No. 202010. 07. 22
成人 > ケーススタディ

多量の腹水貯留の原因精査を目的に来院した90歳女性(3/3)

亀田総合病院 総合診療・感染症科

馳亮太、山本舜悟

(3分割配信の3回目です 1回目 2回目

診 断

 結核性腹膜炎の診断に用いられる抗酸菌塗抹検査の感度は0~6%程度であり[1]、PCR検査の感度も低い。したがって、塗抹検査やPCR検査の陰性を確認したところで、結核性腹膜炎の可能性は除外しきれないことになる。
また、結核性腹膜炎の診断におけるツベルクリン反応検査の感度は約70%[2]、活動性結核の診断におけるクオンティフェロン検査の感度は64%[3]との報告もある。すなわち、活動性の結核があっても3割程度はクオンティフェロン陰性になるので、やはり陰性イコール結核除外とは言いきれない。

 結核性腹膜炎の診断のゴールドスタンダードは、抗酸菌培養での結核菌の証明および腹膜生検による乾酪壊死を伴う肉芽腫の証明である。
ただし、腹水の抗酸菌培養検査の感度は20%以下と低いため、除外には有用ではない[2]。また、結果判明までに4~6週間を要するので、迅速な確定診断にも役立たない。

 一方、腹膜生検はある程度の侵襲を伴うが、より迅速な確定診断に役立つ可能性がある。腹腔鏡での腹膜生検の感度は85~100%との報告があり[1]、組織学的な証明ができるので特異度も高い。典型的な肉眼所見は、1)腹膜に散在する白色の結節、2)リンパ節腫脹、3)大網の肥厚化であるが、これらの所見を得ることができて合併症も少ないので、現在では針生検よりも腹腔鏡での生検が主流となっている。

 本症例では、2回目の腹水穿刺時に提出したADAの値が57 IU/Lと高値であった。
メタ解析の論文で、結核性腹膜炎の診断の際に腹水のADAのカットオフ値を39 IU/Lに定めれば、感度が100%、特異度が97%になるとの報告がある[4]。しかしながら、肝硬変を合併した結核性腹膜炎の患者ではADAの感度が下がるとの報告もあり[5]、その解釈には注意が必要である。
文献4で検証されている3つのスタディ[6、7、8]の腹水貯留症例のすべてにおいて腹膜生検が実施されているわけではないので、肝硬変が原因と分類された症例のなかに、結核性腹膜炎が原因のものが混在している可能性はありうる。
これらのことを加味すると、少なくとも、本症例のように肝硬変のない患者で結核性腹膜炎を診断する際には、ADAはとても有用だと考えることができるだろう。

 本症例では、ADAが高値であったことから腹膜生検の施行を検討したが、その頃にはすでに患者の全身状態が悪化しており、施行は困難であった。そこで、結核性腹膜炎に対するempiricalな治療の是非を議論していた矢先、最初に提出した抗酸菌培養が陽性になったとの報告があった。追加で提出したTb-PCR検査も陽性となり、結核性腹膜炎の診断が下った。

【最終診断=結核性腹膜炎】

 結核の診断は難しい。肺外結核であればなおさらである。診断は常に疑うところから始まるので、まずは疑うことが重要である。たとえ曝露歴や既往がなくとも、日本在住の高齢者には常に結核のリスクがあると考えなければならない。
また、個々の検査の限界を知ることも大切である。抗酸菌の塗抹検査、Tb-PCR検査、培養検査の感度は概して低いため、これらの検査結果が陰性だからといって、結核性腹膜炎を除外することはできない。あくまで診断のゴールドスタンダードは抗酸菌培養検査と腹膜生検での組織像の証明であるが、肝硬変のない患者においては、ADAの有用性は高いと考えられる。


<References>
1.Chow KM, Chow VC, Szeto CC: Indication for peritoneal biopsy in tuberculous peritonitis. Am J Surg. 2003 Jun; 185(6): 567-73.
2.Marshall JB: Tuberculosis of the gastrointestinal tract and peritoneum. AM J Gastroenterol. 1993 Jul; 88(7): 989-99.
3.Dewan PK, Grinsdale J, Kawamura LM: Low sensitivity of a whole-blood interferon-gamma release assay for detection of active tuberculosis. Clin Infect Dis. 2007 Jan 1; 44(1): 69-73.
4.Riquelme A, et al: Value of adenosine deaminase (ADA) in ascitic fluid for the diagnosis of tuberculous peritonitis: a meta-analysis. J Clin Gastroenterol. 2006 Sep; 40(8): 705-10.
5.Hillebrand DJ, et al: Ascitic fluid adenosine deaminase insensitivity in detecting tuberculous peritonitis in the United States. Hepatology. 1996 Dec; 24(6): 1408-12.
6.Martinez-Vazquez JM, et al: Adenosine deaminase activity in the diagnosis of tuberculous peritonitis. Gut. 1986 Sep; 27(9): 1049-53.
7.Bhargava DK, et al: Adenosine deaminase (ADA) in peritoneal tuberculosis: diagnostic value in ascitic fluid and serum. Tubercle. 1990 Jun; 71(2): 121-6.
8.Ribera E, et al: Diagnostic value of ascites gamma interferon levels in tuberculous peritonitis. Comparison with adenosine deaminase activity. Tubercle. 1991 Sep; 72(3): 193-7.

(了)

記事一覧
最新記事
手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に
成人 > ケーススタディ
No. 972022. 08. 10
  • 東京大学医学部附属病院 感染症内科
  • 脇本 優司、岡本 耕
    手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に

    はじめに 全身の中でも手指が最も外傷を負いやすいこともあり、手感染症(hand infection)は頻度の高い皮膚軟部組織感染症の一つである。手感染症は侵される解剖学的部位や病原体などによって分類されるが、中でも化膿性腱鞘炎は外科的緊急疾患であり、早期の治療介入が手指の機能予後…続きを読む

    臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例
    成人 > ケーススタディ
    No. 862021. 01. 29
  • 井手 聡1、2)、森岡慎一郎1、2)、松永直久3)、石垣しのぶ4)、厚川喜子4)、安藤尚克1)、野本英俊1、2)、中本貴人1)、山元 佳1)、氏家無限1)、忽那賢志1)、早川佳代子1)、大曲貴夫1、2)
  • 1)国立国際医療研究センター国際感染症センター
  • 2)東北大学大学院医学系研究科新興・再興感染症学講座
  • 3)帝京大学医学部附属病院感染制御部
  • 4)帝京大学医学部附属病院中央検査部
  • 臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例

    キーワード:diphtheria、bradycardia、antitoxin 序 文 ジフテリア症は、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の感染によって生じる上気道粘膜疾患である。菌から産生された毒素により昏睡や心筋炎などの全身症状が起こると死亡…続きを読む

    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)
    成人 > ケーススタディ
    No. 662018. 12. 05
  • 日本赤十字社和歌山医療センター 感染症内科
  • 小林 謙一郎、久保 健児、吉宮 伸洋
    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)

    本号は3分割してお届けします。 第1号 第2号 *本症例は、実際の症例に基づく架空のものです。 前回のまとめ 和歌山県中紀地方に居住している78歳女性。10日以上続く発熱、倦怠感があった。血球減少が進行したため、血液疾患やウイルス感染症を疑って骨髄検査や血清抗体検査を実施し、重症…続きを読む