レプトスピラ症――渡航歴がなくても都市部でも起こりうる感染症(3/3)
レプトスピラ症の経過を一緒に追いかけてきました。レプトスピラ症に対する理解は深まったでしょうか? でも、まだまだ遠いところの病気と思っていませんか? レプトスピラ症をより身近に感じていただくため、もう1症例ご紹介します。
症例2:海外渡航歴のない40歳代男性
生来健康な40歳代の男性です。来院する5日前から発熱、倦怠感、頭痛が出現し、近医では感冒として対応されていました。症状が改善せず、前医で施行した血液検査で肝障害と腎障害を認めたため、当院を紹介受診しました。海外渡航歴はなく、自身では今回の症状に関して思い当たる節はないとのことでした。システムレビューでも、上記以外の症状はありませんでした。仕事は、魚市場で働いているとのことでした。
他覚所見では、意識清明、体温37.5℃、血圧128/83mmHg、心拍数74回/分、呼吸数12回/分でした。眼球結膜に黄染、左後頸部にリンパ節を触知、両下腿前面に点状出血を認めました。そのほか、胸腹部に異常所見はありませんでした。
ここで、敗血症+播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation;DIC)、血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura;TTP)、抗リン脂質抗体症候群(anti-phospholipid antibody syndrome;APS)、急性肝炎(ウイルス性、薬剤性など)などを鑑別疾患に挙げ、感染源検索と各種ウイルス・抗体検査を行うことにしました。検査結果を以下に示します。
- 血算:WBC 8900/μL(Neut 70.3%、Lymp 14.8%)、Hb 12.2g/dL、Ht 34.3%、Plt 1.3万/μL
- 生化学:AST 74U/L、ALT 221U/L、LDH 934U/L、ALP 418U/L、γ-GTP 311U/L、CK 909U/L、T-bil 2.6mg/dL、D-bil 1.7mg/dL、BUN 96mg/dL、Cr 4.2mg/dL、CRP 10.15mg/dL
- 感染症:HBsAg陰性、HCVAb陰性、RPR・TPLA陰性、HIV抗体陰性
- 胸部X線撮影:CTR 51%、CP angle sharp、肺野に明らかな異常陰影なし
- 血液培養:陰性
- 胸部CT:肺野にスリガラス陰影が散在
1例目同様、主たる症状は発熱と頭痛で、血液検査所見では血小板減少、肝障害、腎障害を認めますが、この症例では海外渡航歴はありませんでした。この症例では、出血症状である両下腿の点状出血と肺胞出血を疑わせる肺野のスリガラス影を認めました。
当初は、TTPなど非感染症疾患も疑われましたが、レプトスピラ症を疑う重要なヒントとなった病歴に加え、魚市場で働いているという職業歴がヒントとなって、レプトスピラ症が疑われました。その後、尿のレプトスピラPCRが陽性と判明しました。黄疸、出血傾向(肺胞出血、両下腿の点状出血)、腎障害を認めたため、重症型であるWeil病と診断されました。セフトリアキソンの点滴静注で速やかに軽快しました。
症例をまとめると、1例目は「渡航歴のある輸入レプトスピラ症」、2例目は「国内発症のレプトスピラ症」でした。
レプトスピラ症は渡航後の発熱の鑑別としては比較的考慮されやすいですが、国内発症もあります。原因のはっきりしない発熱患者に対して海外渡航歴の聴取は比較的忘れにくいかもしれませんが、職業歴やレクリエーションまでしっかり聴取することが、診断の手がかりになります(表)[1]。海外渡航歴がなくても、原因のはっきりしない発熱、黄疸、腎障害、肝障害では曝露する可能性のある職業や行動がなかったか、上記の表に挙げた病歴を参考に具体的に聞くことが大切です。
レプトスピラ症は、秋疫(あきやみ)、七日病(なぬかびょう)など地方によって様々な名称で認識され、日本では昔から比較的身近にあった感染症です。1970年代前半までは年間約50~250人の死亡者が報告されていましたが、農作業の機械化や水田の乾田化、流行地でのワクチン接種(現在、ワクチンは国内では製造中止となっています)、衛生環境の改善により死亡者数・患者数は減少しました[2]。
日本では2003年に全数報告対象になってから、輸入例・国内発症例も含めて毎年20~30例が報告され、2012年の国内報告数は36例でした。このうち、都道府県別では沖縄県が第1位ですが、次いで第2位が東京都となっており、この都内で報告されているレプトスピラ症の半数以上は渡航歴のない国内発症例でした[3]。過去にも都内で渡航歴のない重症レプトスピラ症が報告されており、都市部においても遭遇しうる身近な疾患であるといえます[4]。
2003年よりレプトスピラ症は4類感染症に指定され届け出の対象となっていますが、治療しなくても軽快してしまうような軽症例や診断が困難な例が多く存在している可能性を考慮すると、国内でもレプトスピラ症は実際よりも多いのではないかと推測されます。重症例は死亡率5~40%といわれ、特に重症例では5日以内に治療開始しないと予後が悪化するとされており、早期に発見し治療へつなげる必要があります[5]。
以上、レプトスピラ症についてお話しさせていただきました。レプトスピラ症は国外・国内いずれも発生があり、国内のどの病院でも患者がやって来る可能性があります。レプトスピラ症は重症例であっても非特異的な症状・所見ばかりで診断が難しい場合もありますが、渡航歴がなくても、原因がはっきりしない血小板減少、肝機能障害、腎機能障害を診たら職業歴や曝露歴を詳しく聴取するということが、今回お伝えしたかった大切なポイントです。日常診療の参考になれば幸いです。
【References】
1)Shimizu Y,Sakamoto N,Ainoda Y,et al:Leptospirosis in a Japanese urban area:A case report and literature review.J Infect Chemother.2014;20(4):278-81.
2)小泉信夫、渡辺治雄:レプトスピラ症の最新の知見,モダンメディア,2006;52(10):299-306.
3)東京都感染症情報センター:レプトスピラ症の流行状況(東京都),2014.
4)増田慶太,上原由紀,小野宏・他:東京23区内で感染した重症レプトスピラ症(ワイル病)の1症例,感染症学雑誌,2010;84(1):59-64.
5)Mandell GL:Mandell,Douglas,and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases,7th edtion,Churchill Livingstone,2009.
(了)