発熱と全身の皮膚剥離を主訴に来院した60歳代の男性(4/4)
(4分割配信の2回目です。 1回目 2回目 3回目)
※本症例は実際にあった症例を元に、個人情報などに配慮しつつ、 再構成したものです。
医師A「どうや?」
筆者「あっ、A先生。当麻寺か室生寺か迷いましたけど、とりあえず室生寺に行くことにしました。」
医師A「いやいや、そうじゃなくて患者さんのことや。先生はいつも寺のことしか考えてないなぁ。そんなんやったらあかんで」
筆者「あっ、すいません。患者さんですね、すごく良くなってます」
医師A「そうか。でもステロイドも使ったしなあ。まだ安心できへんよ。診断は中心静脈ポート感染症からのMRSA敗血症とSSSSでええと思うけど、酸素化が悪いのが気になるし、肺炎とかはないかな? あと感染性心内膜炎(Infective endocarditis; IE)の検索はしといたほうがええんちゃう?」
筆者「むう……。確かに左下肺野で肺雑音があるんですよね……。入院時のレントゲンは異常なかったんですけど。またフォローしておきます。IEのほうは心雑音はないし経胸壁心エコーだと疣贅はなかったんですけどね」
医師A「ホンマに? さっき聴いたときは心雑音あったけどなあ。経胸壁心エコーは心内膜炎の診断には感度が低いから、経食道心エコー(transesophageal echocardiograpy; TEE)までやったほうがええよ。黄色ブドウ球菌の菌血症は特にIEを起こしやすいし」
筆者「わかりました。TEEまでやっちゃいます」
実際、改めて診察し直してみると、入院時にはなかった収縮期雑音が心尖部を最強点として聴取されるようになっていた。毎日診察していたつもりだが、先入観があって聴き逃していたのかもしれない。
というわけで、さっそく胸部X線のフォローアップと、経食道心エコーを行った。
初診時の胸部X線では明らかな異常陰影は認められなかったが、第3病日に撮影した胸部X線では左下肺野に多発性結節影が認められた。また全身状態が落ち着いた段階で第9病日に胸部CTを撮影したところ、左下葉を中心に空洞を伴う結節影を複数認めた(図5)。また、経食道心エコーでは、僧帽弁前尖に3mm×3mmの疣贅が認められた。喀痰の抗酸菌検査は陰性であり、経過から胸部の多発結節影は敗血症性肺塞栓症によるものと考えられた。
図5 胸部CT
最終診断は以下のようになった。
# 中心静脈ポート感染症
# MRSA敗血症
# 黄色ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(SSSS)
# 敗血症性肺塞栓症
# 感染性心内膜炎
治療は当初からのバンコマイシンの投与を6週間行い、その後も血沈の高値が続いたためST合剤の内服を継続した。血沈の陰性化を確認し、バンコマイシンと合わせて計4か月投与したところで治療終了とした。1年以上経過しているが、今のところ再発はない。
考 察
インフルエンザAと診断された後、持続する発熱と表皮剥離を主訴に受診した64歳男性の症例である。インフルエンザAという診断は前医での迅速検査によるものであるが、当初はこのインフルエンザとそれに付随して投与された薬剤の関連にばかり気を取られてしまった。
インフルエンザに罹患すると気管上皮細胞が障害され、細菌性肺炎(特に肺炎球菌と黄色ブドウ球菌)が起こりやすくなることが知られている。しかし、本症例ではMRSAの侵入門戸は中心静脈ポート挿入部と考えられ、インフルエンザと黄色ブドウ球菌敗血症に直接の関係はないと考えられる。
今回の病態をまとめると図6のようになる。いずれが先かは不明であるが、インフルエンザ感染とMRSAによる中心静脈ポート感染症が併存していた。そして中心静脈ポート感染症から菌血症が起こり、感染性心内膜炎を起こした。また敗血症の原因菌であるMRSAがSSSSという病態を起こし、さらに菌血症による血管内皮障害などからDICを起こしたものと考えられた。また、感染性心内膜炎の合併症として敗血症性肺塞栓症を発症した。
図6 病態関連図
SSSSは黄色ブドウ球菌の産生するexofoliative toxin Aやexofoliative toxin Bなどが原因とされる。ほとんどの場合は小児で発症し、成人で発症することは稀である。この理由は明らかではないが、加齢に伴いexofoliative toxinに対する抗体保有率が上昇することや、腎臓からtoxinが有効に排泄されるようになることが一因と考えられている[1, 2]。一方、これらを裏付けるように、腎機能低下や免疫抑制は成人におけるSSSSの危険因子として報告されている[1-4]。小児での死亡率は4%程度であるが、成人の死亡率は50%を超えるとされ、また成人例の多くで血液培養から黄色ブドウ球菌が分離されることが特徴である(小児例での血液培養陽性率は3%と報告されている)[1]。本症例は担癌患者でさらに栄養状態も不良で、かつインフルエンザにも罹患しており、免疫抑制状態にあったと考えられる。さらに入院時には腎機能障害を認めており、これもSSSSの発症に関与した可能性がある。
SSSSの重要な鑑別疾患としてSJS/TENが挙げられる。SSSSとSJS/TENの皮膚剥離所見は視診上は似ているが、病理的にはSSSSは表皮内の顆粒層に離開がみられるのに対し、SJS/TENは表皮下で離開がみられ、また表皮内の壊死像や多数の炎症細胞を伴うため、皮膚生検を行えば鑑別は比較的容易である。しかし、多くの場合は臨床的に鑑別可能であり、皮膚生検まで行われることは少ない。
治療については、SSSSの場合は適切な抗菌薬の投与が第一であり、ステロイドの有効性は認められていない(投与すべきではない)。TEN/SJSでもステロイドの有効性は確立されているわけではない。
さて、本症例ではSSSSに加え、黄色ブドウ球菌による敗血症がみられた。Khatibらは黄色ブドウ球菌による菌血症の期間が長くなるほどIEや骨髄炎といった「合併症」が増加することを報告しており、抗菌薬を投与したとしても菌血症が4日以上続いた場合には40%近い症例でこういった合併症が存在するとしている[5]。本症例ではバンコマイシン開始後は血液培養は速やかに陰性化したが、診断までに数日間は菌血症の状態が続いていたと考えられ、実際に経食道心エコーで心内膜炎と診断しえた。なお、心内膜炎の診断における経胸壁心エコーの感度は44~63%と低いため、臨床的にIEが疑われ、経胸壁心エコーで異常が認められない場合、経食道心エコーまで行うことが望ましい[6, 7]。
本症例から学んだポイントをまとめると・・・
- 先入観は誤診のもと。主治医になったらすべての情報は自ら収集しなおすこと(前医の紹介状なども鵜呑みにしない。最近電子カルテになってほかの医師の病歴をコピーペーストするケースが多くなってきたので特に注意!)
- 体内異物は常に感染を疑う。
- 黄色ブドウ球菌による菌血症の時はよほど早期に診断できていない限り、感染性心内膜炎などの合併症を徹底的に調べる。
- 身体所見は毎日ていねいにとる。「ないはず・あるはず」の先入観はここでも危険。
- 全身の皮膚剥離をみて「ステロイド」と短絡的に考えるのはとても危険。天疱瘡などには有効であるが、SJS/TENでもその有効性は確立されていないし、SSSSではむしろ禁忌。適応を慎重に判断する必要がある。
少しでも皆さまの今後の診療の参考になれば幸いです。
<References>
1. Cribier B, Piemont Y, Grosshans E. Staphylococcal scalded skin syndrome in adults. A clinical review illustrated with a new case. J Am Acad Dermatol. Feb 1994;30(2 Pt 2):319-324.
2. Farrell AM. Staphylococcal scalded-skin syndrome. Lancet. Sep 11 1999;354(9182):880-881.
3. Farrell AM, Ross JS, Umasankar S, Bunker CB. Staphylococcal scalded skin syndrome in an HIV-1 seropositive man. Br J Dermatol. May 1996;134(5):962-965.
4. Acland KM, Darvay A, Griffin C, Aali SA, Russell-Jones R. Staphylococcal scalded skin syndrome in an adult associated with methicillin-resistant Staphylococcus aureus. Br J Dermatol. Mar 1999;140(3):518-520.
5. Khatib R, Johnson LB, Fakih MG, et al. Persistence in Staphylococcus aureus bacteremia: incidence, characteristics of patients and outcome. Scand J Infect Dis. 2006;38(1):7-14.
6. Shively BK, Gurule FT, Roldan CA, Leggett JH, Schiller NB. Diagnostic value of transesophageal compared with transthoracic echocardiography in infective endocarditis. J Am Coll Cardiol. Aug 1991;18(2):391-397.
7. Fowler VG, Jr., Li J, Corey GR, et al. Role of echocardiography in evaluation of patients with Staphylococcus aureus bacteremia: experience in 103 patients. J Am Coll Cardiol. Oct 1997;30(4):1072-1078.
(了)