No. 842020. 10. 20
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抗菌薬供給の現状と課題

  • 国立国際医療研究センター病院 AMR臨床リファレンスセンター
  • 具 芳明

    2019年2 月末、日医工株式会社(以下、日医工)がセファゾリンナトリウム注射用「日医工」の販売を一時中止することを発表し、3月上旬には供給停止に至った[1]。それに伴って多くの病院がセファゾリンやその代替薬の確保に奔走する混乱した状況が生じた。セファゾリンの供給トラブルの背景には、国内要因のみならず抗菌薬の供給が世界的に不安定なことがある。さらに新型コロナウイルスパンデミックが加わり、喫緊の課題としてますます注目されている。本稿では、抗菌薬供給問題の背景や今後の方向性について解説する。

    セファゾリンの不足とその影響
    ――セファゾリンの重要性

    セファゾリンは、第1世代セファロスポリン系に分類される注射用抗菌薬である。1960年代に藤沢薬品工業株式会社(当時)が開発し、一般的に使われるようになった1971年頃から現在に至るまで医療現場で重要な役割を果たしてきた[2]。その特徴として、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)を中心に比較的狭域スペクトラムであることがあり、MSSA感染症の治療においては第一選択薬に挙げられている。

    セファゾリンが現在最もよく用いられているのは、周術期予防抗菌薬としてであろう。多くの手術においてセファゾリンが予防抗菌薬の第一選択とされている[3]。また、髄膜炎を除くMSSA感染症や皮膚軟部組織感染症など、感染症の治療目的でも広く使用されている。世界保健機関(WHO)は優先的に確保すべき最も重要な医薬品のリスト[4]にセファゾリンを掲載しており、まさに日本発の世界的な抗菌薬と言える。

    2018年の抗菌薬販売量サーベイランス[5]によると、日本全国での注射用抗菌薬販売量1.087 DDDs per 1000 inhabitants per day (DID) のうち、第1世代セファロスポリン(セファゾリンのみ)は0.152 DID(14.3%)を占めている。一方、セファゾリンの代替薬としてしばしば挙げられる第2世代セファロスポリン系(セフォチアム、セフメタゾールなど)は全製品を合計しても0.093 DID(8.8%)、リンコサミド系(クリンダマイシン)は0.018 DID(1.7%)にとどまっており、臨床現場においてセファゾリンが重要な薬剤として広く用いられていること、代替薬の確保は容易でないことが分かる。

    セファゾリン不足の原因

    セファゾリン不足が生じたきっかけは、日医工が製造販売するセファゾリンの供給停止である。日医工のウェブサイトの記載[1、6]によると、同社はセファゾリンの原薬をイタリアの2社から確保していたが、うち1社(A社)からの原薬に異物混入ロットが増加して製造が滞った。それに加えて、原薬製造の材料として必要な出発物質(テトラゾール酢酸:TAA)を製造している中国メーカーが中国当局による環境規制の影響で生産を止めたため、もう1社(B社)からの原薬確保も不可能となり、供給停止に至った(図1)[6]。TAAの生産を手がけているのはこの中国メーカーが世界で唯一とのことであり、TAAは世界的に供給停止となった。医薬品の製造においては、安定的な供給を維持するため製造各段階で余裕を持った在庫量が確保されているのが一般的であるが、A社からの原薬供給が止まっていたために、TAA供給停止の影響が最終製品の供給停止につながったものと説明されている。

    図1 セファゾリンナトリウム注射用「日医工」供給問題発生の原因
    (文献6をもとに作成)

    日医工の発表によると、中国の当該メーカーによるTAAの供給は2019年3月に再開され、原薬メーカーでの製造も再開された[1]。日医工は、設備投資も行った上で2019年11月から段階的にセファゾリンの供給を再開し[7、8]、2020年10月になって通常出荷の状態に復帰した[9]。供給停止から再開までに約8か月、通常出荷状態に戻るまでには実に1年半以上を要したことになる。

    セファゾリン不足の影響

    セファゾリンの供給トラブルは、医療現場に大きな影響を及ぼした。日医工によると、2019年2月28日に採用全医療機関に対する供給停止案内を開始し[6]、3月上旬までには同社の在庫はすべて出荷された[1]。報道[10]によると、同社のセファゾリンは国内シェアの約6割を占めており、多くの医療機関がセファゾリンを確保できない状況となった。

    急なセファゾリン「日医工」の出荷停止を受け、当該製品を採用している医療機関は他の製薬企業が製造するセファゾリンを確保しようとしたものの、複数の製薬企業が急な需要増加に対応しきれない状況となった。セファゾリン以外の抗菌薬を用いて当座をしのぐ必要が生じ、厚生労働省や日本感染症教育研究会(IDATEN)は代替薬となる薬剤のリストを発表した[11、12]。これらには第2世代セファロスポリン系やクリンダマイシンなどがセファゾリンの主な代替薬候補として記載されている。

    しかし、これらの薬剤はセファゾリンと比べて市場規模が小さいこともあって急速な需要増加に対応しきれず、その多くが何らかのかたちで供給に制限のかかった状態となった。二次的に生じたこれらの供給制限は、各製薬企業からの出荷量が減少したわけではなく、需要増加に供給が追い付かなくなったことが原因である。結果的に、日医工のセファゾリン供給停止の影響を受けた医療機関の一部は、セファゾリンおよび代替薬の新たな購入ルートを確保することが困難な状況となった。これに対し、厚生労働省はセファゾリンおよび代替薬の適正使用を呼びかけるとともに、いずれも入手できず医療の提供に問題が生じる場合には調整に当たることとなった[13]。

    厚生労働省が2019年6月に行った実態調査[14]には、医療機関を対象として行ったインターネットアンケート調査の結果が記載されている。自発的に調査に参加した医療機関のうち、セファゾリンを採用している1,071医療機関の回答が集計され、周術期の抗菌薬予防投与を行う機会がある医療機関のうち49.7%(日医工のセファゾリンのみを採用していた医療機関に限ると85.0%)がセファゾリン使用の中止または制限を行っていた。感染症治療に関しては、回答した医療機関の48.3%(日医工のセファゾリンのみを採用していた医療機関に限ると82.8%)が感染症治療にセファゾリンを使用できない、または制限をかけている状態であった。一方、セファゾリンの供給低下が患者の受け入れに影響を及ぼしたと回答した医療機関は1~2%にとどまっており、医療の継続への影響は限定的であった。さらにこのアンケート調査では、6品目の代替薬について、供給が滞っている品目数を聞いている。実数の記載がないため正確な医療機関数は不明だが、回答した1,000余りの医療機関のうち約75%において供給の滞っている品目があり、約4割には3品目以上の供給に問題が生じていた。6品目すべての供給に問題があると回答した医療機関も3%程度認められた。

    これらの結果から、セファゾリン不足は多くの医療機関における抗菌薬の使用や供給に影響を及ぼしていたことが分かる。医療そのものを止めざるを得ない医療機関はほとんどなかったとはいえ、通常よりも少ない種類の抗菌薬をやり繰りしながら何とか医療を継続していた様子がうかがわれた。

    抗菌薬販売量サーベイランス[5]の注射用抗菌薬販売量集計結果によると、2019年の第1世代セファロスポリン系注射薬の販売量は0.12 DID(全体の販売量1.087 DIDに占める割合は11.0%)であり、2018年と比べて21.0%の減少であった。その一方で、第2世代セファロスポリン系注射薬は12.6%増、第3世代セファロスポリン系注射薬は12.4%増、リンコサミド系注射薬は12.1%増といずれも大幅な増加を示しており、これらの増加がセファゾリンの不足を補ったかたちとなっていた(図2)[5]。この変化はセファゾリンからより広いスペクトラムの抗菌薬への移行を示唆するものであり、抗菌薬適正使用の流れに逆行している可能性が懸念される[15]。今後のより詳細な検討を待ちたい。

    図2 主な注射用抗菌薬(上位7系統)販売量の推移(2013~2019年)
    (文献5をもとに作成)

    セファゾリン不足から見えてきたこと

    医療機関にとって青天の霹靂であったセファゾリンの供給トラブルとそれに続く市場の混乱であったが、この事例をきっかけに既存の抗菌薬の供給が不安定になっている現状が浮き彫りとなった。抗菌薬を含めた既存の医療用医薬品は、国民医療費抑制の大方針の下、ジェネリック薬への切り替えが進められるとともに、薬価の引き下げが繰り返されてきた。日医工の担当者は、セファゾリン注射用の製造原価は規格によっては薬価を上回る状態になっていると述べている[16]。

    原薬を生産するための原料は、原薬生産国と同じ国で製造されているとは限らない。先に述べた通り、セファゾリン「日医工」の原薬はイタリアで製造されているが、その原料は中国で生産されている(図1)。供給トラブルの最初の要因はイタリアのA社における原薬製造過程のトラブルであるが、もう一つの要因は中国の環境規制に伴う原料製造の停止であった。すなわち、原薬生産国の多様化を図っても、製造過程のさらに上流にカントリーリスクが生じうる状況となっている。セファゾリン不足から見えてきたのは、グローバル化に伴う抗菌薬供給障害のリスクであった。

    世界的に薬剤耐性対策が進められる中で、国際機関や各国政府が様々なかたちで新規抗菌薬の開発促進を図っている。しかし、今回顕在化したのは既存抗菌薬の安定供給に問題が生じているという、これまで比較的注目度の低かった問題であった。日本で販売されている注射用抗菌薬の使用量を見ると、上位20種で全体のおよそ9割を占めており、そのうち2000年以降に販売が開始された抗菌薬はわずか2種〔ピペラシリン・タゾバクタム(2001年)、ドリペネム(2005年)〕である(図3)[17、18]。その他の抗菌薬はすべて1990年代以前に発売されたものであり、1960年代(アンピシリン)や1970年代(セファゾリンなど)に発売された抗菌薬も今なお医療現場で多く使用されている。セファゾリン不足の背景にある構造的な問題は、発売から長期間経過してジェネリック中心に切り替わった医薬品に共通しており、多くの抗菌薬が同様の供給リスクを抱えている。

    図3 注射用抗菌薬の使用量と日本における発売年(2017年レセプトデータによる)
    (文献17,18をもとに作成)

    抗菌薬供給の構造的な問題

    グローバル化に伴うビジネス環境の変化は、セファゾリンだけではなく他の抗菌薬にも当てはまる。世界的に見ると、抗菌薬の使用量は2000年から2015年までに低・中低所得国を中心に65%増加している[19]。その背景には、多くの国で所得が向上し、抗菌薬を購入できる層が増加したことがある。これまで十分な医療を受けることのできなかった人々が現代医療の恩恵を受けられるようになったのは大きな進歩である。

    一方、このような変化に伴って世界的により安価な抗菌薬が求められるようになり、生産コストの低い国への生産拠点移行が生じるとともに、原薬の原材料は他の企業から購入するなど、抗菌薬製造の各過程に分断が生じてきた[20]。すなわち、出発物質から中間体を経て原薬が製造され、それが最終産物として医薬品となるまでの過程が別々の、しかも異なる国の企業によって担われることが珍しくなくなっている(図4)[21]。なお、日医工の製造しているセファゾリンは、中国で出発物質製造、イタリアで原薬製造、その原薬を日本に輸入して医薬品として出荷という流れになるため、図4では右から2番目のパターンとなる。このような構造の変化はもちろん抗菌薬に限ったことではなく、他の分野でも指摘されている[22]。

    図4 抗菌薬の製造過程の分断化
    (文献21より引用改変)

    このようなグローバル化により、安価で一定の質を保った抗菌薬が大量生産されることとなったが、その一方で質の確保やコスト面の要因から、原薬製造までの過程が一部の国の少数の企業に集中することとなっている。例えば、ペニシリン系抗菌薬の出発物質となる6-アミノペニシラン酸(6-aminopenicillanic acid;6-APA)や、セファロスポリン系抗菌薬およびカルバペネム系抗菌薬の出発物質となる7-アミノセファロスポラン酸(7-aminocephalosporanic acid;7-ACA)の生産は、中国一国に集中しているのが現状である[23]。このようなグローバル化の弊害として、生産過程の分断化に伴って情報共有が進まなくなることがある。大きな供給不足が生じて初めて問題が明らかになるという事態が起こりうるのである。また、低コスト化の結果、設備投資が不十分になる可能性があり、生産上のトラブルが生じるリスクが増加しかねない。

    日本ではかつて多くの製薬企業が抗菌薬を開発していたが、新規抗菌薬の開発が滞っていくとともに、複数の先発品メーカーが抗菌薬市場から撤退していった。ジェネリック医薬品メーカーは抗菌薬の製造コストを抑えるため海外からの原薬確保を進め、その結果、現行の抗菌薬のほとんどは海外で生産された原薬を用いて製造されている。ジェネリック製薬協会に加盟する製薬企業は原薬製造国を自主的に公開しているが[24]、それによると抗菌薬はほとんどが海外生産の原薬を使用しており、原薬生産国は中国、韓国、インドなどが多い。このように、日本の抗菌薬市場もグローバル化の影響を直接受けており、セファゾリンの供給トラブルはまさにこのような構造があって発生したものと言える。

    原薬製造までの過程のトラブルから抗菌薬の不足が生じているのは日本だけではない。2014年から2016年にかけて、ベンザチンペニシリンGの国際的な不足が発生した。この薬剤は日本では認可されていないものの、世界的には梅毒やリウマチ熱の治療に広く用いられている基本的な抗菌薬である。ベンザチンペニシリンGは極めて廉価で販売されており、世界的な需要増大にもかかわらず競合や設備投資が進まず、3社のみが原薬を供給する状況となっていた。うち2社で製造上の問題が生じて減薬供給が滞ったため、39か国でベンザチンペニシリンGの不足が生じ、複数の国では梅毒増加との関連が指摘される事態となった[25]。

    また、2017年にはピペラシリン・タゾバクタムの原薬製造工場で火災が発生し、世界的に供給が不足する事態となった[21]。これに伴って米国では他の広域抗菌薬使用が増加し、Clostridioides difficile 感染症が増加したとの報告がある[26]。米国では抗菌薬の供給不足が頻発しており、2001年から2013年までの間に実に148品目に生じたと報告されている。その理由として最も多いのは製造上の問題であり、特に2007年以降に供給不足の事例が急増している[27]。

    先に、グローバル化に伴って抗菌薬の価格低下圧力がかかっていると述べた。しかし、最近は異なる動きも起こってきている。2000年代には上記のような価格低下圧力が強まり、その影響を受けて日本国内のペニシリン系抗菌薬原薬工場はほとんど閉鎖され、輸入原薬の使用に移行した。しかし、2004年以降、中国で生産されたペニシリンおよびその誘導体の輸入価格は上昇を続けている。その理由として、中国における労働賃金の上昇、排水問題などの環境対応コスト、原薬や製剤の製造における規制強化への対応コスト、ペニシリンの交差汚染対策措置のコストなどが挙げられるが、それに加えてペニシリンの出発物質となる6-APAが中国国内で生産されており原材料の価格競争が生じないことが指摘されている[23]。

    輸入する原薬の価格が上昇する一方で日本での薬価の引き下げが続いていることは、製薬企業から安定供給のための取り組みや設備投資を行う余力が奪われることにつながる。ペニシリン系、セファロスポリン系などβ-ラクタム系抗菌薬の製造にはアレルギー対策のため専用の設備が必要とされているため、新規参入しにくい上に既存の製薬企業にとっても設備投資のハードルが高い。それだけに、いわゆる逆ざや状態が続くと、多くの製薬企業が雪崩を打って抗菌薬市場から撤退する事態さえ起こりかねない。国民医療費の圧縮が叫ばれるとはいえ、医療現場に必須である抗菌薬の薬価が不適切に安価な状況を放置するのは医療の継続的な提供の観点からもリスクが高い。

    これらの要因に加え、日本独自の薬事制度や品質要求の高さが安定供給の障害になっているとの指摘もある。高い品質要求を満たせる製造所は世界的に見ても限られる上に、日本市場は相対的に小さくなっており、日本からの要求に対応する必要はないとされがちである。その結果、製薬企業が原薬を確保する選択肢が減ってしまう。このような日本独自の要因も抗菌薬の供給状況に影響を及ぼしていると指摘されている[23]。

    このように、抗菌薬の供給が不安定となっている背景には、グローバル化に伴うサプライチェーンの変化に伴う様々な構造的要因がある。しかし、ここにきて構造的要因をさらに表面化させる出来事が起こった。新型コロナウイルス(SARS-CoV2)のパンデミックである。

    新型コロナウイルスパンデミックの影響

    2019年末に中国で最初に報告されたCOVID-19は世界各国に広がり、2020年3月にはWHOがパンデミックと認める状況となった。このパンデミックは、疾患そのものによる健康被害もさることながら、物流や人の動きが止まることの影響が大きく生じていることも大きな特徴と言える。日本国内でも2020年春にマスクをはじめとした医療用品の不足が生じたことは記憶に新しい。

    米国では製薬産業が中国など外国にあまりにも頼っていることへの危機感が高まっており、抗菌薬を含めた主要な医薬品の生産を米国内に戻そうとの議論が高まっている[28、29]。インドは主な医薬品の輸出を一時制限し、日本でもその影響でクリンダマイシンの出荷調整が生じるなどした[30]。インドの製薬企業には中国から原料を輸入して原薬を生産している企業も多く、パンデミックに伴う流通障害が原薬製造に影響が及ぶ可能性を見越した措置であったと考えられる。このように、パンデミックを機に医薬品のサプライチェーンの見直しを図る動きが各国で出始めている。

    日本では、セファゾリン不足を機に原薬の国内製造を求める意見が学会等から出されていた[31]。それに加えてパンデミックが大きなきっかけとなって、政府が国産への回帰の方向性を打ち出し始めている[32]。パンデミックが抗菌薬安定供給の取り組みに与える影響は大きなものになりそうである。

    抗菌薬安定供給のために行われている対策

    セファゾリン不足を機に抗菌薬安定供給が注目され、厚生労働省によっていくつかの対策が講じられたが、絶対的に不足する状況があれば卸レベルでの調整を依頼するなど、やや場当たり的な対応であった。その後、各方面からの問題提起[31、33]や新型コロナウイルスパンデミックなどがあり、根本的な取り組みが必要との認識が高まってきた。

    まず薬価について、セファゾリンを含む一部の注射用抗菌薬の薬価が不採算品目再算定により2020年度から引き上げられることとなった[34]。これにより製薬企業の採算性改善につながり、適切な設備投資などを通じて供給がより安定することが期待される。ただし、この措置は今後の引き下げがないことを意味するわけではなく、今後の動向を追う必要がある。

    2020年3月には「医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議」が設置され、8月までに4回の会議が行われた[35]。その取りまとめ資料[36]には、安定供給が困難となる構造的な要因として、(1)海外製造依存によるリスク、サプライチェーンが複数化されていないリスク、(2)原料物資や原薬調達のコスト、(3)日本と海外の薬事規制・手続きの違い、(4)製造販売業者でのリスク評価や対応策の整理の必要性、(5)供給不安の情報の共有不足、(6)実際に供給不安に陥った際の迅速なリカバリーの必要性が挙げられている。この会議はセファゾリン問題を契機に設置されたものであるが、抗菌薬以外にも多くの医薬品で同様の構造があることが指摘されており、まずは安定確保すべき医薬品をリストアップした上で対策に取り組んでいくことが求められている。

    これらの動きは進歩と言えるが、まだ緒に就いたばかりであり、現時点で抗菌薬の安定供給を十分に確保できているわけではない。しかし、根本的な構造の問題を含めて広く共有し、対策を検討する方向性が打ち出されたことに期待したい。

    今後、どこへ向かうのか

    これまで述べてきたように、抗菌薬供給問題の背景にはグローバル化に伴う製薬業の構造変化など世界的な動きがあり、さらにそこに薬価の設定や規制など日本特有の要因が加わっている。2020年になって新型コロナウイルスパンデミックが発生し、サプライチェーン確保の観点からの議論もなされるようになってきた。抗菌薬の安定供給を達成するには多くの課題に取り組んでいく必要があるが、背景が複雑なだけに何か一つの対策で万事解決とならないのは明白である。医療現場が安定して抗菌薬を使用し続けられるよう、様々な手法を組み合わせて取り組む必要がある。2020年はその取り組みが始まった年として記憶されるようになるかもしれない。今後の動きに注目していきたい。

    注:本稿は、東京都病院薬剤師会雑誌2020年9月号掲載の「抗菌薬供給問題の背景」を、その後の状況を踏まえて加筆修正したものです。


    【References】
    1)日医工株式会社: セファゾリンナトリウム注射用「日医工」の安定供給に関するご質問に対する回答(2019年5月28日追加版).
    https://www.nichiiko.co.jp/medicine/file/40650/information/o-cefazoli_03(01).pdf
    2)石引久彌, 嶋田甚五郎: 抗菌薬見直しシリーズ(1)セファゾリンナトリウム. The Japanese Journal of Antibiotics. 1994; 47(4): 333-40.
    3)術後感染症予防抗菌薬ガイドライン作成委員会: 術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン(追補版), 2020.
    http://www.chemotherapy.or.jp/guideline/jyutsugo_shiyou_tuiho.html
    4)WHO: WHO Model Lists of Essential Medicines.
    http://www.who.int/medicines/publications/essentialmedicines/en/
    5)AMR臨床リファレンスセンター: 全国抗菌薬販売量サーベイランス, 2020.
    http://amrcrc.ncgm.go.jp/surveillance/020/20190902163931.html
    6)日医工株式会社: セファゾリンナトリウム注射用「日医工」(セフェム系抗生物質)品切れに至る経緯について, 2019.
    https://www.nichiiko.co.jp/company/press/detail/4656/814/4541_20190513_CEZ_J.pdf
    7)日医工株式会社: セファゾリンナトリウム注射用「日医工」の供給再開について(2019/10/23).
    https://www.nichiiko.co.jp/company/press/detail/4746/957/4541_201919023_01.pdf
    8)日医工株式会社: セファゾリンナトリウム注射用「日医工」の安定供給体制に向けての設備投資について(2019/9/12).
    https://www.nichiiko.co.jp/company/press/detail/4714/889/4541_20190912_01.pdf
    9)日医工株式会社: セファゾリンナトリウム注射用「日医工」の供給および安定供給体制確立に向けての取り組みについて(2020/9/15).
    https://www.nichiiko.co.jp/company/press/detail/4936/1174/4541_20200915_01.pdf
    10)抗菌薬セファゾリン供給停止 手術に影響、病院悲鳴. 朝日新聞デジタル(2019/4/1).
    https://www.asahi.com/articles/ASM3Y6V2BM3YULBJ017.html
    11)厚生労働省健康局結核感染症課, 厚生労働省医政局経済課: セファゾリンナトリウム注射用「日医工」が安定供給されるまでの対応について(周知依頼)(2019/3/29).
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000498133.pdf
    12)日本感染症教育研究会(IDATEN): IDATEN世話人会からのセファゾリン代替え案(2019/4/23).
    http://news.theidaten.jp/article/185900816.html
    13)厚生労働省医政局経済課, 厚生労働省健康局結核感染症課: セファゾリンナトリウム注射用「日医工」が安定供給されるまでの対応について(2019/9/30).
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000554189.pdf
    14)セファゾリンの供給低下について, 第33回厚生科学審議会感染症部会資料.
    https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000527494.pdf
    15)Honda H, Murakami S, Tokuda Y, et al: Critical national shortage of cefazolin in Japan: management strategies. Clin Infect Dis. 2020 Mar 5; ciaa216. Online ahead of print.
    16)セファゾリン製造企業の担当者、今後の供給見通し示す 化療学会で緊急シンポジウム. m3.com.
    https://www.m3.com/clinical/news/676103
    17)AMR臨床リファレンスセンター: レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)に基づいたサーベイランス.
    http://amrcrc.ncgm.go.jp/surveillance/010/20181128172333.html
    18)抗菌薬インターネットブック.
    http://www.antibiotic-books.jp/drugs
    19)Klein EY, Boeckel TPV, Martinez EM, et al: Global increase and geographic convergence in antibiotic consumption between 2000 and 2015. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 Apr 10; 115(15): E3463-70.
    20)Access to Medicine Foundation: Drug resistance and antibiotic shortages: New white paper makes case for fixing the antibiotic market.
    https://accesstomedicinefoundation.org/newsroom/drug-resistance-and-antibiotic-shortages-new-white-paper-makes-case-for-fixing-the-antibiotic-market
    21)WHO: Meeting report: antibiotic shortages: magnitude, causes and possible solutions: Norwegian Directorate of Health, Oslo, Norway, 10-11 December 2018.
    https://apps.who.int/iris/handle/10665/311288
    22)U.S. Food & Drug Administration: Drug Shortages: Root Causes and Potential Solutions, 2020.
    https://www.fda.gov/drugs/drug-shortages/report-drug-shortages-root-causes-and-potential-solutions
    23)医療用医薬品の安定供給に関する課題と日薬連における取り組みについて, 医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議(第2回)資料, 2020.
    https://www.mhlw.go.jp/content/10807000/000643578.pdf
    24)日本ジェネリック製薬協会: 原薬製造国情報の自主的な公開の状況について.
    https://www.jga.gr.jp/medical/information.html
    25)WHO: Shortages of benzathine penicillin. How big is the problem? And why it matters.
    http://www.who.int/reproductivehealth/shortages-benzathine-penicillin/en/
    26)Gross AE, Johannes RS, Gupta V, et al: The Effect of a Piperacillin/Tazobactam Shortage on Antimicrobial Prescribing and Clostridium difficile Risk in 88 US Medical Centers. Clin Infect Dis. 2017 Aug 15; 65(4): 613-8.
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    28)Swanson A: Coronavirus Spurs U.S. Efforts to End China’s Chokehold on Drugs. The New York Times, 2020 Mar 11.
    https://www.nytimes.com/2020/03/11/business/economy/coronavirus-china-trump-drugs.html
    29)Exclusive: After pandemic, U.S. senators want review of drug supply chain. Reuters, 2020 Jun 30.
    https://www.reuters.com/article/us-health-coronavirus-senate-supplychain-idUSKBN2411HI
    30)Coronavirus: Drug shortage fears as India limits exports. BBC News, 2020 Mar 4.
    https://www.bbc.com/news/business-51731719
    31)四学会(日本感染症学会・日本化学療法学会・日本環境感染学会・日本臨床微生物学会): 抗菌薬の安定供給に向けた4学会の提言―生命を守る薬剤を安心して使えるように―, 2019.
    http://www.chemotherapy.or.jp/guideline/4gakkai2019.html
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    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_12086.html
    33)日本医療政策機構: 【政策提言】AMRアライアンス・ジャパンが薬剤耐性(AMR)対策に関する政策提言を加藤勝信厚生労働大臣に手交(2019年10月3日).
    https://hgpi.org/research/amr-8.html
    34)厚生労働省: 使用薬剤の薬価(薬価基準)の一部を改正する件, 2020.
    https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000602946.pdf
    35)厚生労働省: 医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議.
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10314.html
    36)厚生労働省: 医療用医薬品の安定確保策に関する関係者会議(取りまとめ)資料, 2020.
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_13781.html

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    成人 > レビュー
    No. 1062024. 10. 23
  • 東京都立小児総合医療センター感染症科・免疫科
  • 大坪勇人、堀越裕歩
  • #本稿に関して開示すべきCOIはありません。 抗菌薬適正使用と加算 薬剤耐性菌の拡大は日本全体ならびに世界の課題であり、薬剤耐性菌対策として抗菌薬の適正使用が求められている。全国抗菌薬販売量(defined daily doses換算)において、2022年時点で内服薬は注射薬のお…続きを読む

    成人 > レビュー
    No. 932022. 05. 09
  • 神戸市立医療センター中央市民病院 感染症科
  • 黒田 浩一

    COVID-19(Coronavirus Disease 2019)流行当初の2020年、軽症例に対する重症化予防効果を十分に示す薬剤は存在せず、発症早期は対症療法で経過観察するしかなかった。世界的には、2020年終盤から発症早期に投与することで重症化予防効果(入院予防効果)が期…続きを読む

    宿泊療養施設におけるCOVID-19患者の診療
    成人 > レビュー
    No. 912021. 10. 22
  • 神戸市立医療センター中央市民病院 感染症科
  • 土井 朝子
    宿泊療養施設におけるCOVID-19患者の診療

    COVID-19患者の増加期には、宿泊療養施設への入所も急増する。自治体により対応は多少異なると思うが、多くの自治体で宿泊療養施設には医師会もしくは病院からの派遣医師が関与しているのではないかと思われる。自宅療養中の患者が増加するにつれ、保健所と協力しながら、往診体制が構築された…続きを読む