感染性腸炎の診断と治療(3/3)
最後に、この時期にしばしば経験するノロウイルス感染症についてお話しします。ノロウイルスは、市中でもしばしば見かけるウイルスですが、伝播しやすいことから院内でも問題になりやすく、しばしば悩むことがあります。
また、冬季に流行するウイルス性の感染性腸炎の原因として代表的なものであり、救急外来を賑わせる原因にもなりますし、また院内でのアウトブレイクなどもしばしば報告されています。
ノロウイルスは昔から存在していました。以前は「ノーウォークウイルス(Norwalk virus)」、あるいは形状から「小型球形ウイルス(Small Round-Structured Virus:SRSV)」とよばれていましたが、2002年に、ヒトへの感染性があるものはノロウイルス属(Noro virus)とサポウイルス属(Sapo virus)に定め、カリシウイルス科に分類・命名されました。
主にこのウイルスは人の小腸に感染し、下痢・嘔吐などの症状を生じさせると考えられていますが、まだくわしくわかっていない部分もかなりあります[1]。
感染経路・予防
感染経路は、昔から牡蠣などの摂取による経口感染がよく知られていますが、ノ
ロウイルス感染者の吐物や排便などに接触した手指や物を介しても容易に経口感染します。[2]。少量のウイルスでも感染し、また環境中でも長時間活性を保ったまま残存するため、感染のリスクが高く、病院や施設などでのアウトブレイクがしばしば報告されています。さらに嘔吐時などにエアロゾルとして舞い上がり、これによる感染も示唆されています[3]。
アルコールのみによる手指衛生のデータは不十分であり[4]、十分な手洗いが励行されます。また、環境中の消毒においては、通常の塩素系薬剤では不十分なこともあるため、次亜塩素酸ナトリウムなどが推奨されています[3]。
診断と治療
臨床的な診断のためのCriteriaとして[5]、
①患者のうち半数以上に嘔吐がある
②潜伏期間が24~48時間
③病悩期間が12~60時間
④便培養で病原細菌がいない
の4項目を満たすというものがあります。これはその後検討がなされ、集団発生があった場合に上記4項目をすべて満たすかどうかを分析したところ、感度68%、特異度99%であったと報告されています[6]。
また、発熱する症例は約半数と報告されており[7]、白血球数も正常例であることもあれば上昇することもあります。そのほかの検査でも特異的な所見はなく、このため一般検査のみでの判断は困難です。症状・経過や所見などで総合的に判断する必要があります。
しばしば用いられるノロウイルス用の迅速キットについては、メーカーにもよりますが、キットの添付文章あるいはキットの有用性について検討した報告などでは、RT-PCRをゴールドスタンダードとした場合の特異度は90%以上あるものの、感度は60~80%程度です。もちろん検査前確率にもよりますが、肯定には使いやすいものの否定には使いにくいと考えます。
たとえば嘔吐と下痢で来院した患者が、重度の脱水あるいは嘔吐・下痢による原疾患の増悪によりどうしても入院せざるを得ないとき、迅速キットによるノロウイルス検査が陰性であってもノロウイルスの可能性を捨てず、感染を拡大させないように注意深く対処する必要があります。そもそも嘔吐や下痢のある患者には、標準感染予防策に加えて個室
隔離やガウン装着などの接触感染予防策を適用して厳密な感染対策が必要なのです。
その一方で、先述したように、救急外来などではノロウイルス感染症との鑑別が難しい疾患が隠れていることもあり、安易に胃腸炎と診断せず、
場合によってはその後の経過も含めて注意深くフォローする必要もあります。
ノロウイルス感染症に対する特異的な治療はなく、対症療法が中心となります。
以上、簡単ではありますが感染性腸炎について説明してきました。
抗菌薬治療の適応となる感染性腸炎は少ないことや、単独の検査結果だけで診断をつけたり否定したりすることは難しいことを知っていただければ幸いです。
<References>
1.Roger I Glass, Umesh D Parashar,Mary K Estes. “NorovirusGastroenteritis” N Eng J Med 2009;361:1776-85. PMID:19864676
3.Jane D Siegel, Emily Rhinehart, Marguerite Jackson, et al. “Guideline for Isolation Precautions: Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings 2007” CDC. (http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/guidelines/isolation2007.pdf)
4.Gehrke C, Steinmann J, Goroncy-Bermes P, et al. “Inactivation of feline calicivirus, a surrogate of norovirus , by different types of alchol in vitro and in vivo” J Hosp Infect 2004;56:49-55. PMID:14706271
5. J E Kaplan, R Feldman, D S Campbell, et al. “The frequency of a Norwalk-like pattern of illness in outbreaks of acute gastroenteritis” Am J Public Health 1982; 72:1329-32. PMID:1650540
6.Turcios RM, Widdowson MA, Sulka AC, et al. “Reevaluation of epidemiological criteria for identifying outbreaks of acute gastroenteritis due to norovirus: United States, 1998-2000” Clin Infect Dis. 2006;42:964-969. PMID: 16511760
7.Cacilia P Jhonston, Haoming Qiu, Jhon R Ticehurst, et al. “Outbreak Manegement and Implications of a Nosocomial Norovirus Outbreak” Clin Infect Dis 2007;45:534-540. PMID: 17682985
(つづく)