No. 242011. 01. 12
成人 > ケーススタディ

発熱・悪寒を主訴にERを受診した20歳代男性(2/3)

東京都立墨東病院 感染症科

小林 謙一郎、中村(内山)ふくみ

国立感染症研究所FETP-J

古宮 伸洋

 (今号のCase Studyは、3週連続で配信しています。1回目
※本症例は、実際の症例を参考に作成した架空のものです。


前回のまとめウガンダとインドネシアへの渡航歴がある20歳代の男性。発熱、悪寒、頭痛といった非特異的な症状で、近医からNSAIDsや抗菌薬などを処方されたが、1週間以上発熱が持続したため、輸入感染症を心配して当院ERを受診した。発熱のため、ややぐったりしているが、特異的な身体所見は認められなかった。


 さて、この患者は輸入感染症を心配して受診している。診療医の鑑別診断も輸入感染症に偏りがちである。しかし、国内で何らかの感染症に罹患した可能性も当然考えなければならないので、ウガンダより帰国後からインドネシアに渡航するまでの期間、インドネシアより帰国後に発熱するまでの期間についても問診を行った。その結果、体調に問題はなく、歯科治療などの医療曝露なし、明らかなsick contactなし、性交渉なし、動物との接触なしということであった。

 輸入感染症の鑑別には、症状・身体所見、潜伏期、リスク行動(感染経路の推測)、渡航先の感染症流行状況を合わせて考える必要がある。そのため、渡航に関連した情報として、1)渡航先(具体的な都市名は? 都市部か田舎か? 標高は?)と渡航期間、渡航目的、2)現地の気候、3)現地での食事(水には気をつけていても、氷やサラダ、カットフルーツなどには無防備なことが多い)、4)現地での生活スタイル・アクティビティ(宿泊施設、衛生環境、フィールドワークの有無、動物や昆虫との接触、性交渉など)、5)予防接種・予防内服、などの問診が大切である。

 本症例の問診情報を表1にまとめた(追加されたものも含む)。

 ウガンダインドネシア
1)航先と滞在期間発症の3か月前まで首都カンパラ(海抜1300m)やトロロ(ケニアとの国境近く)などに2年間発症の3日前までバリ島に5日間
2)気 候雨季と乾季乾季
3)食 事水はミネラルウォーター現地の人と食事を共にすることもレストラン
4)生活スタイル、アクティビティ子どもに数学を教えていた職員用の宿舎に滞在蚊に刺された動物との接触なし淡水曝露歴なし性交渉なし下痢・嘔吐・発熱のエピソードありリゾートホテルに滞在観光とマリンスポーツ蚊に刺された動物との接触なし淡水曝露歴なし性交渉なし
5)予防接種、予防内服A型・B型肝炎、破傷風、日本脳炎、黄熱ワクチン接種済みメフロキン(メファキン®)の予防内服あり(出国の1週間前から帰国後1か月まで)追加の予防接種なし
表1 本症例で聴取した問診のまとめ

 潜伏期を計算することで、鑑別診断を絞ることができる。本症例の潜伏期は、ウガンダで感染したとすれば3か月から最高2年、インドネシアで感染したとすれば3~8日である。

 代表的な熱帯地域感染症の潜伏期を表2にまとめた[1]。

short (<10 days)medium (11~21days)long (>30 days)
・デング熱・ウイルス性出血熱・腸管細菌感染症・腸管ウイルス感染症・リケッチア症(発疹熱、発疹チフスなど)・ペスト・seafood poisoning・肺炎・インフルエンザ・炭疽・マラリア(特に熱帯熱マラリア)・レプトスピラ症・腸チフス・リケッチア症(ツツガムシ病、紅斑熱群、 Q 熱)・アフリカトリパノソーマ・ブルセラ症・原虫性腸炎・A型・E型肝炎・糞線虫・ライム病・ハエ蛆症、スナノミ症、疥癬・マラリア・結核・ウイルス性肝炎・腸管原虫感染症・条虫症・HIV・住血吸虫・フィラリア・アメーバ肝膿瘍・リーシュマニア症・アメリカトリパノソーマ
表2 代表的な熱帯地域感染症の潜伏期(文献[1]より引用改変)

 CDCのYellow Book[2]、厚生労働省検疫所ウェブサイト[3]、外務省渡航関連情報[4]などを参考にして渡航先の感染症情報を調べ、さらに表2の疾患別潜伏期を考慮して、本患者が感染した可能性の高い疾患を列挙すると次のようになる。

・ウガンダ:マラリア(熱帯熱以外)、アメーバ性肝膿瘍、結核
・インドネシア:デング熱、チクングニア熱、リケッチア症(腸チフス・パラチフス[注]

[注]表2では、潜伏期は”medium”に分類されているが、7日間程度になる場合もある。

 なお、今回は輸入感染症に絞って議論するが、国内で罹患しうる疾患は海外でも罹患しうることを忘れてはならない。例えば、この患者さんの場合には、EBV、CMV、トキソプラズマ、(性交渉歴を否定しても)HIV 感染症なども鑑別に挙げられる。上気道症状を伴うようであれば、(日本では流行時期でなくても)熱帯地域では通年流行するインフルエンザなども考えなくてはならないだろう。さらに、感染症以外の発熱性疾患も考慮する必要がある。

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さて、詳細な問診で鑑別診断を絞り込みました。ここから最終的な診断までに必要な検査には、どのようなものがあるでしょう?

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<References>
1.Spira AM: Assessment of travelers who return home ill. Lancet. 2003 Apr 26; 361(9367): 1459-69.
2.Brunette GW, et al: CDC Health Information for International Travel, 2010.
http://wwwnc.cdc.gov/travel/content/yellowbook/home-2010.aspx
3.厚生労働省検疫所ウェブサイトFORTH For Traveler’s Health
http://www.forth.go.jp/
4.外務省渡航関連情報
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/index.html

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  • 1)国立国際医療研究センター国際感染症センター
  • 2)東北大学大学院医学系研究科新興・再興感染症学講座
  • 3)帝京大学医学部附属病院感染制御部
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