慢性髄膜炎へのアプローチとクリプトコッカス髄膜炎(2/3)
(今号は3週連続で配信しています。1回目)
「慢性髄膜炎」の中でも真菌によるものとして代表的なのがクリプトコッカス髄膜炎である。約2-3割は免疫正常者に起こるが、圧倒的に抗がん剤やステロイド治療により免疫抑制状態となっている患者に見られる疾患であり、いずれも治療しなければ非常に予後の悪い疾患である。
今回(第2回)はクリプトコッカスの病原体としての特徴や臨床症状および診断過程について、次回(第3回)では治療について述べたい。
クリプトコッカス自体は、地球上の土壌どこにでも存在している酵母様真菌の一つである。ハトをはじめ鳥の糞に含まれていることが有名であるが、ハト自体はヒトに比べて高体温であるため感染が成立しにくい。
クリプトコッカスは莢膜に包まれ、この厚みが環境により変化することでマクロファージに対する抵抗性や病原性に影響を与える。また、莢膜の厚みが増すと中枢神経細胞壁へと執拗に粘着し、頭蓋内圧亢進や脳浮腫を惹起する原因となる。
クリプトコッカス属は現在19種類が知られているが、ヒトでよくみられる菌種としてはC.neoformans (特に血清A・D型)とC.gatti (血清型B・C型)の2種類がある。日本で見られるクリプトコッカス症は基本的にC.neoformans によるものと考えてよいが、C.gatti には地域性があり、特にオーストラリアや北米で免疫正常者でのアウトブレイクが報告されている。
経気道的に体内へと入ったクリプトコッカスは肺胞内に生着する。この時点では感染が成立しているわけではなく、慢性肺疾患のある患者では気道内の常在菌として認められることもある。肺胞内に生着したクリプトコッカスが脳実質/髄膜において感染を成立させるためには、全身の血液循環に侵入することに加えて、血液脳関門を通過する必要がある。
肺胞において、クリプトコッカスに対する最初の防御因子はマクロファージである。貪食されたクリプトコッカスの一部は、マクロファージの内部に潜んで存在することができるほか、内部で増殖することもできる。複製されたクリプトコッカスがマクロファージ内に満ちると、最終的にマクロファージは崩壊する。
その結果、菌体は血管内に流出するが、この際に血液中のCD4・CD8T細胞やインターフェロンなどホストの防御機構が速やかに働くため、血管内にとどまることは困難となる。そこで、ホストからの攻撃を免れるように、クリプトコッカスはすぐに別のマクロファージへと侵入し、再びその内部で増殖する――といった過程を繰り返す。このようにして、マクロファージ内に潜んだクリプトコッカスは肺胞実質から血液循環に乗った結果、全身播種が可能となる。つまり、細胞性免疫の低下状態ではクリプトコッカスが増殖しやすい。
血液脳関門は、松果体や下垂体など脳質周囲器官を除いた中枢において、すべての毛細血管に存在しており、血液中の物質を選択的に通過させ、中枢神経系のホメオスタシスを精巧に維持している。O2やCO2など水に親和性のある物質が拡散する一方で、血液中の菌体や大きな物質の通過は制限される。
この血液脳関門を通過するためには3つの方法が知られているが、クリプトコッカスは脳血管上皮細胞を直接通過するほか、Trojan horse way(トロイの木馬)と呼ばれる特殊な方法を取る。これはマクロファージ内に潜んだまま脳血管上皮細胞を通過し、脳内へと侵入した後でマクロファージ外へと出て行き、結果的に血液脳関門を通過するという方法である。脳内へ侵入後、クリプトコッカスは髄液中で増殖して感染が成立する[1]。
クリプトコッカスにとっては、髄液中のほうが血液中に比べて増殖しやすい環境であることが知られている。これは、脳内におけるクリプトコッカスが産生するメラニンが関係していると言われている[2]。
ちなみに、C.gatti は菌体のサイズがより小さく表面がよりスムーズであるため、脳血管上皮細胞を通過しやすく、髄膜炎を起こしやすい。頭蓋内圧亢進や神経障害をきたすことがより多いほか、治療抵抗性を示すことも多いようである[3]。
クリプトコッカス髄膜炎は、HIV/AIDSが蔓延するようになってから年間発症率が高くなり、ART(antiretroviral therapy)が確立されるに従って徐々に発症率が低下傾向となった背景がある。後述する治療法もHIVとNon-HIVとで分けられるほど、クリプトコッカス症のリスク因子としてHIV患者がよく知られている。実際、HIV患者とNon-HIV患者でのクリプトコッカス髄膜炎は臨床所見が異なる。HIV患者におけるクリプトコッカス髄膜炎のほうが、①通常菌体数がより多いため、脳髄圧がより高く治療経過中の脳脊髄液正常化にもより時間を要する、②初診時に中枢神経以外にも臓器障害をきたしていることが多い[3]。患者背景によって臨床像が異なることに注意しよう。
発熱や頭痛、人格変化や意識変容などが2~4週間以上かけて緩徐に進行することが典型的ではあるが、軽微な頭痛のみが数か月以上続くといったこともありバラエティに富む。免疫抑制状態にない患者群での初発症状には頭痛が最もよく見られ、発熱が必発するわけではないと報告する文献もある[4]。また、第VI神経麻痺をはじめとする脳神経麻痺や乳頭浮腫もしばしば認められる。
クリプトコッカスは肺および中枢神経系に臓器障害を起こすことがよく知られているが、次いで皮膚、前立腺、眼などの障害も認められる。皮膚はmaculopapule、触知可能な紅斑が出現することが一般的ではあるが、時に水痘様であったり基底細胞腫など皮膚の悪性腫瘍に類似したりすることもあるため、皮膚病変を併発している際には積極的に生検を行ないたい。クリプトコッカス髄膜炎を疑えば、全身播種の可能性があるため、その他の臓器の身体診察も忘れずに行おう。
まずは症状から髄膜炎を疑い、腰椎穿刺を行なうことが重要である。クリプトコッカス髄膜炎の場合、水頭症や脳内腫瘤形成をきたたすこともあるため、腰椎穿刺をする前に頭部CTのスクリーニングを推奨する文献もある[4]。
髄液の初圧は上昇していることが多い。これは、クリプトコッカスが中枢神経細胞壁に粘着し、頭蓋内圧亢進や脳浮腫を惹起しやすいためである。単球優位の細胞数上昇や糖低下、蛋白上昇がしばしば認められ、髄液培養でクリプトコッカス陽性となれば確定診断となる。Non-HIV患者であれば約90%で陽性となるが、髄液量は最低3~5mL、できるだけ多量に培養提出することが望ましい。
髄液のクリプトコッカス抗原検査にはラテックス凝集試験(LA法)と酵素免疫反応(EIA法)の2種類があり、どちらも感度・特異度は90%以上と非常に高く[5]、診断時点での評価には有用である。現在国内で市販されている抗原検査はラテックス凝集試験だけで、カットオフは1:4である。診断時に抗原値が(>1:1024)と極端に高ければ予後が悪いと報告する文献もある[6]。抗原値は菌体数を反映すると言われるものの、HIV患者・Non-HIV患者ともに治療過程における抗原値の推移は効果判定には使えないことは知っておきたい[7]。
クリプトコッカス髄膜炎における髄液検査のポイントは、以下の3つである。
- 髄液圧の上昇を認めることが多い。
- 髄液中のクリプトコッカス抗原の感度・特異度は、ともに90%以上と高い。
- ただし、抗原値自体は治療効果を判定できるものではない。
【References】
1)Liu TB,et al:Molecular mechanisms of cryptococcal meningitis.Virulence.2012 Mar-Apr;3(2):173-81.
2)Kwon-Chung KJ,et al:Encapsulation and melanin formation as indicators of virulence in Cryptococcus neoformans.Infect Immun.1986 Jan;51(1):218-23.
3)Mandell GL:Cryptococcus neoformans.In Mandel Principles and Practice of Infectious Diseases,7th ed,Churchill Livingstone,2007,p.3297-3298.
4)Tjia TL,et al:Cryptococcal meningitis.J Neurol Neurosurg Psychiatry.1985 Sep;48(9):853-8.
5)Kauffman CA,et al:Detection of cryptococcal antigen.Comparison of two latex agglutination tests.Am J Clin Pathol.1981 Jan;75(1):106-9.
6)Saag MS,et al:Comparison of amphotericin B with fluconazole in the treatment of acute AIDS-associated cryptococcal meningitis.The NIAID Mycoses Study Group and the AIDS Clinical Trials Group.N Engl J Med.1992 Jan 9;326(2):83-9.
7)Powderly WG,et al:Measurement of cryptococcal antigen in serum and cerebrospinal fluid:value in the management of AIDS-associated cryptococcal meningitis.Clin Infect Dis.1994 May;18(5):789-92.
(つづく)