No. 262011. 05. 03
成人 > レビュー

アシネトバクター感染症(2/3)

東邦大学医学部 微生物・感染症学講座

原田 壮平

 (3分割配信の2回目です。 1回目

臨床的特徴

 ヒトの感染症の起因微生物として最も重要なA. baumannii は、通常の環境やヒトの皮膚の定着菌として存在する頻度は低いものと考えられています[1,2]。A. baumannii は主に院内感染症、特に「高齢」「重篤な基礎疾患の存在」「免疫不全や広範な外傷」「血管内カテーテル挿入」「人工呼吸管理」「長期入院や抗菌薬の前投与」などの危険因子のある患者の院内感染症の起因微生物としてよく知られています[3]。感染症の種類としては肺炎(人工呼吸器関連肺炎を含む)、菌血症(肺炎に伴うもの、あるいは血管内カテーテル関連菌血症)がよく知られ、手術部位感染症、皮膚軟部組織感染症、尿路感染症なども起こすことがあります[2,3]。

 米国のNational Healthcare Safety Network (NHSN)が2006年1月から2007年10月の期間に収集したデータによると、463の医療機関(うち412は急性期病院)から報告された5960の人工呼吸器関連肺炎の起因菌のうちA. baumannii は498(8.4%)を占め、Staphylococcus aureus (1456, 24.4%)、Pseudomonas aeruginosa (972, 16.3%)に次いで3番目の頻度でした[4]。実際には、人工呼吸器関連肺炎を含めた院内肺炎の患者の喀痰から他の微生物とともにA. baumannii が分離された場合にA. baumannii が起因菌であるかを判断することはしばしば困難であり、グラム染色所見、重症度、患者の危険因子などを総合して臨床的に判断することになります。私見ですが、現在の日本の一般的な急性期医療の現場おいては、この数字ほどにはA. baumannii 感染症のインパクトが大きいようには感じられません。その理由の一つには、次号で述べますように抗菌薬耐性アシネトバクター(特にカルバペネム耐性や多剤耐性)の分離頻度が米国や他地域と比較して日本では現在のところは低いことが挙げられますが、他には(あくまで想像にすぎませんが)日本に存在するA. baumannii の株が他国の株と比べて病原性が低い株の占める割合が高い可能性、気候が感染症の発症や重症度に影響している可能性などが考えうる要因です。

 なお、米国の調査では集中治療室におけるアシネトバクター感染症の発症頻度は夏季(7-10月)において他の時期の1.5倍の頻度で認められました[5]。そのほかのトピックとしては、A. baumannii が朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争における負傷兵の皮膚軟部組織感染症、血流感染症の起因菌として分離されたというエピソードがあります[6]。また、熱帯地方の災害における外傷と関連した感染症の起因微生物としても考慮する必要があり、2004年の東南アジアの津波により重症の外傷を受けた患者や2002年のバリ島での爆弾テロで外傷を負った患者が母国に避難帰国後にA. baumannii による侵襲性感染症をきたした例が報告されています[6]。

  前述のようにA. baumannii は院内感染症の起因微生物と考えられていますが、市中感染症も主にオーストラリアの北部熱帯地域やアジアの一部の地域(香港、台湾、シンガポールなど)から報告されています[6, 7]。市中感染症は重篤な肺炎をきたし高い死亡率を示すという特徴が報告されており、患者はアルコール多飲や悪性腫瘍を背景に有することが多いとされます[6]。この症候群が特定の地域に集中して見られる理由ははっきりしませんが気候との関連があるのかもしれません。なお、A. baumannii による重症市中感染症の報告は本邦でもみられ[8,9]注目されますが、現段階では一般的なものではないと思われます。

  A. baumannii は乾燥した物質の表面でも1か月あるいはそれ以上の長期にわたって生存でき、また患者や種々の医療器具に長期に定着しうるなどの特徴があり、医療機関でアウトブレイクを起こす能力が高いと考えられます。アウトブレイクに関連しうる媒介物としては、人工呼吸器関連器具、血管内アクセス関連器具、保菌患者の周囲に存在する様々な物品(枕、ベッドリネン、カーテン、血圧計、パルスオキシメーター、医療器具の洗浄水など)、さらには汚染された手指が接触したドアノブやコンピューターのキーボードまで多岐にわたります[3]。多剤耐性アシネトバクターによるアウトブレイクの事例は世界的には枚挙に暇がなく、その鎮圧に長期間を要することも多く、病棟の閉鎖を必要とする例も少なからず報告されています[3]。


【References】
1. Peleg AY, Seifert H, Paterson DL. Acinetobacter baumannii : emergence of a successful pathogen. Clin Microbiol Rev. 2008; 21: 538-82.
2. Dijkshoorn L, Nemec A, Seifert H. An increasing threat in hospitals: multidrug-resistant Acinetobacter baumannii. Nat Rev Microbiol. 2007; 5: 939-51.
3. Karageorgopoulos DE, Falagas ME. Current control and treatment of multidrug-resistant Acinetobacter baumannii infections. Lancet Infect Dis. 2008; 8: 751-62.
4. Hidron AI, Edwards JR, Patel J, Horan TC, Sievert DM, Pollock DA, Fridkin SK; National Healthcare Safety Network Team; Participating National Healthcare Safety Network Facilities. NHSN annual update: antimicrobial-resistant pathogens associated with healthcare-associated infections: annual summary of data reported to the National Healthcare Safety Network at the Centers for Disease Control and Prevention, 2006-2007. Infect Control Hosp Epidemiol. 2008; 29: 996-1011.
5. McDonald LC, Banerjee SN, Jarvis WR. Seasonal variation of Acinetobacter infections: 1987-1996. Nosocomial Infections Surveillance System. Clin Infect Dis. 1999; 29: 1133-7.
6. Munoz-Price LS, Weinstein RA. Acinetobacter infection. N Engl J Med. 2008; 358: 1271-81.
7. Falagas ME, Karveli EA, Kelesidis I, Kelesidis T. Community-acquired Acinetobacter infections. Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 2007; 26: 857-68.
8. 小清水 直樹, 佐藤 雅樹, 源馬 均, 上村 桂一, 千田 金吾. 急激な経過をたどったAcinetobacter baumannii による市中肺炎の1剖検例. 感染症誌. 2009; 83: 392-7.
9. Ozaki T, Nishimura N, Arakawa Y, Suzuki M, Narita A, Yamamoto Y, Koyama N, Nakane K, Yasuda N, Funahashi K. Community-acquired Acinetobacter baumannii meningitis in a previously healthy 14-month-old boy. J Infect Chemother. 2009; 15: 322-4.

(続く)

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