No. 422013. 05. 21
成人 > ケーススタディ

発熱、悪寒を訴えERを受診した30歳代女性(2/3)

京都市立病院感染症内科

土戸康弘、山本舜悟

(今号は3週連続で配信しています。 1号目

※本症例は、実際の症例を参考に作成した架空のものです。

前回までのまとめ

 海外渡航後の発熱患者の診療で必要な問診事項を表1に示す。ここから推定される潜伏期は、タンザニア:19~26日、ケニア:5~18日となる。

渡航先、期間、目的タンザニア(ダルエスサラーム):(Y-1)月26日~Y月2日
ケニア(キスム):Y月3~11日
ケニア(ナイロビ):Y月11~16日(→18日に帰国、21日に発症)
観光旅行
気 候雨期
食 事現地のもの:生水(-)、氷(+)、生野菜・生肉・生魚(-)、生フルーツ(+)、非加熱乳製品(-)
生活スタイル、活動ダルエスサラームおよびナイロビではホテル、キスムでは安宿。キスムからバスで30分程度のアヘロでルオ族の家を再現した場所を見学した。川の水に手を触れた。海水曝露なし。森林や洞窟なし。
プレトラベルワクチン1年前に黄熱病1回、破傷風2回、A型肝炎2回
予防内服なし
蚊予防日本製の虫除けスプレー、蚊帳使用、DEET使用なし。
動物接触特にキスムで蚊にたくさん刺された(昼も夜も)。ダニや他の虫には刺されていない。他動物接触なし。
性交渉なし
表1 追加問診事項

 ここで本症例のプロブレムリストをまとめると次のようになる。

#1.タンザニアとケニア渡航後の発熱(潜伏期:タンザニア19~26日、ケニア5~18日)
#2.悪寒(戦慄はなし)
#3.発熱時の呼吸困難、頭痛、腰痛
#4.下痢(改善傾向)
#5.現地の食生活(氷、フルーツ含む)
#6.雨季、蚊刺傷、マラリア予防内服(-)

 潜伏期ごとに分けて考える際は、表2[1]を参考にすると便利である。

<10日11~21日>21日
デング熱
チクングニア熱
インフルエンザ
細菌性赤痢
ウイルス性腸炎
リケッチア症
黄熱
回帰熱
腺ペスト
炭疽
ウイルス性出血熱
マラリア(主に熱帯熱)
腸チフス・パラチフス
レプトスピラ症
急性HIV感染症
リケッチア症
Q熱
ブルセラ症
原虫性下痢症
糞線虫症
ライム病
シャーガス病
アフリカトリパノソーマ症
マラリア(熱帯熱を含む)
結核
ウイルス性肝炎(A・E)
原虫性下痢症
赤痢アメーバ症
HIV
住血吸虫症
フィラリア症
狂犬病
内臓リーシュマニア症
表2 輸入感染症の潜伏期

 さらに、現地でどのような感染症が流行しているかの情報も手に入れる必要がある。流行地については、CDCのYellow Book[2]や厚生労働省検疫所[3]、fitfortravel[4]などのウェブサイトで閲覧することができる。

 以上を参考にして、本症例における鑑別診断として以下の疾患を挙げた。

・マラリア(特に熱帯熱)
・デング熱
・腸チフス・パラチフス
・リケッチア症
・感染性腸炎
・インフルエンザ
・アフリカトリパノソーマ症

 一般的にサハラ以南のアフリカではマラリア(特に熱帯熱)が多く、都市部でもマラリアが流行している。熱帯熱マラリアは重症化しやすく致死的となるため、絶対に見逃してはならない。末梢血薄層塗抹ギムザ染色は感度が低いため、1回で原虫が見えなくても除外はできないことに留意すべきである。8~12時間空けて(あるいは3日連続で)3回繰り返して確認する必要がある。

 デング熱も最近報告があるが、東南アジアと比べると稀である。ケニアでは2011年にデング熱の流行の報告があった。腸チフス・パラチフスは特に南アジアで多いが、発熱以外の症状に乏しいことが多く、鑑別が必要である。リケッチア症ではダニの刺し口が明らかでないこともある。本症例は水様性下痢が認められ、改善傾向ではあるが、感染性腸炎の可能性はある。食事歴については、旅行中に加えて帰国後の内容にも注意して聴取することが肝要である。上気道症状を伴っている場合は、日本での流行時期でなくても、熱帯地域では通年性の流行があるため、インフルエンザも念頭に置く。2012年初頭にケニアのマサイマラ地区でアフリカトリパノソーマ症の報告があったが、本症例では当該地区へは訪れておらず、ツェツェバエと思われる虫に刺されたという病歴も聴取できなかった。

 渡航後の発熱では、輸入感染症以外にも一般的な感染症の鑑別を、もちろん忘れてはならない。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

Q.診断に必要な検査を挙げてください。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

【References】
1)Spira AM:Assessment of travellers who return home ill.Lancet.2003 Apr 26;361(9367):1459-69.
2)CDC:Travelers’ Health
http://www.cdc.gov/travel/
3)厚生労働省検疫所ウェブサイト
http://www.forth.go.jp/index.html
4)Health Protection Scotland:fitfortravel
http://www.fitfortravel.nhs.uk

(つづく)

記事一覧
最新記事
手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に
成人 > ケーススタディ
No. 972022. 08. 10
  • 東京大学医学部附属病院 感染症内科
  • 脇本 優司、岡本 耕
    手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に

    はじめに 全身の中でも手指が最も外傷を負いやすいこともあり、手感染症(hand infection)は頻度の高い皮膚軟部組織感染症の一つである。手感染症は侵される解剖学的部位や病原体などによって分類されるが、中でも化膿性腱鞘炎は外科的緊急疾患であり、早期の治療介入が手指の機能予後…続きを読む

    臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例
    成人 > ケーススタディ
    No. 862021. 01. 29
  • 井手 聡1、2)、森岡慎一郎1、2)、松永直久3)、石垣しのぶ4)、厚川喜子4)、安藤尚克1)、野本英俊1、2)、中本貴人1)、山元 佳1)、氏家無限1)、忽那賢志1)、早川佳代子1)、大曲貴夫1、2)
  • 1)国立国際医療研究センター国際感染症センター
  • 2)東北大学大学院医学系研究科新興・再興感染症学講座
  • 3)帝京大学医学部附属病院感染制御部
  • 4)帝京大学医学部附属病院中央検査部
  • 臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例

    キーワード:diphtheria、bradycardia、antitoxin 序 文 ジフテリア症は、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の感染によって生じる上気道粘膜疾患である。菌から産生された毒素により昏睡や心筋炎などの全身症状が起こると死亡…続きを読む

    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)
    成人 > ケーススタディ
    No. 662018. 12. 05
  • 日本赤十字社和歌山医療センター 感染症内科
  • 小林 謙一郎、久保 健児、吉宮 伸洋
    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)

    本号は3分割してお届けします。 第1号 第2号 *本症例は、実際の症例に基づく架空のものです。 前回のまとめ 和歌山県中紀地方に居住している78歳女性。10日以上続く発熱、倦怠感があった。血球減少が進行したため、血液疾患やウイルス感染症を疑って骨髄検査や血清抗体検査を実施し、重症…続きを読む