免疫不全状態にある患者に対する予防接種の考え方と世界の潮流2024
――免疫不全状態にある患者に対する予防接種ガイドライン2024の読み方
#本稿における記述は筆者の個人的見解であり、所属組織やIDATENを代表する公式な見解ではありません。
はじめに
皆さんは、Immunization Agenda 2030(IA2030)というものをご存じだろうか[1]。世界保健機関(World Health Organization;WHO)が提唱する、2030年までに世界全体で充実した予防接種を実現するための戦略である。この戦略は、予防接種の普及を通じて、世界中の人々が健康で豊かな生活を送ることを目指して掲げられている。
予防接種は、持続可能な開発目標(sustainable development goals;SDGs)の観点からも、その目標を達成する上で非常に重要な役割を担っている(図1)。特に“Ensure health lives and promote well-being for all at all ages”という点に大きく関与し、その他にも17の国際目標のうち、直接的・間接的に13のSDGsに貢献するとされている[1,2]。
先人たちの努力のおかげで、新たな医薬品が開発され、医療技術が進歩し、これまでに助からなかった命が助かるようになってきた。ここ最近は、日本における予防接種制度の改革により、ワクチンギャップも埋まってきつつある[3]。しかし、予防接種に関して、ワクチンで予防可能な疾患(vaccine preventable diseases;VPDs)による影響を受けやすい免疫不全患者などにおけるエビデンスは、健常者におけるそれと比較して非常に少なく、質・量ともにギャップがあるのが現状である。
本ガイドラインの背景
「小児の臓器移植および免疫不全状態における予防接種ガイドライン」は、日本小児感染症学会を中心に関連学会(日本移植学会、日本小児栄養消化器肝臓学会、日本小児外科学会、日本小児血液・がん学会、日本小児腎臓病学会、日本小児リウマチ学会)の協力の下、2014年に初版が発刊された[4]。それ以降、全世界からエビデンスが集積されてきたことを受けて、このたび、「免疫不全状態にある患者に対する予防接種ガイドライン2024~がん患者、移植患者、原発性免疫不全症、小児期発症疾患に対する免疫抑制薬・生物学的製剤使用者、等~」と名称を新たに約10年ぶりに改訂版が発刊された[5]。なお、本ガイドラインは無料公開されていない。
この改訂版は、日本小児感染症学会が監修し、日本移植学会、日本小児栄養消化器肝臓学会、日本小児外科学会、日本小児血液・がん学会、日本小児循環器学会、日本小児腎臓病学会、日本小児リウマチ学会、日本免疫不全・自己炎症学会による協力の下、成人領域の学会や患者会・家族会などによる外部評価を受けた上で作成された。「Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020 ver.3.0」に準拠している[6]。
先述のように、免疫不全状態の患者に対する予防接種は、健常者に対する予防接種と異なり、その有効性や安全性に関するエビデンスが限られている。一方で、免疫不全患者はVPDsに罹患した場合に重症化するリスクが高いことが多い。疾患ごとに臨床的な特徴は異なるが、VPDsによる影響を受けやすい免疫不全患者に対して、いかに安全かつ有効な予防接種を進めていくことができるのかという点を深く掘り下げ、各分野の専門家がclinical question(CQ)を立て、大幅にそのエビデンスを更新して完成したのが新たなガイドラインである。
一言で免疫不全とはいえ……
日常診療において予防接種に関する業務に頻繁に関わっている方から、まったく関わりのない方まで、さまざまなバックグラウンドの方に本稿をお読みいただいていると想像する。皆さんはこれまでに少なからず免疫不全患者に接したことがあるだろう。一口に「免疫不全」と言っても、その種類は多種多様であり、とても語り尽くせない。言わずもがな、背景疾患、投薬状況(種類や量)、治療経過なども千差万別である。
こうした多様な背景の免疫不全に対する予防接種戦略は、健常者に対するそれと異なり、有効性と安全性について配慮すべき点が非常に多い。原病自体が免疫不全症であるのか、治療により免疫不全の原因となっていた原病が治癒したとしても何らかの投薬が継続されているのか、その種類は何かなど、確認すべき点は多々ある。
本ガイドラインは、これらをある程度体系的に分類し、それぞれの分野におけるエキスパートの参画を得て完成された。免疫不全という限られた状態の患者を対象にしているガイドラインであることから、vaccine efficacyを論ずることができるほどの高いエビデンスレベルの論文は非常に少ないが、関連するエビデンスが世界的にも増えてきており、生ワクチンに関する考え方など、変わりつつある潮流を反映したものだといえるだろう[7-10]。
【コラム】vaccine efficacyとvaccine effectivenessの違い[11,12] ワクチンに限らず、健康医療分野において、efficacyとeffectivenessは明確に区別して使用する必要がある。efficacyは「理想的な環境下・条件下における診療行為の有効性」である。何をもって理想的とするのか細かく挙げると「診療行為が明確に指定され、標準化されている」「診療行為が実施される場面や状況が標準化されている」「診療行為を受ける対象者が、その診療行為を完全に受け入れていて、厳格に指示に従っている」という状況である。一方で、effectivenessは「現実的な環境下・条件下における診療行為の有効性」ということになる。ワクチンに当てはめると、前者が厳格な環境や条件下でのランダム化比較試験などで評価されるvaccine efficacyであり、後者がリアルワールドの環境や条件下で評価されるvaccine effectivenessということになる。多くの接種対象者にワクチンが普及した後、目的の感染症がどのくらい減少したかを評価することは後者に相当し、test-negative designなどの症例対照研究による評価などが含まれる。 |
本ガイドラインのコンセプトと骨格
本ガイドライン改訂の目的は、大きく2点ある。すなわち、(1)免疫不全患者に対して、安全かつ有効なワクチン接種を推奨すること、(2)免疫不全患者を担当する医師が、患者と家族に接種するべきワクチンを選択できるようにすることである。こうした目的を達成するために、本ガイドラインは、表1の視点を中心に、幅広い保健医療関係者の手に取ってもらえるように作成された。
・患者個別の状況を勘案し、推奨を考える ・疾患ごとのリスクとベネフィットを踏まえて推奨されるワクチンは何で、推奨されないワクチンは何かを明確にする ・リスクとベネフィットを踏まえて接種スケジュールを立てる ・接種するに当たり利活用できる制度や助成に配慮する ・副反応・有害事象発生時の対応を適切に行う ・免疫不全患者を取り巻く家族・同居者に推奨されるワクチンも考慮する |
構成 | |
総論 | ・予防接種制度に関する説明と免疫不全患者に対する予防接種に関する考え方 ・長期にわたり療養を必要とする疾病にかかった者等の定期接種の機会の確保 ・骨髄移植等により、定期予防接種の再接種が必要な方への任意予防接種費用助成 ・各種抗体測定方法と抗体判定基準 ・予防接種制度上の変更に伴う一部のワクチンに関する補足(肺炎球菌ワクチン、乾燥組換え帯状疱疹ワクチン、髄膜炎菌ワクチン、ヒトパピローマウイルスワクチン) |
各論 | 1. 血液悪性腫瘍、固形腫瘍患者への予防接種 2. 造血細胞移植後・CAR-T細胞療法後の患者への予防接種 3. 炎症性腸疾患患者への予防接種 4. リウマチ性疾患患者への予防接種 5. 腎疾患患者への予防接種 6. 固形臓器移植患者への予防接種 7. 無脾症患者への予防接種 8. 原発性免疫不全症候群患者への予防接種 9. 免疫不全状態にある患者の事項 (ア)免疫不全患者と同居する健康な家族に対する予防接種について (イ)妊娠中に生物学的製剤の投与をうけた母親から出生した児への予防接種について |
本ガイドラインの読み方と注意点
本ガイドラインでは、まず免疫不全患者の予防接種全般に関わる総論的事項について論じている。それに続く各論では、臨床的な疑問のうち、判断を問うような疑問であるCQと背景に関わる疑問であるbackground question(BQ)を分野ごとに立て、各々のCQについてシステマティックレビュー(systematic review;SR)を行っている(SRが行われなかったCQには、SRなしと記載されている)(表2)。
免疫不全患者に対する予防接種に関して全体像を把握したい方は総論から読み進め、各々の患者の予防接種マネジメントについては各論で該当する分野のBQやCQで深めることができる。一方、免疫不全患者に対する予防接種に関わる機会が比較的多い方は、本ガイドラインの最初の方にガイドラインサマリーとして、推奨の強さとエビデンスの強さの考え方、BQ・CQおよび推奨文、推奨度、エビデンスの強さが記述されているため、該当部分をピックアップして読み、具体的な解説編で詳細を確認する使い方も可能である。
初版のガイドライン[4]と異なり、対象年齢を広げて移行期の患者にも活用できるよう網羅したが、高齢者などに関してはカバーできていないことに留意が必要である。また、可能な限り最新の情報までアップデートされているが、2024年度以降の変更点については必ずしもすべて反映されているわけではないため、国内の最新情報は厚生労働省[13]や国立感染症研究所[14]、各専門領域学会の公式サイトなどで確認することをお勧めする。
おわりに
日本でも予防接種制度や使用可能なワクチンの種類は急速に変化している。それと同時に、免疫不全患者に対する予防接種のエビデンスも増えているのは間違いない。しかし、その疾患の希少さゆえに十分な検証がいまだになされていない分野もあることをご理解いただけるだろう。
免疫不全状態を含む小児慢性疾患の治療法や管理法が劇的に改善されたことに伴い、患者の長期予後が改善されて成人に移行することも多くなった。また、健康寿命は生涯を通したワクチン接種によって守るという“life-course immunization”という概念も浸透してきた[15-17]。小児期発症の疾患を抱えて免疫不全状態にある患者に対して安全に予防接種を行うことで、VPDsへの感染・重症化を予防することがこれからますます求められるであろう。日本のアカデミアの叡智を結集して作成された本ガイドラインが“A world where everyone, everywhere, at every age, fully benefits from vaccines for good health and well-being”というIA2030の掲げるビジョンを後押しする一助になることを強く期待したい。
【References】
1)Immunization Agenda 2030: A global strategy to leave no one behind.
https://cdn.who.int/media/docs/default-source/immunization/strategy/ia2030/ia2030-draft-4-wha_b8850379-1fce-4847-bfd1-5d2c9d9e32f8.pdf?sfvrsn=5389656e_69&download=true
2)Gavi-The Vaccine Alliance: Sustainable Development Goals.
https://www.gavi.org/our-alliance/global-health-development/sustainable-development-goals
3)Saitoh A, Okabe N: Changes and remaining challenges for the Japanese immunization program: Closing the vaccine gap. Vaccine. 2021 May 21; 39(22): 3018-3024.
4)日本小児感染症学会(監修): 小児の臓器移植および免疫不全状態における予防接種ガイドライン2014, 協和企画, 2014.
5)日本小児感染症学会(監修): 免疫不全状態にある患者に対する予防接種ガイドライン2024~がん患者、移植患者、原発性免疫不全症、小児期発症疾患に対する免疫抑制薬・生物学的製剤使用者、等~, 協和企画, 2024.
https://www.jspid.jp/guideline/
6)Minds診療ガイドライン作成マニュアル編集委員会: Minds診療ガイドライン作成マニュアル 2020 ver. 3.0, 日本医療機能評価機構 EBM 医療情報部, 2021.
7)Danziger-Isakov L, Kumar D; AST ID Community of Practice: Vaccination of solid organ transplant candidates and recipients: Guidelines from the American society of transplantation infectious diseases community of practice. Clin Transplant. 2019 Sep; 33(9): e13563.
8)Suresh S, Upton J, Green M, et al: Live vaccines after pediatric solid organ transplant: Proceedings of a consensus meeting, 2018. Pediatr Transplant. 2019 Nov; 23(7): e13571.
9)Jansen MHA, Rondaan C, Legger GE, et al: EULAR/PRES recommendations for vaccination of paediatric patients with autoimmune inflammatory rheumatic diseases: update 2021. Ann Rheum Dis. 2023 Jan; 82(1): 35-47.
10)Feldman AG, Beaty BL, Ferrolino JA, et al: Safety and Immunogenicity of Live Viral Vaccines in a Multicenter Cohort of Pediatric Transplant Recipients. JAMA Netw Open. 2023 Oct 2; 6(10): e2337602.
11)Gavi―The Vaccine Alliance: What is the difference between efficacy and effectiveness?
https://www.gavi.org/vaccineswork/what-difference-between-efficacy-and-effectiveness?gad_source=1&gclid=CjwKCAjw57exBhAsEiwAaIxaZiQbpOFDVosX_bSsTy6-8KLkYQ84Se08TLJJmijEFXRFddCS4Nt15RoC8GsQAvD_BwE
12)日本感染症学会 ワクチン委員会・COVID-19ワクチン・タスクフォース: COVID-19ワクチンに関する提言(第4版).
https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/2112_covid-19_4.pdf
13)厚生労働省: 予防接種情報.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/yobou-sesshu/index.html
14)国立感染症研究所: 予防接種情報.
https://www.niid.go.jp/niid/ja/vaccine-j.html
15)Health and Global Policy Institute(HGPI): Immunization and Vaccination Policy Project. A Life Course Approach to Immunization and Vaccination Policy―Five Perspectives and Recommended Actions, June 2021.
https://hgpi.org/en/wp-content/uploads/sites/2/Recommendation_Consolidated_Vaccinations_ENG.pdf
16)Philip RK, Attwell K, Breuer T, et al: Life-course immunization as a gateway to health. Expert Rev Vaccines. 2018 Oct; 17(10): 851-864.
17)Thomas-Crusells J, McElhaney JE, Aguado MT: Report of the ad-hoc consultation on aging and immunization for a future WHO research agenda on life-course immunization. Vaccine. 2012 Sep 14; 30(42): 6007-12.