No. 382012. 11. 27
成人 > レビュー

寄生虫症の臨床――蠕虫感染を中心に(3/3)

都立墨東病院感染症科

阪本直也

東京女子医科大学感染症科

相野田祐介

(今号は3週連続で配信しました。1号目 2号目


 今回は、症例に基づいて寄生虫診療の流れを追ってみたいと思います。なお、提示する症例は、実際のものを下敷きに加工・修正を施しています。

Case:虫体の排泄を主訴に来院した55歳男性

 東京都在住で海外渡航歴はない55歳の男性が排便後、肛門から30cmくらいの虫体が排泄され、自分で引っ張ると切れてしまったとのことで来院しました。

医師(Dr):「どのような状況で虫が出てきましたか? 長さや色、形はどうでしたか?」
患者(Pt):「便をしたときに、お尻からつながっていて、引っ張ったら切れてしまいました。長さは30cmくらいで、クリーム色、そして平らで、きしめんみたいでした。虫が勝手に動くことはなかったですけど、びっくりしてトイレに流しちゃいました」

1.どのような虫を想定するか?

この臨床状況から想定するのは、頻度からはまず「日本海裂頭条虫」です。場合によっては、大複殖門条虫かもしれませんが……。念のため、他の条虫との区別のために食歴を聴取します。サケやマス、ウシやブタの生食歴がないかどうかを確認します。この患者は、サーモンが大好物で寿司屋や回転寿司屋を訪れ、スーパーの刺身なども機会があれば食べていました。他の生肉はいっさい食べておらず、海外渡航歴もありませんでしたので、日本海裂頭条虫が疑われます。

2.標的臓器はどこか? 診断のための適切な検査は?

患者さんが虫体を持参してくれれば、その場で確定診断がつきますが、この患者さんのように驚いてトイレに流してしまう方が多いです。日本海裂頭条虫は腸管(小腸)を標的臓器とし寄生します。寄生虫が産卵した虫卵が便に混じっていることが期待できます。患者の排便があれば便をもらい、虫卵検査(検便)をオーダーします。今回のシリーズでは寄生虫症の検査に関しては割愛しましたが、直接塗抹と集卵法を行ないます。虫体排泄を主訴に患者さんが来院することの多い、日本海裂頭条虫(図1、2)が属するDipjyllobothrium 属と無鉤条虫やアジア条虫、有鉤条虫が属するTaenia 属(図3、4)について、虫卵の形態で区別できるため有効です。

図1 日本海裂頭条虫卵(200 倍)
図2 日本海裂頭条虫卵(400 倍)
図3 Taenia 属の虫卵(100倍)
図4 Taenia 属の虫卵(400倍)

Dr:「なるほど。便の中に虫の卵を見つければ、どんな虫が出てきたのか見当がつくので、便の検査をしましょう。今、便が出ますか?」
Pt:「今ですか? うーん、頑張ってみます」

 当院では院内で虫卵検査ができるため、便をもらってから 1時間もあれば結果が出ます。この患者で確認できた虫卵は、やはり日本海裂頭条虫卵でした。もし、外来受診日に便が出なければ、検便カップを渡しておいて、再診日の来院前に家で便を採取して持参してもらうようにしています。

Pt:「で、先生。この虫が自分の脳とか内臓とかに移動して、おかしくなってしまうことはないですか?」
Dr:「伺ったお話の内容と、確認させていただいた虫卵の形から考えると、そのような心配はないです」

 幼虫移行症を起こすかどうかは、よく聞かれる質問です。当たり前ですが、日本海裂頭条虫は幼虫移行症は起こしません。中間宿主の話をして納得してもらいます。私は虫のライフサイクルが書いてある本を見せて説明しています。

Pt:「家族や職場の同僚にうつしてしまうことはないですか?」
Dr:「その心配はないです」

 この質問もよくあります。

日本海裂頭条虫は中間宿主が必要なので、ヒト-ヒト感染は起こりません。ライフサイクルに関することで説明が難しければ一緒に本を確認しながら説明してもいいかもしれませんね。

Pt:「薬を飲めば治りますか? 急いだほうがいいですか?」
Dr:「内服薬で治療が可能です。また、治療に緊急性はないです。当院ではより確実な治療のために入院して駆虫を行なっています」

 院内で虫卵検査できない場合でも検査を外注し、その結果が返ってくる頃に再診してもらって結果を伝え、それから治療を行なっても十分と考えます。治療は教科書通りですが、当院ではプラジカンテル(ビルトリシド®)と下剤の内服を用いて駆虫を行なっています。また、当院では、確実に虫を回収して頭を確認する(マッチ棒の先ぐらいであり、溶けてしまって 分からないこともある)ために、入院してもらって駆虫を行なっています(図5)。全国でも珍しい 1泊 2日の「条虫症パス 」があります。

図5 日本海裂頭条虫

 いかがでしたでしょうか。なかなか実際に患者がいない状況では想像しにくいかもしれません。ただし、寄生虫診療は難しいものではなく、最小限の知識でカバーして初期対応をしつつ、成書で確認しながらの診療で十分な気もします。緊急性のある寄生虫症はありません。また、感染症の普遍の原則は寄生虫症でも同じです。日常の感染症診療で病歴や身体所見、検査所見から標的臓器を決定し、鑑別疾患を考える際には、可能性が低くても寄生虫を鑑別に挙げる習慣をつけておくことが大切と考えます(Mindmap 3)。

謝 辞
本稿の執筆にあたり、様々なご指導いただきました奈良県立医科大学 病原体・感染防御医学/感染症センター 中村(内山)ふくみ先生に深謝致します。


<参考資料>

○「輸入熱帯病・寄生虫症に対する稀少疾病治療薬を用いた最適な治療法による医療対応の確立に関する研究」班:寄生虫症薬物治療の手引き,改訂(2010年)第7.0.1版.
各分野で専門の先生方が書かれており、簡便かつ必要な情報がまとまっていて重宝します。治療にも言及されています。ウェブサイト(http://www.med.miyazaki-u.ac.jp/parasitology/orphan/index.html)よりダウンロード可能です。

○吉田幸雄,有薗直樹:図説人体寄生虫学,改訂8版,南山堂,2011.
寄生虫の本で 1冊を挙げろと言われたら、これでしょうか。情報量、写真とも豊富です。

○ 佐伯英治,升秀夫,早川典之:寄生虫鑑別アトラス―オールカラー版,メディカルサイエンス社,1998.
本来は臨床検査技師向けでしょうか。ライフサイクルが虫ごとに絵で描かれており、視覚を通じて確認することができます。

○ CDC:DPDx―CDC Parasitology Diagnostic Web Site.
http://dpd.cdc.gov/dpdx/Default.htm

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