No. 352012. 07. 26
成人 > ケーススタディ

「命拾いしました」(1/3)

東北大学大学院 医学系研究科 感染症診療地域連携講座

具 芳明

(今号は3週連続で配信します。)

Case A

 あなたは、とある診療所で内科外来を担当しています。一般的な血液検査は可能ですが、画像検査は単純X線撮影のみしかできません。

 ある日、「1週間前から後頸部が痛い」という60歳代女性が受診しました。特記すべき既往歴はありません。問診票には「かぜをひいてから首が痛くなり、だんだん強くなるので受診した」とあります。体温は37.7℃です。

 病歴を確認すると、後頸部痛だけでなく咽頭痛もあるとの話でした。「嚥下時に痛みを感じ、それは次第に増悪して食事も摂れない」との訴えでした。発熱には気づいていなかったものの、ここ数日盗汗を自覚しているとのことです。発熱以外のバイタルサインには異常を認めませんでした。

 「頸部痛と発熱」は、注意深く診断を進めていかなくてはならない病態です。頸部の解剖を想起しつつ、咽頭周囲の感染症、椎体炎、髄膜炎など、重篤な感染症を慎重に除外する必要があります。その際には、付随する症状を確認することで、ある程度鑑別を絞っていくことが可能です。

 今回の症例では、嚥下時痛を伴っていました。咽頭痛はよくある訴えですが、必ず嚥下時の痛みかどうかを確認する必要があります。嚥下時痛があれば咽喉頭の疾患が強く示唆されるので、それを確認することで鑑別疾患をある程度絞り込むことが可能です。

 「発熱+嚥下時痛」は、日常診療でとても多い主訴です。一般的には咽頭炎のみのことが多いものと思われます。しかしながら、見逃してはならない“killer sore throat” 5疾患を忘れてはなりません[1]。すなわち、急性喉頭蓋炎、扁桃周囲膿瘍、咽後膿瘍、口底蜂窩織炎(Ludwig’s angina)、レミエール症候群です。これらは見逃すと命にかかわる状態となり得ます。本症例では、1週間にわたる経過からは、急性喉頭蓋炎らしくはないように思われます。

 その他の疾患を念頭に置くと、下顎下部の腫脹による特徴的な顔貌(口底蜂窩織炎)、開口障害、前頸部とくに内頸静脈に沿った圧痛や腫脹(レミエール症候群)、扁桃の腫脹や口蓋垂の偏位(扁桃周囲膿瘍)といった所見を確認していく必要があります。

 診察では、口底蜂窩織炎を思わせる顔貌ではなく、前頸部の圧痛、口蓋垂の偏位はいずれも認めませんでした。しかし、2横指しか開口できず、開口障害を認めました。開口障害は顎関節そのものの問題で生じるほか、咀嚼筋に問題が生じることでも起こります。咽頭の外側に位置する傍咽頭間隙(副咽頭間隙)に炎症があると、そこに接する内側翼突筋(咀嚼筋群の一つ)に炎症が波及して開口障害をきたします。傍咽頭間隙は、そのすぐ後方に咽頭後間隙、椎体前間隙など、椎体前面に縦方向に長く存在する間隙が控えており、ここにまで炎症が波及すると椎体前面を下方に進展して縦隔炎を合併するリスクがあります。

 このように、発熱や嚥下時痛に加えて開口障害がある場合は、傍咽頭間隙さらには椎体前面の間隙への炎症波及を考えなくてはなりません。すなわち、咽後膿瘍や縦隔炎まで想定しての対応が必要となります。したがって、高次医療機関への転送を考慮する状況となりますが、以上の推定を確認するために頸椎の単純X線写真を撮影しました()。

図 本症例の頸椎X線写真

  頸椎X線写真において咽頭後壁-頸椎前面間の距離を測定することは、咽後膿瘍の評価に役立ちます。一般にC2-3レベルで7mm以内、C6レベルで22mm以内が正常範囲(いずれも成人)とされ、これを超える場合は同部位の腫脹が示唆されます[2]。では、C1-4レベルで強い腫脹が示唆され、咽後膿瘍の可能性を強く疑う所見と考えられました。転送先の医療機関でのMRI 検査で咽後膿瘍が確認され、ドレナージおよび抗菌薬による治療が行なわれて改善しました。

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診 断 : 咽後膿瘍

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ポイント

  1. 発熱+嚥下時痛では“killer sore throat”を忘れない。
  2. 開口障害は顎関節の問題だけではない。

【References】
1)岸田直樹:咽頭痛・嗄声,レジデントノート,13(2):294-301,2011.
2)Peterson LJ:Contemporary management of deep infections of the neck.J Oral MaXillofac Surg.1993 Mar;51(3):226-31.

(続く)

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