No. 72009. 01. 06
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ICAAC/IDSA参加記 2008年10月25日-28日 Washington DC(1/2)

東邦大学 微生物・感染症学講座/東京大学医学部 感染症内科

原田 壮平

(※ICAAC/IDSA参加記は、3人のレポーターによる3回連続配信です。)


  2008年10月25日から28日にWashington DCで開催されたICAAC (Interscience Conference on Antimicrobial Agents and Chemotherapy)/IDSA (Infectious Disease Society of America)の合同学会に参加してまいりました。例年はこの両学会は別の時期、別の場所で開催されているのですが、今年は合同学会という形での開催でした。なお2009年は、ICAACは9月12日から15日にSan Franciscoで、IDSAは10月29日から11月1日にPhiladelphiaで開催の予定です。

 学会の内容はPoster Session、Slide Sessionといったいわゆる学会発表に加えて、Meet-the-Experts/Professor、Symposium、Interactive Sessionと題された教育セッションも多く準備されておりました。さらに学会前日の23日には、あるテーマに沿った1日あるいは半日のWorkshopがあり、その中にはID Review Courseと題された、主にID fellowの2ndあるいは3rd year向けの1日で感染症全般を総ざらいするreview courseもありました(事前申し込みが必要なのですが、人気があるようでかなり早い段階でsold-outとなっておりました。次年度参加されたい方は注意したほうが良いかもしれません)。余談ですが、学会のwebsite上で自分の回りたいsessionをkeywordや時間帯で検索して選択し、自分だけの予定表を作成、印刷できるようになっていてこれが便利でした。

 初日の朝にはInteractive ID Fellows Session が行なわれました。ID fellowが 症例提示を行い、keyとなる画像(病理所見、グラム染色、画像検査結果など)を示したところで、フロアに起因微生物を選択・解答させるという形式で進行し、Strongyloides hyperinfection や Neurocysticercosis など、このテのcase presentation では「おなじみ」のcaseから、Mexican prisonerに発症したKlebsiella rhinoscleromatis によるRhinoscleroma、筋痛・下肢筋力低下で発症したAIDS患者のDisseminated toxoplasmosis(脊髄髄内腫瘤摘出標本および筋生検で証明)といったcaseまで、合計9例が提示されました。なお過去のIDSAでのfellowのpresentation と画像は、ID imageのwebsite (http://www.idimages.org/main.asp)で楽しむことができます。Johns HopkinsのGrand Roundsのwebsite (http://www.ccghe.jhmi.edu/CCG/distance/Grand_Rounds_Webcast/)もそうですが、このような症例提示を通じた教材は印象に残りやすく有益です。日本でも地域でID fellow、attending が集まって定期的に症例検討会が持てると良いと思います。

  今回は合同学会ということもあり、同じ時間帯に魅力的な教育セッションが複数設定されていることもしばしばあり、苦渋の選択を迫られましたが、私は感染症検査関連、耐性菌関連のSessionを主に回ってきました。

 検査関連のSessionでは、2日目の朝に‘What do ID Physicians Really Think about the Clinical Lab?’という Meet-the-Experts Session がありました。標題からは ID physician と検査室の関係についての包括的な内容を期待していたのですが、実際はClostridium difficile 腸炎と市中肺炎の微生物学的診断に関する各論が主でした。Clostridium difficile 腸炎の診断では、Johns Hopkins で行なっているという two-step algorithm (J Clin Microbiol 2006; 44: 1145)が紹介されていました。この方法は全検体に対して glutamate dehydrogenase antigen (GDH)というClostridium difficile の共通抗原( toxigenic isolate、nontoxigenic isolate 共に産生)のEIA検査でスクリーニングをかけて、陽性例のみに対してClostridium difficile 腸炎診断の‘gold standard’とされる cytotoxicity neutralization assay で確定診断をつけるというものです。この方法と比べると、従来一般的に用いられていたToxin A/B を EIA で検出する検査は38%の感度しか示さなかったということです。実際にこの方法を採用するには GDH の EIA 検査が available かどうか(日本国内ではどうなのでしょう?)、検査室でcytotoxicity neutralization assay が行なえるか(細胞培養ができる環境が必要、労力が必要で結果が出るまで24-48時間かかる)という制約がありますが、ともあれ Toxin A/B 両方を検出する EIA 検査を用いてもClostridium difficile 腸炎の診断の感度は想像以上に低いのかもしれません。

 少し話はそれますが、新しい検査の疾患の診断感度、特異度などの評価を行なっている study を読むときには、そもそもその疾患の診断がどのような方法を gold standard としてなされていて、そしてその gold standard がどの程度標準化されて精度が高いものなのかをまず評価しなくてはいけません。例えば「Aという検査の胃癌の診断感度を扱った study 」に比べて「Bという検査の潜在性結核の診断感度を扱った study 」では後者の方が信頼できる診断の gold standard が元々存在しないぶん、はるかに解釈が難しいと思われます。Clostridium difficile 腸炎の診断の gold standard とされる cytotoxicity assay は、検査に用いる cell line や sample の扱い方によって結果にばらつきが出るおそれがある検査と言われておりますし(標準化の問題)、さらにこの検査で診断された患者群が我々の知りたい「contact precautions が必要な患者、治療が必要な患者」を反映している集団かどうかは検討の余地があるかもしれません。

 ある Session でAspergillus の PCR による血液からの検出が話題になっていましたが、その中でも演者は「検体に Plasma を用いるのか全血を用いるのか、どんな方法で DNA を抽出するのか、どのような PCR の Primer を用いるのかで結果はばらつく、‘non-standardized’なんだ」と強調していました。臨床医からみると、数字で結果が得られる検査は常に安定して結果が得られるもので、それが分子生物学的手法によって得られたものだったりすると何かとても信頼できるもののように感じてしまうのですが、すべての検査は弱点や限界を持っていることを認識しておきたいところです。もちろん最も重要なことは検査を臨床の文脈の中でオーダーし、結果を個別に適切に解釈することなのですが。

  28日の朝には2008 Susceptibility Testing Update という感受性試験のSession がありました。この中で今年の Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI )の感受性試験の改訂箇所の紹介があり、Staphylococcus spp. の disk 拡散法での vancomycin 感受性試験で新しいコメントが加えられたこと、non-meningitis の場合のS. pneumoniae の penicillin の MIC breakpoint の変更があり FDA に受け入れられたこと(http://www.idsociety.org/newsArticle.aspx?id=11010)、さらにenterobacteriaceae のcephalosporin のMIC breakpoint の全体的な大幅な引き下げが2010年には発表されそうなこと(参考:Clin Microbiol Infect 2008; 14(S1): 169)などが説明されました。CLSI の感受性試験の document は、毎年新たな知見や耐性菌の疫学的状況の変化などを踏まえて改訂されます。近年、基礎的な研究により新たな耐性因子が同定されたり、あるいは検査法の開発によりこれまであまり認識されていなかった耐性因子が実は多く拡散していることが示されたりしています。臨床現場では多くの検体に対応しなくてはならないので、できるだけシンプルな方法で、なおかつ治療を行なううえで大きな失敗ができるだけ起きないような strategy を検討し続けなければなりません。

 充実した内容の学会で、4日間はあっという間に過ぎていきました。本稿では触れませんでしたが、教育 Session 以外でも Poster Session、Slide Session では実に数多くの発表がなされ、活発な意見交換がなされていました。Poster Session の発表で興味深い内容であれば直接発表者に思う存分質問ができますし、またcontact information を交換することで今後の交流も期待できます。また自分が発表者となれば、同じ領域に関心を持つ医師、研究者の生の意見を聞くことができ、今後の研究方法の検討や論文作成において有益な情報が得られます。何よりも感染症という共通の関心のもとに世界から集まった医師、研究者と一同に会し、交流できるということそのものが明日の臨床、研究への大きな活力になりました。来年以降も日本からより多くの参加者、発表者が出ることを期待したいと思います。

*本稿で紹介したすべてのwebsiteは2008年11月9日に確認したものです。

(了)

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