No. 452013. 11. 04
成人 > ケーススタディ

発熱・意識障害で受診した90歳代女性(2/3)

東京女子医科大学 感染症科

藤田崇宏

(今号は3週連続で配信しています。1号目


 92歳という超高齢者における意識障害のケースである。

 高齢者が救急外来を受診する主訴の中で、意識障害は多くを占めている。「いつもと違って何かが変だ」「寝てばっかりで起きてこない」、あるいは独居の高齢者の場合、今回の症例のように「気がついたら倒れていた」という主訴にもしばしば遭遇する。

 高齢者では基礎疾患や加齢で脳の機能が低下しているために、軽度の増悪因子であっても意識障害として出現すると考えられている。原因は中枢神経系以外の問題によることも多く、多岐にわたる。初診の段階ではバイタルサインを落ち着かせつつ、原因を究明することにフォーカスしなければならない。原因の多くを占めるのは感染症である。救急外来を意識障害で受診する高齢者の中で感染症が原因として占める割合は、報告によってばらつきがあるが、高い場合は70%程度とする文献もある[1]。

 高齢者では意識障害や頻呼吸だけが敗血症の徴候として現れることがよくあることが知られている。意識障害が見られても必ずしも中枢神経感染症というわけではなく、頻呼吸があるからといって必ずしも呼吸器感染症ではない。敗血症であっても発熱も見られないことがある。今回の症例も受診時には発熱を認めていない。しかし、脈拍数と白血球数がすでにSIRS(systemic inflammatory response syndrome:全身性炎症反応症候群)の基準を満たしていることにお気づきだろうか?

 敗血症であると仮定すれば、次に行うべきことは何だろうか? もちろん、臓器の検索である。では、どこがフォーカスと考えるべきか。まずは最も特異的な所見を呈しているところ、あるいは患者背景から最も問題を起こしやすそうなところから攻めるのが定石だが、先述のように意識障害といえどもただちに中枢神経感染症というわけではない。ほかには非特異的所見しか見当たらない。

 このような場合は、頻度の軸から攻めることになる。このような状況で頻度の高い感染症は、肺炎と尿路感染症である。しかし、鑑別診断を「肺炎か尿路感染症です」と言ってしまっては、実は何も言っていないのとほぼ同じである。「犯人は20代から30代、もしくは40代から50代の男性あるいは女性」というようなものである。

 さて、そうした肺炎と尿路感染の可能性は、この時点ではどうだろうか? 低酸素はなく、やや頻呼吸のみ、胸部X線撮影でも明らかな浸潤影はないようだ。この時点で肺炎の可能性はかなり下がってくる。尿沈渣で膿尿も認めず、尿路感染の可能性は(尿路の完全閉塞でもない限り)かなり低いと言ってよいだろう。外来の時点で肺炎、尿路感染ともに決定的な所見がつかめないと正直苦しい。多くの場合は、ここでひとまず検索が打ち切られ、暫定的に誤嚥性肺炎あたりの病名が付けられて入院となることも多いのではないだろうか。初期評価でフォーカスがはっきりしないときこそ、血液培養2セットの採取が重要である。

 ここで、特異的な所見が意識障害しかない場合に、中枢神経感染症を疑って腰椎穿刺を行なうかどうかが問題として浮上してくる。意識障害がある高齢者では、発熱がなくても、発熱がある患者と同程度の頻度で髄液異常が見られたとする報告もある[2]。また、細菌性髄膜炎の高齢者のうち10%は、腰椎穿刺の前に他の疑わしいフォーカスが存在したという報告もある。つまり、どこかにフォーカスとして強く疑う場所が別にあるにもかかわらず、細菌性髄膜炎も見つかった、というケースが一定数存在するわけだ。

 高齢者の細菌性髄膜炎では、典型的な所見がそろわないことも多い。現時点では「意識障害を呈する高齢患者に腰椎穿刺をしなくてもよい」というデータは見当たらない。検査前確率の見積もりによっては行なわずに密に経過観察するのも選択肢の一つなのかもしれないが、安全に行なえるのであれば、行なうに越したことはないだろう。

 また、臓器を特定しないで問題を起こす感染症として、ウイルス、リケッチア、輸入感染症としての原虫症や発熱性疾患を考える必要があるため、渡航歴などについて追加の問診が必要であろう。高齢者が旅行をしないわけではない。2011年の調査では、海外渡航者のうち4.9%を70歳以上が占めており、海外渡航者に高齢者が占める割合は年々増加しているといわれる[3]。高齢者はその健康度によって活動範囲も多様であることを忘れてはならない。

 その後、補液を受けて少し意識レベルが改善した本人と、親族からの話を総合して、本人の背景と病歴の情報が追加された。

追加情報

  • 美食家、かつ量もかなり食べ、週に2回は外食でビーフステーキを食べている。
  • 海外渡航歴はなし。
  • 周囲に発熱性疾患の流行はない。
  • 野外活動歴なし。

 本症例では、救急外来の時点では腰椎穿刺は見送られ、血液培養2セット採取後に市中発症のフォーカスのはっきりしない感染症として、主に市中肺炎、尿路感染の原因微生物をターゲットとしたセフトリアキソンが投与開始され、原因検索と治療目的に入院となった。

 翌日、血液培養2セット中2セットからグラム陽性桿菌が検出されたと連絡があった。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 さて、次のステップとして行うべきことは何でしょうか?

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

【 References 】
1)Han JH,Wilber ST:Altered mental status in older patients in the emergency department.Clin Geriatr Med.2013 Feb;29(1):101-36.
2)Shah K,Richard K,Edlow JA:Utility of lumbar puncture in the afebrile vs. febrile elderly patient with altered mental status:a pilot study.J Emerg Med.2007 Jan;32(1):15-8.
3)日本旅行業協会:保存版 旅行統計2012年度(2012年7月)
http://www.jata-net.or.jp/data/stats/2012/index.html

(つづく)

記事一覧
最新記事
手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に
成人 > ケーススタディ
No. 972022. 08. 10
  • 東京大学医学部附属病院 感染症内科
  • 脇本 優司、岡本 耕
    手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に

    はじめに 全身の中でも手指が最も外傷を負いやすいこともあり、手感染症(hand infection)は頻度の高い皮膚軟部組織感染症の一つである。手感染症は侵される解剖学的部位や病原体などによって分類されるが、中でも化膿性腱鞘炎は外科的緊急疾患であり、早期の治療介入が手指の機能予後…続きを読む

    臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例
    成人 > ケーススタディ
    No. 862021. 01. 29
  • 井手 聡1、2)、森岡慎一郎1、2)、松永直久3)、石垣しのぶ4)、厚川喜子4)、安藤尚克1)、野本英俊1、2)、中本貴人1)、山元 佳1)、氏家無限1)、忽那賢志1)、早川佳代子1)、大曲貴夫1、2)
  • 1)国立国際医療研究センター国際感染症センター
  • 2)東北大学大学院医学系研究科新興・再興感染症学講座
  • 3)帝京大学医学部附属病院感染制御部
  • 4)帝京大学医学部附属病院中央検査部
  • 臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例

    キーワード:diphtheria、bradycardia、antitoxin 序 文 ジフテリア症は、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の感染によって生じる上気道粘膜疾患である。菌から産生された毒素により昏睡や心筋炎などの全身症状が起こると死亡…続きを読む

    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)
    成人 > ケーススタディ
    No. 662018. 12. 05
  • 日本赤十字社和歌山医療センター 感染症内科
  • 小林 謙一郎、久保 健児、吉宮 伸洋
    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)

    本号は3分割してお届けします。 第1号 第2号 *本症例は、実際の症例に基づく架空のものです。 前回のまとめ 和歌山県中紀地方に居住している78歳女性。10日以上続く発熱、倦怠感があった。血球減少が進行したため、血液疾患やウイルス感染症を疑って骨髄検査や血清抗体検査を実施し、重症…続きを読む