院内における下痢症(Clostridium difficile腸炎)(1/3)
(今号のミニレビューは、3週連続で配信します。)
しばしば経験する、入院患者の「下痢」。昨年、市中における下痢症について以前書きましたが、入院中となるとアプローチは変わってきます。今回は入院患者の下痢症について考えてみたいと思います。
入院患者の下痢症
入院直後、外出後、病棟でのアウトブレイク、食べ物の差し入れがあったときを除いて、入院患者の便培養が役に立ち、治療方針を劇的に変えることになった経験があるでしょうか? 多くの場合、消化管内の常在菌(表1)が検出されるのみで、便培養が役に立ったという経験はほとんどないと思われます。
特に抗菌薬投与下での下痢症は、多くが感染性ではなく、消化管内にいる常在菌の減少や変化による浸透圧性または吸収の問題によって生じることがほとんどです。抗菌薬関連腸炎のうち、20~30%がClostridium difficile infection(CDI)によるものといわれていますが[1]、これ以外のほとんどは上記のような原因です。ほかにも、実は下剤を使用していたり、実は経腸栄養を開始した直後だったりと、様々な原因が挙げられます。ですから、入院患者の下痢症についても、やはり丁寧な病歴確認と診察が必要になります。今回の話題に限ったことではなく、入院中に起こりやすい感染症についてはいずれも特異度が低い所見・検査が多いため、診断は常に悩ましいところです。
仮にCDIであった場合、不適切な抗菌薬投与をすると、より重篤化させてしまうリスクがあります。
・嫌気性菌(B.fragilis など):最多 ・腸内細菌科(E.coli、Klebsiella spp.、Enterobacter spp. など) ・腸球菌 ・S.aureus:特に抗菌薬投与下ではMRSA ・P.aeruginosa:抗菌薬投与下など ・Candida spp.:抗菌薬投与下など |
CDIの歴史
抗菌薬の開発・普及とともに現れ、広がった抗菌薬関連腸炎ですが、1978年、その原因の一つがC.difficileであると判明しました[2]。
特に初期の頃はクリンダマイシン(CLDM)使用下での報告が多かったため、CLDMだけの特別な副作用のように誤解されていることがありますが、どの抗菌薬でもCDIを生じることがあります[2][3]。
2000年代に入ると、NAP1/BI/027と呼ばれる、より毒性の高いC.difficileのタイプが報告されるようになりました[4]。
CDIの頻度
CDIが発生する過程では、①C.difficileへの感染、②抗菌薬投与による腸内常在菌の減少が起こります。原則としては、C.difficileに感染するだけでは腸炎を発症しません。
CDIの頻度としては、入院中の発生率は3.2~29%、β-ラクタム系抗菌薬を投与された入院患者での発生率は15%との報告があります[5]。
C.difficileは1歳以下の乳児の多くや成人の一部で検出されますが、1歳以下の乳児ではC.difficilのトキシンに対するレセプターが存在しないため無症状です。また、入院中の感染者の50%以上は無症状とされています。
特に大事な病歴
病歴として最も大事なのは、抗菌薬使用歴です。頻度の高低はありますが、どの抗菌薬でもCDIは生じることがあります。点滴であると内服であるとを問いません。外来での短期間の抗菌薬内服でも生じることがあります。実際に私も、上気道炎と診断されて不要な抗菌薬を処方された1週間後に私の外勤先の外来にやって来たCDIの患者を診察したことがあります。
CDI患者の96%は14日以内の抗菌薬投与歴があり、3か月以内の抗菌薬投与歴のある患者は100%だったとの報告もあります[1]。ですから、抗菌薬投与中の患者に原因不明の発熱や白血球上昇が生じたときは、常にCDIが鑑別疾患の中に入ります。
65歳以上の高齢患者、ICU入室歴のある患者、経鼻チューブを挿入されている患者、術後の患者、免疫抑制下にある患者では、よりリスクが高くなります[6]。
次回は、所見と検査(主に便のトキシン検査)について考えていきたいと思います。
【References】
1)Cohen SH, et al: Clinical practice guidelines for Clostridium difficile infection in adults: 2010 update by the society for healthcare epidemiology of America (SHEA) and the infectious diseases society of America (IDSA). Infect Control Hosp Epidemiol. 2010 May; 31(5): 431-55.
2)Bartlett JG: Narrative review: the new epidemic of Clostridium difficile-associated enteric disease. Ann Intern Med. 2006 Nov 21; 145(10): 758-64.
3)Thomas C, et al: Antibiotics and hospital-aquired Clostridium difficile-associated diarrhea: a systematic review. J Antimicrob Chemother. 2003 Jun; 51(6): 1339-50.
4)Miller M, et al: Health care-associated Clostridium difficile infection in Canada: patient age and infecting strain type are highly predictive of severe outcome and mortality. Clin Infect Dis. 2010 Jan 15; 50(2): 194-201.
5)Bartlett JG: Antibiotic-associated diarrhea. Clin Infect Dis. 1992 Oct; 15(4): 573-81.
6)Kyne L, et al: Underlying disease severity as a major risk factor for nosocomial Clostridium difficile diarrhea. Infect Control Hosp Epidemiol. 2002 Nov; 23(11): 653-9.
(続く)