サイトメガロウイルス感染症の診断と治療(3/3)
HIV感染症とCMV感染症
HIV感染症患者におけるサイトメガロウイルス(cytomegalovirus ; CMV)感染症の頻度は高く、HIVに対する抗ウイルス薬の多剤併用療法(highly active antiretroviral therapy ; HARRT)が導入される以前の時代には、ニューモシスチス肺炎(pneumocystis pneumonia;PCP)と並んで最も多い日和見感染症の一つでした。当時は、HIV患者の半数弱にCMV感染症が生じていたとされます。CMV感染症は、比較的進行したHIV感染症で見られる疾患であり、HARRT導入によっておよそ1/5の数にまで減ったとされますが、いまだに重要な日和見感染症であることには変わりありません。
HIVにおけるCMV感染症で特徴的な病態は、まず圧倒的に多いCMV網膜炎、そしてCMVによる中枢神経病変です。HIVでは、後でお話しする移植患者で見られるような肺炎や肝炎などは比較的少なく、逆に移植では網膜炎や中枢神経病変があまり見られません。消化管病変はいずれにも見られます。
CMV網膜炎
CMV網膜炎は、進行性の網膜炎をきたし、無治療では数か月間の経過で失明に至る疾患です。CD4値が50個/μL未満で発症リスクが非常に高まります。
診断は、主に経験豊富な眼科医が特徴的な眼底所見を確認することでなされます。採血などでのウイルス学的な情報は、あまり役に立ちません。
標準治療は、ガンシクロビル静注またはフォスカルネット静注です。導入療法を2~3週間行なった後に、バルガンシクロビル内服での維持療法を続け、CD4値100個/μL以上を6か月以上維持できれば中止してもよいとされています。HIVが初回治療である場合には、高率に免疫再構築症候群(immune reconstitution inflammatory syndrome ; IRIS)を生じることが知られており、炎症の程度がひどい場合には、HAARTや抗CMV薬療法に加えて副腎皮質ステロイドを併用したり、HAARTを一時的に中断したりする必要に迫られることもあります。また、全身療法のみでの反応が芳しくない場合には、ガンシクロビル徐放インプラントの眼内留置を行なうことも検討されます。
CMVによる中枢神経病変
HIV患者におけるCMVの中枢神経病変には、進行性の脳症、脳炎、横断性脊髄炎、多発神経根障害、多発単神経炎などの多彩な病型があります。
多発神経根障害は非常に特徴的な病態をとり、両下肢の軽度筋力低下から始まって次第に症状が上行し、進行すると対麻痺や膀胱直腸障害などをきたします。いずれも診断はやや困難で、髄液からのPCRやウイルス培養でCMVが陽性となれば確定診断がつけられますが、感度が低いため、臨床徴候にMRIや髄液の所見を合わせて総合的に判断せざるを得ない場合も多いでしょう。病型によっても違うものの、全般に治療への反応が非常に悪く、予後不良な疾患群です。ガンシクロビルの髄液移行があまりよくないというデータもあるため、ガンシクロビル静注とフォスカルネット静注の併用療法も試みられています[1]。単剤治療よりは多少よさそうなものの、成績はいま一つであり、新規薬剤への期待が大きい分野です。
移植患者とCMV感染症
移植患者におけるCMV感染症を大雑把に理解するには、2つの原則を知っておきましょう。
一つ目の原則は、移植関連の感染症全般として「移植した臓器に感染が起こりやすい」というものです。CMVは比較的この原則に忠実です。肺移植ではCMV肺炎が、肝移植ではCMV肝炎が、造血幹細胞移植では肺炎、肝炎、胃腸炎のすべてが起こりやすいという具合です。ただし、腎移植はやや例外で、CMV症候群といわれる発熱、倦怠感、肝脾腫、異型リンパ球の出現、相対的リンパ球増多といった、伝染性単核球症(infectious mononucleosis ; IM)のような症状をきたす病態(白血球が減少する点がIMとは少々違うので注意)を生じやすく、肺炎や肝炎などの臓器障害は比較的珍しいとされます。
もう一つの原則は、「造血幹細胞移植後のCMV感染症は、他の固形臓器移植の場合よりもかなり重症になる」ということです。なお、CMV感染症が存在すると移植片の拒絶が増える可能性が示唆されていますが、これがある程度確からしいのは、現状では腎移植の場合のみで、明確な関連性はまだ不明です[2]。
さて、移植患者におけるCMV感染症のなかで最も重要なものはCMV肺炎です。かつては造血幹細胞移植を受けた患者の10%以上で生じ、治療を行なっても60~90%の死亡率があるという、移植医療において大きな障壁となる疾患でした。
しかし、幸いにもこれはすでに過去の話で、まず造血幹細胞移植の領域から1991年に画期的な方法が提唱されました。咽頭スワブ、血液、尿、BALのウイルス培養を行ない、無症候性であっても陽性となった患者には一律にガンシクロビルの予防投与を行なうというものです。この予防を行なうことで、CMV肺炎を含むCMV disease の発生をrelative risk reduction で93%、absolute risk reduction で40%減少させることに成功し、全死亡も有意に減少することが明らかにされました[3]。
これに続いて、造血幹細胞移植に限らず、肝移植、腎移植、肺移植、心移植などのそれぞれの分野で、CMVの予防を行なうstudy が次々と発表されました。その方法は様々で、一律に予防を行なうものもあれば、先の方法のように何らかの検体からCMVが検出された場合に治療を開始するという先制攻撃的治療(preemptive therapy)の方法をとるものもあります。いずれにせよ、何らかの方法でCMVを予防することは、現在移植医療においてほぼ標準的になっています。
なお、後者のpreemptive therapy を開始する根拠として、先のstudy で用いていたウイルス監視培養では時間がかかりすぎる、感度が悪い、BALの場合には侵襲が大きいといった問題があります。そのため、現在採用されている方法のほとんどは、CMVのpp65抗原測定によるCMV血症(CMV antigenemia)の有無を治療開始の根拠としています。
この方法は、白血球中に存在するCMVが産生する構造蛋白のpp65を抗原とするモノクローナル抗体で蛍光染色を行ない、染色陽性となる白血球が10万個中で何個あるかを計測するものです。ただし、カットオフをどこに置くかは議論が定まっておらず、1個でも陽性となれば治療開始とするstudy もあれば、5個以上、10個以上でのカットオフを採用しているstudy もあるため、治療を行なう場合には根拠とするstudy をよく吟味する必要があります。
CMVの予防に用いられている薬剤は、大半がガンシクロビルかバルガンシクロビルですが、一部ではフォスカルネットも使われます。
一律の予防投与ではなくpreemptive therapy を選択する場合の落とし穴として注意すべきは、CMV antigenemia が陽性となった時点ですでにCMVによる臓器障害が出現してしまっている場合には、治療が一手遅れてしまうという点です。ウイルス血症がないのに臓器障害が先に出るというのは不自然な感もありますが、この現象は、一番困る疾患であるCMV肺炎ではまれなものの、CMV胃腸炎では比較的よく起こることが指摘されています[4]。
こういった予防法を用いているなかでbreakthrough 感染が疑われた場合には、肺炎であればBAL/TBLB、胃腸炎であれば上下部内視鏡での病変の生検、肝炎であれば肝生検を行なって、CMVを検索することが肝要です。ウイルス培養、PCR、組織免疫染色などが用いられます。特に肝炎を疑う場合には、拒絶反応との鑑別が重要になります。どちらであるかによって、免疫抑制解除または免疫抑制強化という正反対の治療を選択しなくてはならないため、生検が強く推奨されます。
ウイルス培養では、基本的にはCMVをヒト線維芽細胞に感染させ、数日~1週間程度の培養でCMVに特徴的な細胞変性作用が認められれば陽性と判定します。しかし、特にウイルス量が少ない場合に判定に著しく時間がかかり、感度も落ちてしまうという問題点があります。これを解決する方法として、シェルバイアル法(shell vial culture centrifugation methods)というものがあります。感染させて培養を開始するところまでは一緒ですが、数日が経過した時点で、ウイルス特異的蛋白に対するモノクローナル抗体で染色を行なって判定するという方法をとります。これによって検査時間がかなり短縮できるうえ、培養法よりも高い感度が得られることが知られており、特にCMV肺炎を疑う場合に最も感度・特異度が高いとされます。
CMV感染症が生じてしまったと判断した場合には、ガンシクロビルまたはフォスカルネットで治療を行ないますが、耐性ウイルスのおそれもあるため、予防に用いなかったほうの薬剤を選択することが好まれます。また、CMV肺炎の場合には、これらの薬剤に加えて、根拠はやや不明瞭なものの、高用量のγ-グロブリンを併用することが推奨されています。
CMVの薬剤耐性
最も基本的なCMV治療薬であるガンシクロビル、そしてそのプロドラッグであるバルガンシクロビルは、CMVのDNAポリメラーゼを選択的に阻害することで抗CMV作用を発揮します。CMVに選択的に作用させて人体への毒性を軽減する工夫として、これらの薬剤は、CMV感染細胞内でCMVのDNAにコードされたウイルス蛋白によってリン酸化されて初めて抗ウイルス活性をもつような仕組みになっています。したがって、この部分のDNAに変異が生じると、これらの薬剤は効かないことになります。事実、そういった変異をもつウイルスが、長期投与を受けていて臨床的に耐性が見られた患者から分離されています。
フォスカルネットは、DNAポリメラーゼに作用してその働きを阻害する点では上記の2剤と同じ作用機序をもつのですが、細胞内でリン酸化されるステップがないため、この変異による耐性ウイルスには活性が保たれます。
ただし、DNAポリメラーゼそのものをコードするDNAに変異をきたして上記の3剤すべてに耐性をもってしまったウイルスも存在することが知られており[5]、現在わが国で認可されている薬剤のみでは、このようなウイルスは治療できないことになってしまいます。
新しい抗CMV薬と将来への期待
シドフォビル
DNAポリメラーゼを阻害する薬剤で、アメリカなどでは臨床利用されていますが、わが国ではまだ認可されていません。
レフルノミド
抗リウマチ作用をもつ免疫抑制薬として、すでにわが国でも認可されている薬剤ですが、CMVの治療にも使用できる可能性がいくつかのstudyで示されています[6]。
マリバビル
細胞核からのウイルス脱出などにかかわる酵素の阻害薬です。これまでの多くの薬剤とはかなり異なった作用点に働く薬剤です。これを造血幹細胞移植患者のCMV予防に用いたphaseII のRCTでは、「CMV感染症の発症ゼロで副作用もほとんどなし」というよい結果を示していたため期待されていましたが[7]、つい最近のphaseIII 試験では、「偽薬との間で有意差が得られず」という結果になってしまっています。詳細な検討と今後に期待といったところでしょうか。
フォミビルセン
実用化された初めてのアンチセンスオリゴヌクレオチド薬として歴史的な価値のある薬剤ではありますが、あまり売れなかったという経済的な問題のため、ヨーロッパからは撤退しました。現在は、アメリカでCMV網膜炎に対する眼球内注射に用いられているのみであり、今後わが国の臨床に与える影響は少ないかもしれません。
CMVワクチン
同じCMVでも、農業の世界にはキュウリモザイクウイルス(cucumber mosaic virus)というトマトの栽培などで大きな損害を与えるウイルスがあって、これに対しては商品化されたワクチンが存在するのだそうですが、残念ながら、われわれが扱うほうのCMVでは、まだワクチンが実用化されていません。ただし、生殖可能年齢の女性に対するワクチンや、移植患者とそのドナーに対するワクチンは開発段階にあります。いずれもphaseII 試験まで終了したところで、それぞれ先天性CMV感染症に対して50%[8]、CMV再活性化に対して40%のrelative risk reduction が得られており[9]、今後に期待されます。
<References>
1.Anduze-Faris BM, et al: Induction and maintenance therapy of cytomegalovirus central nervous system infection in HIV-infected patients. AIDS. 2000 Mar 31; 14(5): 517-24.
2.Betts RF, et al: Transmission of cytomegalovirus infection with renal allograft. Kidney Int. 1975 Dec; 8(6): 385-92.
3.Goodrich JM, et al: Early treatment with ganciclovir to prevent cytomegalovirus disease after allogeneic bone marrow transplantation. N Engl J Med. 1991 Dec 5; 325(23): 1601-7.
4.Mori T, et al: Clinical significance of cytomegalovirus (CMV) antigenemia in the prediction and diagnosis of CMV gastrointestinal disease after allogeneic hematopoietic stem cell transplantation. Bone Marrow Transplant. 2004 Feb; 33(4): 431-4.
5.Chou S, et al: Growth and drug resistance phenotypes resulting from cytomegalovirus DNA polymerase region III mutations observed in clinical specimens. Antimicrob Agents Chemother. 2007 Nov; 51(11): 4160-2.
6.John GT, et al: A prospective evaluation of leflunomide therapy for cytomegalovirus disease in renal transplant recipients. Transplant Proc. 2005 Dec; 37(10): 4303-5.
7.Winston DJ, et al: Maribavir prophylaxis for prevention of cytomegalovirus infection in allogeneic stem cell transplant recipients: a multicenter, randomized, double-blind, placebo-controlled, dose-ranging study. Blood. 2008 Jun 1; 111(11): 5403-10.
8.Pass RF, et al: Vaccine prevention of maternal cytomegalovirus infection. N Engl J Med. 2009 Mar 19; 360(12): 1191-9.
9.Kharfan DM, Boeckh M, Wilck M, et al: Phase 2 Trial of TransVax, a Therapeutic DNA Vaccine for Control of Cytomegalovirus in Hematopoietic Cell Transplant Recipients, ICAAC 2010 Poster G1-1661a.
(了)