病気の子どもたちを守るには(3/3)―― 水痘ワクチンの重要性
水痘の病態
水痘ウイルス(varicella-Zoster virus)はDNAウイルスで、ヒトの鼻咽腔・口腔粘膜より気道を経由し、咽頭のTリンパ球細胞に侵入して増殖します。十分に増殖するとウイルス血症(一次ウイルス血症)を起こして、皮膚と肝臓・脾臓などの網内系にたどり着きます。皮下に到達した水痘ウイルスは、免疫細胞と戦いながら10~21日を経て皮膚表面に移動し、水疱を形成する特徴的な皮膚病変をきたします。また、一次ウイルス血症で肝臓・脾臓に到達したウイルスも増殖して、近くを通りかかったTリンパ球に飛び乗って体中を巡ります(二次ウイルス血症)。そして、発疹が出る48時間前には、再び気道に舞い戻ったウイルスが増殖して咳と鼻汁に乗って外界に放たれ、空気感染を起こします。
水痘ウイルスに曝露した後は、2回もウイルス血症になっていることや、気道からウイルスを排泄していることも、皮膚に発疹が出てくるまでまったく気づきません。発疹が出る前の48時間は、知らないうちにたくさんの人に感染させてしまいます。水痘に罹患した児の接触歴を聴取しても、潜伏期間が長くて流行も頻発するので、いつどこで接触したか分からないこともあります。
小児病院のようなところでは、ワクチン接種前の1歳未満の乳児、病気によってワクチンを接種できない児、免疫不全がある児が多く、入院患児は水痘の感受性者ばかりです。水痘が院内で発生すると、病棟で感染が拡大し、病院の中で持続的な流行が起こる可能性があります。そのため、潜伏期間は感染症の古典的な封じ込め策である病棟閉鎖をして、二次発生がないのを確認してから病棟を再開します。過去の麻疹の流行がひどかった時代には、長期間入院生活をしていた子どもの中には、「水ぼうそうも麻疹も小児病院でかかりました」ということもありました。現在の感染制御の常識では許容できないことです。
水痘の重症化や死亡には、細胞性免疫不全が強く関与しています。興味深いことに、歴史的に無γグロブリン血症のような液性免疫不全児は、細胞性免疫不全ほど重症化や死亡の高いリスクでないことが知られています。血液腫瘍疾患の免疫不全児や、薬剤などで強く免疫抑制されている児にとっては、市中でこれだけ流行しているといつどこで接触するかも分からず、生ワクチンである水痘ワクチンは原則禁忌であるため予防接種で免疫をつけることもできません。
東京都立小児総合医療センターでは、白血病の児をモデルにした水痘ワクチンの接種推進の啓蒙活動を行なっています(図)。日本では幼稚園に行って友達と遊ぶことや、小学校に行って勉強するという普通の生活が“命がけ”です。免疫不全児が治療の後、不安なく日常生活に戻るにはどうしたらいいのでしょうか?
集団免疫(herd immunity)の重要性
herd immunityは「群れの免疫」といって、病原体に対する集団の免疫力を指します。ワクチンを接種して病原体に抵抗力を持つ人が多いと、集団の中でヒト-ヒト感染が起こらなくなります。ワクチンの接種率が高く感染症が流行しない社会では、免疫不全者も感染症から守られます。これはヒトーヒト感染をする病原体にのみ有効で、例えば破傷風は、いくらワクチンの接種率を上げても土壌から破傷風菌を排除することができない限り、免疫がない人は発症してしまいます。
伝染力は病原体によって差があります。例えば、麻疹は空気感染して、1人に発症すると12~18人に感染させることができます。この1人の発症で感染させることのできる人数をbasic reproduction number(基本再生産数)といいます。麻疹は非常に高い伝染力のため、ワクチン接種率が94%を下回ると流行します。近年、フランスなどで接種率の問題による麻疹の再燃がみられました。この流行を抑制することができるワクチン接種率をherd immunity threshold(%)といいます。病原体の伝染力が高いほど、ワクチン接種率を上げて免疫のあるヒトの割合を増やす必要があります。
水痘のbasic reproduction number はインフルエンザの3倍で、麻疹に匹敵します。水痘を流行させないためには、水痘ワクチン接種率が85~90%以上は必要であろうといわれています[1]。
近年、水痘ほどの感染性はないとされてきた帯状疱疹も、実は感染性が高く集団生活で水痘発生の原因となることが分かってきました[2]。また、水痘ワクチン1回接種でのbreakthrough varicella発症は予想以上に多いのではないかという報告もあります[3]。水痘ワクチン1回接種の有効率は50%前後と、他の生ワクチンと比べると低値であり、接種後1年以降で免疫が減弱化して発症率が上昇するとされています。これは、白血病の児に使用されていた経緯からもワクチンが大きく弱毒化されているため、ワクチン株のウイルスは安全である一方、免疫の誘導性が低いからと推測されています。水痘・帯状疱疹と複数の感染源がある社会では、今の水痘ワクチンでは抗原性が低く長持ちしないため、2回接種と高い接種率を維持するしかありません。水痘を制圧している他国の状況をみると、麻疹と同等の接種率と2回目の早期完了が必要と考えられます。日本小児科学会では、恒常的な流行がある日本では、水痘ワクチンの2回目接種の完了は2歳までが望ましいとしています[4]。
接種率の向上のためには、水痘ワクチンの定期接種化をして家族の費用負担をなくすことが有効であり、日本もいずれ公費負担されることが強く望まれます。対経済効果分析では、水痘の対疾病経済負担は約500億円規模といわれていますが、ワクチン費用はその約1/5で済みます[5]。
東京都立小児総合医療センターの総合診療科は、ワクチンによるVPDs(vaccine preventable diseases)の予防を重視し、啓蒙活動を展開しています。まず医療従事者が正しい知識を持てるように、レジデントが主体となって院内の医療スタッフへの教育活動や、入院した児の保護者への指導を意欲的に行なっています。また、水痘ワクチン接種指導による接種率改善の介入研究も行なっています。
時々、小児科医の中にも「水痘はかかってしまったほうがいい」と誤解している人がいます。しかし、皮膚に瘢痕が残った児や、水痘脳炎で後遺症が残った児を前に言えるセリフでしょうか? 医療従事者が保護者にVPDsの被害や予防の重要性を正しく伝えることは大変重要です。ワクチンに対して誤解と不安が強い患者さんのご家族に正しい情報をきちんと伝え、子どもたちをVPDsから守ることは、医療従事者のあるべき姿ともいえるでしょう。
【References】
1)Plotkin SA,Orenstein W,and Offit PA:Chapter 71:Community immunity,Vaccines,6th edition,Saunders,2012.
2)Viner K,Perella D,Lopez A,et al:Transmission of varicella zoster virus from individuals with herpes zoster or varicella in school and day care settings.J Infect Dis.2012 May 1;205(9):1336-41.
3)Bayer O,Heininger U,Heiligensetzer C,et al:Metaanalysis of vaccine effectiveness in varicella outbreaks.Vaccine.2007 Sep 17;25(37-38):6655-60.
4)日本小児科学会:日本小児科学会推奨の予防接種スケジュールの主な変更点(2012年4月20日)
http://www.jpeds.or.jp/saisin/saisin_110427.pdf
5)菅原民枝・他:水痘ワクチン定期接種化の費用対効果分析,感染症誌,2006;80(3):212-9.
(了)