No. 132009. 10. 13
成人 > ケーススタディ

A Pain in the Neck(2/3)

国立感染症研究所 実地疫学専門家養成コース(FETP-J)

古宮 伸洋

(3分割配信の2回目です 1回目
*本症例は、いくつかの症例を総合して作成した架空の症例です。


 前回の情報をまとめると、「もともと健康な20歳代の男性で、発熱、咽頭痛が9日間ほど続いている。症状としては他に膿性痰を伴った咳がある。身体所見としては右扁桃腫大と、右前頚部の腫脹・圧痛以外に、はっきりした所見はない」ということになる。

咽頭痛+発熱=感冒?

 正月休みでばたばた混み合う救急外来。救急車も次から次にやってくるなかで、若くて健康な男性が、「喉が痛くて、熱が出るんです」と言って受診してきても、診察するのに十分な時間も(こちらの心の余裕も?)なく、詳細に病歴や身体所見を取ることはなかなか難しい。特に今回のケースでは、初診時には特異的な所見もなかった。しかし「9日間も続いている!」という情報が加われば、だれしも「なんで?」と思うであろう。患者背景の確認と、詳細な身体診察を行った。

[追加問診項目]

 渡航歴:なし

 性交渉歴:独身。月に1回ほど風俗店に通い、最後に行ったのは年末。

 屋外での活動:なし

 仕事:都内の車の整備工

 薬剤:初診時以降は、処方されたNSAIDSしか内服していない。

[追加身体所見]

 頭部:副鼻腔(前頭部、頬部)の圧痛なし

 口腔内:う歯なし、Koplik 斑なし

  頸部:甲状腺腫大なし、腫脹の部位は右胸鎖乳突筋周囲であり、圧痛が非常に強い

 痛みのため大きく開口することができない

 胸部:深く吸気させると、少し右胸が痛い

 腹部:軟、圧痛なし

 背部:CVA叩打痛なし、脊柱の叩打痛なし

 四肢:浮腫なし、関節の腫脹・発赤なし、手指に出血斑などなし

 直腸診:前立腺圧痛なし

 リンパ節:後頸部、腋窩、鼠径リンパ節の有意な腫脹なし

 以上から、「咽頭痛(もしくは頚部痛)+ 発熱」に注目して鑑別診断を行った。

[鑑別疾患]

ウイルス性

 かぜウイルスグループ:ライノウイルス、アデノウイルス

 その他:HIV、CMV、EBV

細菌性

 咽頭炎:Streptococcus, ジフテリア、マイコプラズマ、クラミジア、淋菌

 頚部感染症:扁桃周囲膿瘍、Ludwigアンギーナ、Lemierre症候群

 その他:リケッチア、リンパ節結核、トキソプラズマ(原虫)

非感染性

 悪性疾患:悪性リンパ腫

 膠原病:Still病、血管炎

 その他:亜急性甲状腺炎、サルコイドーシス、薬剤熱

(*紙面上の都合もあり、簡単にしか鑑別を挙げていません。詳細な鑑別診断については『レジデントのための感染症診療マニュアル』(医学書院)などをご参照ください。)

 比較的長期に症状が持続していることから、いわゆる感冒(ウイルス性)に関しては可能性が低いと考えた。
 また風俗店に通う20代男性であり、HIVをはじめ、EBV、CMVなどは十分に考えられた。右前頚部の腫脹が強いことから頚部感染症は最も強く疑われた。
 悪性リンパ腫は、感冒様症状が続くと言って受診することがあり、リンパ節腫脹を伴う発熱の場合には鑑別は必要である。
 膠原病を疑うには、身体所見に乏しい。
 亜急性甲状腺炎は稀な病気ではなく、甲状腺の痛みが弱いものなどがありチェックは必要である。
 今回の経過からは薬剤熱の可能性は低いが、医原性の疾患は見逃すと手痛い目にあう。

 ということで、初期検査として、以下の項目を行った。

・血算、生化学(肝酵素、腎機能、ビリルビン、電解質など)
・ウイルス抗体検査: HIV、EBV、CMV
・甲状腺: TSH
・培養: 血液2セット、咽頭スワブ、喀痰
・胸部レントゲン
・頚部エコー

[検査結果]

血液検査所見

 白血球13,300(Neut 83%, Lymph 8%, Eo 1.0%, Baso 0.1%)、Hb 14.0、Hct 39.5、血小板 5.3万、AST 35、ALT 49、LD 230、ALP 685、T-Bil 1.4、BUN 45、Cre 2.2、Na 135、K 4.5、Cl 101、血糖 94、CRP 22.5, Dダイマー3.4

胸部X線


頚部血管エコー(右前頚部)

 胸部X線で両側肺に多発する結節影を、また頚部血管エコーでは内頚静脈の血栓性閉塞を認めた。
  

 これらの結果を踏まえて診断は? マネージメントはどうしますか?

(次回へと続く)

記事一覧
最新記事
手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に
成人 > ケーススタディ
No. 972022. 08. 10
  • 東京大学医学部附属病院 感染症内科
  • 脇本 優司、岡本 耕
    手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に

    はじめに 全身の中でも手指が最も外傷を負いやすいこともあり、手感染症(hand infection)は頻度の高い皮膚軟部組織感染症の一つである。手感染症は侵される解剖学的部位や病原体などによって分類されるが、中でも化膿性腱鞘炎は外科的緊急疾患であり、早期の治療介入が手指の機能予後…続きを読む

    臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例
    成人 > ケーススタディ
    No. 862021. 01. 29
  • 井手 聡1、2)、森岡慎一郎1、2)、松永直久3)、石垣しのぶ4)、厚川喜子4)、安藤尚克1)、野本英俊1、2)、中本貴人1)、山元 佳1)、氏家無限1)、忽那賢志1)、早川佳代子1)、大曲貴夫1、2)
  • 1)国立国際医療研究センター国際感染症センター
  • 2)東北大学大学院医学系研究科新興・再興感染症学講座
  • 3)帝京大学医学部附属病院感染制御部
  • 4)帝京大学医学部附属病院中央検査部
  • 臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例

    キーワード:diphtheria、bradycardia、antitoxin 序 文 ジフテリア症は、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の感染によって生じる上気道粘膜疾患である。菌から産生された毒素により昏睡や心筋炎などの全身症状が起こると死亡…続きを読む

    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)
    成人 > ケーススタディ
    No. 662018. 12. 05
  • 日本赤十字社和歌山医療センター 感染症内科
  • 小林 謙一郎、久保 健児、吉宮 伸洋
    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)

    本号は3分割してお届けします。 第1号 第2号 *本症例は、実際の症例に基づく架空のものです。 前回のまとめ 和歌山県中紀地方に居住している78歳女性。10日以上続く発熱、倦怠感があった。血球減少が進行したため、血液疾患やウイルス感染症を疑って骨髄検査や血清抗体検査を実施し、重症…続きを読む