右側腹部痛を主訴に受診した若年女性(2/3)
今号は3週連続で配信します。1号目
※実際にあったケースに基づく架空の症例です。
前回のまとめ
生来健康な若年女性で、身体所見上は右季肋部に明らかに圧痛を認め、Murphy徴候もあった。肝嚢炎や肝膿瘍を疑い、血液検査や腹部超音波検査を行なった。
血液検査所見と腹部超音波所見から、胆嚢炎や肝膿瘍は否定的であった。そこで、若年女性であり、卵巣出血、骨盤内炎症性疾患を疑った。特に、右季肋部痛であったため、肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)を想定した。
まず、月経および性交渉について確認した。前回月経は受診1か月前から1週間ぐらい。最終月経は受診10日前に始まり、受診時まで継続している。これまで月経周期は4週間で、1週間ほど持続していた。今回は予定日よりも1週間以上早く始まり、1週間以上持続している。最終の性交渉は1週間以上前にパートナーではない方とあった。コンドームは使用していない。同意を得て妊娠反応検査を行ったが陰性だった。
身体所見上、肝胆道系、特に肝臓に問題がありそうだった。そこで、肝臓の評価のために造影CTを考えた。ただし、現在疑っている肝周囲炎の診断に、造影CTがどれくらい有用かはっきりと分からない。肝臓の周囲に造影効果などがあれば分かるかもしれないが、所見がないからといって肝周囲炎を否定できるかどうか分からないし、肝被膜の造影効果の有無を自分が判断できるかどうかも分からない。そもそも、CT検査は若年女性には積極的に行ないたくない。内診で子宮頸部の圧痛があれば参考になりそうだが、内診も自分でできない……。
結局、婦人科に相談した。婦人科診察では、経膣エコーでは特に異常所見なし。子宮頸管に圧痛を認めた。なお、子宮体部、両側付属器領域には圧痛はなかったとのことだった。
婦人科領域の疾患としては肝周囲炎が疑われるとのことであり、子宮頸管の淋菌・クラミジアDNA検査と細菌培養検査、クラミジア抗体(IgA、IgG)を提出の上、レボフロキサシン500mg 1日1回内服による治療が開始され、1週間後に婦人科再診の予定となった。なお、クラミジアに加えて淋菌のカバーも行なう目的で、セフトリアキソンを1g点滴投与した。症状の改善を確認するため、当科には3日後に再受診してもらうこととした。
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臨床診断:Fitz-Hugh-Curtis症候群
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Fitz-Hugh-Curtis症候群(以下、FHCS)は、1920年に淋菌感染、右上腹部痛と肝被膜と腹壁の癒着を認めた症例として最初に報告された。その後、肝被膜から淋菌が検出されるなどの報告が続き、本症候群は淋菌によるものとされていたが、1978年に腹膜炎と肝周囲炎を伴ったクラミジアの急性感染例が報告された。肝周囲炎の患者の子宮頸部、卵管、肝被膜からChlamydia trachomatis が培養されるなどクラミジアの関与を示す知見が増え、現在はクラミジアのほうが淋菌よりも頻度が高いと考える専門家が多い[1]。
治療は、骨盤内炎症性疾患(pelvic inflammatory disease;PID)と同様の治療が行なわれる[1]。PIDの治療で想定すべき微生物は、クラミジアと淋菌、腸内細菌科と嫌気性菌とされる。CDCによる性行為感染症のガイドラインでは、以下の抗菌薬治療が推奨されている[2]。
- セフォテタン1回2g 12時間毎、あるいはセフォキシチン1回2g 6時間毎+ドキシサイクリン1回100mg 経口12時間毎
本邦では入手困難なセフォテタンやセフォキシチンの代替薬として、セフメタゾール1回1g 8時間毎などが使用できる。
- セフトリアキソン250mg筋注単回投与+ドキシサイクリン1回100mg 経口1日2回 14日間±メトロニダゾール1回500mg 1日2回 14日間
なお、同ガイドラインでは、淋菌のキノロン耐性の可能性が低い場合に、キノロン±メトロニダゾールが代替処方として記載されている、しかし、本邦で検出された494株の淋菌を対象にした抗菌薬感受性試験の結果では、シプロフロキサシンの耐性が78.6%、レボフロキサシンの耐性は71.5%であったと報告されている。このため本邦では、エンピリックにキノロン系抗菌薬で淋菌の有効な治療を行なうことは期待できないと思われる。なお、セフィキシムに対する低感受性株は38.1%、耐性株は0.4%、セフトリアキソンに対する低感受性株は0.2%、耐性株は0%であった[3]。
さて、3日後の患者の症状はどうだろうか。
【References】
1)Peter NG,Clark LR,Jaeger JR:Fitz-Hugh-Curtis syndrome:a diagnosis to consider in women with right upper quadrant pain.Cleve Clin J Med.2004 Mar;71(3):233-9.
2)Centers for Disease Control and Prevention(CDC):Sexually transmitted diseasestreatment guidelines 2010.MMWR Recomm Rep.2010;59:RR-12.
3)田中正利・他:日本全国から分離された淋菌の抗菌薬感受性に関する調査.感染症誌.2011;85:360-5.
(つづく)