悪いため[5]、可能であればCD4細胞数が上昇してからの接種が望ましい。
    • 幹細胞移植患者:移植後12か月後、14か月後、24か月後にワクチン接種を行う[6]。また、ドナーに移植6~10日前のワクチン接種を行うことで、移植後1年間はレシピエントがある程度の免疫能を保持できることが分かっている[7]。ただし、移植前の副反応のリスクなどを加味すると、国内で実際に行うのは難しいだろう。
    • 固形臓器移植患者:抗体反応は健常人に比べて若干劣るものの、健常人と同じスケジュールでの接種を行う[7]。

    4.妊婦への接種

    ワクチン未接種の妊婦には、出産の少なくとも2~4週間前までに、4週間以上の間隔を空けて2回のワクチン接種を行う。また、前回接種から10年以上の間隔が空いている場合は追加接種を1回行う。

    アメリカでは2012年から(それまでのワクチン接種歴にかかわらず)妊娠のたび、第三期にTdapの追加接種が推奨されるようになったが[8]、本邦でTdapを輸入して接種できる施設は限られている。DTaPを減量しての成人への接種が適応となったが、前述のように国内ではDTaP-IPVへ切り替わってしまったため、成人への適切な接種量については現在臨床研究が進行中であり結論は出ていない。また、これらの接種は主に百日咳に対する効果を期待してのものであり、新生児破傷風の予防を主な目的としたものではない。

    おわりに

    さて、ここまで読んでくださって気付いた方もいらっしゃるかもしれないが、破傷風の分野で名が聞こえた海老沢功は筆者の祖父である。G. Ramonの生家に残されていた研究ノートを彼の長男から譲り受け、北里研究所に寄贈したのも祖父だったという。今回執筆するにあたって、あらためて祖父のすごさを感じた。祖父には筆者が小さいころから何度となく指抜きの話をされ、破傷風患者や罹患した動物のスライド写真を見せられたのを覚えている。当時は何を言っているのかまったく分からなかったが、医師になった今振り返れば、祖父の存在が感染症医を志すきっかけの一つではあったのではないかと思う。


    【References】
    1)Long AP, Sartwell PE: Tetanus in the United States Army in World War II. Bull U S Army Med Dep. 1947 Apr; 7(4): 371-85.
    2)海老沢 功, 本間れい子: 日本における破傷風死亡率と致死率の変遷について. 感染症学雑誌. 1985; 59: 701-7.
    3)Hammarlund E, Thomas A, Poore EA, et al: Durability of Vaccine-Induced Immunity Against Tetanus and Diphtheria Toxins: A Cross-sectional Analysis. Clin Infect Dis. 2016 May 1; 62(9): 1111-8.
    4)Crum-Cianflone NF, Sullivan E: Vaccinations for the HIV-Infected Adult: A Review of the Current Recommendations, Part I. Infect Dis Ther. 2017 Sep; 6(3): 303-31.
    5)Kroon FP, van Dissel JT, Labadie J, et al: Antibody response to diphtheria, tetanus, and poliomyelitis vaccines in relation to the number of CD4+ T lymphocytes in adults infected with human immunodeficiency virus. Clin Infect Dis. 1995 Nov; 21(5): 1197-203.
    6)Centers for Disease Control and Prevention; Infectious Disease Society of America; American Society of Blood and Marrow Transplantation: Guidelines for preventing opportunistic infections among hematopoietic stem cell transplant recipients. MMWR Recomm Rep. 2000 Oct; 49(RR-10): 1-125, CE1-7.
    7)Molrine DC, Hibberd PL: Vaccines for transplant recipients. Infect Dis Clin North Am. 2001 Mar; 15(1): 273-305, xii.
    8)Centers for Disease Control and Prevention (CDC): Updated recommendations for use of tetanus toxoid, reduced diphtheria toxoid, and acellular pertussis vaccine (Tdap) in pregnant women―Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP), 2012. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2013 Feb 22; 62(7): 131-5.

     

    記事一覧
    最新記事
    成人 > レビュー
    No. 1062024. 10. 23
  • 東京都立小児総合医療センター感染症科・免疫科
  • 大坪勇人、堀越裕歩
  • #本稿に関して開示すべきCOIはありません。 抗菌薬適正使用と加算 薬剤耐性菌の拡大は日本全体ならびに世界の課題であり、薬剤耐性菌対策として抗菌薬の適正使用が求められている。全国抗菌薬販売量(defined daily doses換算)において、2022年時点で内服薬は注射薬のお…続きを読む

    成人 > レビュー
    No. 932022. 05. 09
  • 神戸市立医療センター中央市民病院 感染症科
  • 黒田 浩一

    COVID-19(Coronavirus Disease 2019)流行当初の2020年、軽症例に対する重症化予防効果を十分に示す薬剤は存在せず、発症早期は対症療法で経過観察するしかなかった。世界的には、2020年終盤から発症早期に投与することで重症化予防効果(入院予防効果)が期…続きを読む

    宿泊療養施設におけるCOVID-19患者の診療
    成人 > レビュー
    No. 912021. 10. 22
  • 神戸市立医療センター中央市民病院 感染症科
  • 土井 朝子
    宿泊療養施設におけるCOVID-19患者の診療

    COVID-19患者の増加期には、宿泊療養施設への入所も急増する。自治体により対応は多少異なると思うが、多くの自治体で宿泊療養施設には医師会もしくは病院からの派遣医師が関与しているのではないかと思われる。自宅療養中の患者が増加するにつれ、保健所と協力しながら、往診体制が構築された…続きを読む