No. 922021. 11. 08
小児 > レビュー

COVID-19パンデミックと子どもの予防接種

  • 国立成育医療研究センター 小児内科系専門診療部感染症科
  • 船木 孝則

    本稿は執筆者個人の見解であり、所属機関やIDATENの見解ではないことにご留意ください。

    はじめに

    2019年12月の中華人民共和国湖北省武漢市を発端とする新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019;COVID-19)が世界的大流行(パンデミック)の状態となり、1年半以上が経過している。この間にさまざまな対策が取られ、治療薬やワクチンに関しても研究開発が進み、知見が増え、医療従事者が取りうる選択肢も徐々に増えてきつつある。

    COVID-19そのものへの対策が重要なことは言うまでもないが、COVID-19対策の一環として三密(密閉、密集、密接)環境での感染リスクが高まることなどが広く啓発され、また人流を抑制するための対策が講じられてきたことに伴う、社会的な問題も生じてきている。COVID-19対策が開始された2020年当初と比較して、最近では「コロナ疲れ」「コロナ慣れ」などと言われ、協力要請ベースでの緊急事態宣言による感染対策の効力が疑問視もされている。本稿では、こうしたコロナ禍におけるさまざまな影響について、特に小児に焦点を合わせて論じたい。

    COVID-19対策とその直接的・間接的影響

    COVID-19感染拡大防止のために行っているCOVID-19対策が、実際にその他の感染症、特に呼吸器感染症の疫学に影響を及ぼしたことに関する報告が複数なされている[1、2]。例えば、2019/2020年シーズンの日本の季節性インフルエンザの流行は、例年に比べて穏やかだったと報告されている[3]。一般にインフルエンザの流行は気温やウイルスの病原性に影響されると言われているが、それだけでなくCOVID-19対策として取られたさまざまな措置(手指衛生の普及、マスクの着用、三密の回避、国内外における人の移動の制限など)が影響している可能性がある。学校閉鎖や大規模イベントの中止などの措置だけでなく、感染予防に対する国民の意識の変化も影響していた可能性があるとされている[3]。また、小児においてもソーシャルディスタンスを保つことでCOVID-19以外の感染症(中耳炎、細気管支炎、インフルエンザ、胃腸炎など)のリスクも軽減したことが報告された[4]。

    今年(2021/22年シーズン)の流行はどうなるだろうか。一般に南半球のインフルエンザの流行状況は、北半球の冬季のインフルエンザの流行を予測する上で参考になる。豪州からの報告では、2021年の流行シーズンにおいても、インフルエンザ確定患者数やインフルエンザ様症状(influenza-like illness)を呈する患者数が非常に低いレベルで推移したとしている[5]。とはいえ、実際のところ2021年春から夏にかけて、地域差はあるものの、RSウイルス感染症がCOVID-19流行の波への対応と重なって大流行し、小児医療の病床が逼迫した。今シーズンも冬にかけて季節性インフルエンザとCOVID-19の同時流行の可能性がないわけではない。

    実際に、本稿執筆時点(2021年10月)で、北半球でもインフルエンザB型を中心とした流行が起こっている国・地域がある。例えば、インドでは2021年夏にA(H3N2)型が流行し、その後B(ビクトリア系統)にメインが置き換わっている[6]。季節性インフルエンザはvaccine preventable diseases(VPDs)の一つであり、今シーズンの流行に備えてインフルエンザワクチンを接種することは重要である。日本感染症学会も「2021-2022年シーズンにおけるインフルエンザワクチン接種に関する考え方」の中で、インフルエンザワクチンの積極的な接種を推奨している[6]。

    小児のCOVID-19と今後

    小児のCOVID-19は、無症状者や軽症者が多いとされているが、変異ウイルスの出現による重症度の変化まではまだ十分に検討されていないのが現状である。2021年10月現在、日本における新型コロナウイルスワクチンは、その接種適応年齢が12歳以上であることから、12歳未満の小児においてはワクチンによりSARS-CoV-2に対する免疫を獲得することはできない[7]。したがって、全人口に占める小児のワクチン未接種者の割合が相対的に高くなるため、自然罹患する小児が増加することが予想される。社会経済活動の制限と感染対策のバランスを取りながら、小児を取り巻く環境を整えていくことの重要性がますます強調されなければならない。

    ウィズコロナ時代からポストコロナ時代を見据える中で、ソーシャルディスタンスを保つことや体調が悪いときに外出などを避けること、密閉された空間に長時間滞在することを極力避けること、今後さらに新型コロナウイルスワクチンに関する有効性や安全性の知見が増え、ワクチン接種対象となる小児が増加することによって、感染拡大防止や、仮にCOVID-19に罹患しても重症化防止につながることを願う。

    COVID-19流行下における子どもの健康とVPDs

    COVID-19の流行は、COVID-19以外のVPDsに対してどのような影響を与えたのであろうか。日本の後方視的観察研究では、2016年から2020年における4都市(府中市、横浜市、新潟市、長崎市)における小児に接種されたワクチンの回数が評価され、4都市とも全体的な予防接種の傾向に差異はみられなかったものの、2020年4月の緊急事態宣言発出直前またはそれに合わせて、ワクチン接種量の減少が顕著になったとされている[8、9]。一方、同年5月25日に緊急事態宣言が解除される前には、すべての年齢層でワクチン接種のキャッチアップの傾向がみられたとされている。しかし、COVID-19の流行が日本における小児の予防接種に与えた影響があること、接種遅れのためにVPDsに罹患するリスクが上昇することを認識しておきたい[8、9]。

    こうした影響を最小限とするためにワクチン接種記録の効率化や接種記録の自動追跡システム、保護者に対する啓発活動に加えて、小児科医を中心とした医療従事者が一般の方々に適切な情報提供をしていくことがますます重要であろう。一方、VPDsの発生動向についても全国的かつ継続的な把握が必要であり、今後の日本における感染症対策、公衆衛生対策を考える上でも極めて重要な課題であろう。

    次に世界に目を向けてみよう。COVID-19により予防接種が中断された影響を、世界および地域別に、行政データと世界疾病負荷研究(GBD)データを用いたモデルにより推定し、評価した報告がある[10]。この報告では、まず過去の予防接種率データから算出した予防接種率モデルを用いて、COVID-19の大流行がなかった場合の2020年の予想値が算出された。これを2020年の3回目のジフテリア・破傷風・百日咳ワクチン(diphtheria-tetanus-pertussis, third dose;DTP-3)接種率と1回目の麻疹含有ワクチン(measles containing vaccine, first dose;MCV-1)接種率と比較した。その結果として、DTP-3とMCV-1の接種率は、COVID-19がなかった場合に想定される接種率と比較して、世界全体で7%以上低下したと推定された。これは、COVID-19による子どもの予防接種への影響の大きさを示すものであり、同時に将来の感染症発生の潜在的なリスクを浮き彫りにするものであると考える。今後のCOVID-19の流行の推移や新たな変異ウイルスの出現の影響で、まだまだ先が見えない状況であるが、定期予防接種のデータシステムを強化することで、地域レベルでのデータに基づく政策決定を行えるようにすることも重要であろう。

    WHOとUNICEFが行った調査では、2020年には約2300万人の小児が定期的な予防接種の機会を失った(2019年と比較して約370万人増加した)と報告しており、その数は2009年以降最も高い数値であったとしている[11]。予防接種は最も成功している公衆衛生対策の一つであるが、過去10年間で子どもの接種率は停滞している。また、COVID-19の世界的大流行により、保健システムに大きな負荷がかかって疲弊したことに伴い、2020年の接種率は83%となり、前年の86%と比較して3%も低下した。特に低・中所得国では、に示すようにDTPの初回接種(DTP-1)を受けられていない小児の増加が報告されている。さらに、インドでは、DTP-3を完了した小児は91%から85%へと大幅に低下したことが報告された。WHOのImmunization dashboardでは、世界全体や国・地域ごとのVPDsの報告件数やワクチン接種率のデータを見ることができるので、参照していただきたい[12]。

    懸念されているのは、何もアウトブレイクをきたすような流行性疾患だけではない。VPDsの原因微生物の一つであるヒトパピローマウイルス(HPV)に対するワクチンの接種率も世界的に低下していることが示されている。HPVワクチンが導入されている国において、2020年は約160万人の女子のワクチン接種機会が奪われた。また、15歳までのHPVワクチンの最終接種率が世界的に2019年の15%から13%に低下したと報告された[11-13]。さらに、ワクチン接種プログラム対象の女子のHPVワクチン接種率が高いとされる国として、例えば英国、豪州、スウェーデンに注目すると、最終接種まで完了している女子の割合が、順に2019年の84%、79.5%、80.4%から2020年には66%、72%、82%と変化した[14]。一部ではあるが、各国・地域のCOVID-19流行状況や政策などが接種状況に影響していることが示唆された。

    これらのWHO/UNICEFのデータを受けて、GAVI(ワクチンアライアンス)のSeth Berkley氏は、「驚くべき数値であり、パンデミックが長年にわたる予防接種の進展を妨げ、何百万人もの子どもたちをVPDsの危険に曝している。COVID-19の影響で、麻疹やポリオなどの感染症が再興することがあってはならない。ワクチンの世界的かつ公平なアクセスを確保することでCOVID-19に打ち勝ち、予防接種プログラムを軌道に乗せるために、協力する必要がある。世界中の何百万人もの子どもたちとその地域社会の将来の健康と幸福が、この取り組みにかかっている」と述べている[11]。

    表 DTPの初回接種(DTP-1)を受けられていない小児の増加が大きい国と2019年・2020年の未接種者数
    2019年(人) 2020年(人)
    インド 1,403,000 3,038,000
    パキスタン 567,000 968,000
    インドネシア 472,000 797,000
    フィリピン 450,000 557,000
    メキシコ 348,000 454,000
    モザンビーク 97,000 186,000
    アンゴラ 399,000 482.000
    タンザニア 183,000 249,000
    アルゼンチン 97,000 156,000
    ベネズエラ 75,000 134,000
    マリ 136,000 193,000
    (文献11より引用)

    日本は、前述のような低・中所得国に比較すると恵まれた医療環境にある。それでも、私自身も含め、これまでと比べて、医療現場における危機感、一人の人間として今日も明日も変わらず医療の恩恵を受けることができるのかという不安、COVID-19対策による医療機関への負荷による非COVID-19診療へのしわ寄せを実感された方が非常に多いと思う。

    今後の流行状況次第で、国内外での社会経済活動がCOVID-19流行前のように活発化し、人的交流が盛んになっていくことになれば、COVID-19以外の感染症流行も再び起こることが予想される。欧州ではCOVID-19対策の一環として都市封鎖(ロックダウン)が実行された国も多く、COVID-19に加えて、その他の多くのVPDs発生率の減少にも影響した。一方で、前述のように医療・保健サービスへのアクセス制限のため予防接種率が低下したことにより、VPDsに対する感受性者が増加し、ソーシャルディスタンスの緩和や学校再開など人的交流の活発化により、VPDsのアウトブレイクを懸念する報告もある[15]。そのため、接種が遅延した子どもに対するワクチンのキャッチアップを確実に行っていくことが極めて重要である[16、17]。

    小児の成長発達の過程で、子どもの予防接種や乳幼児健診は、病気の予防や早期発見・早期介入という点で非常に重要な役割を果たしており、決して「不要不急ではない」。このことは、厚生労働省もリーフレットを出して啓発している[18]。医療機関や健診会場では、接種や健診をする時間や場所に配慮し、換気・消毒を行うなど十分な感染対策が取られているため、安心して受診してもらえるように周囲の方にお伝えいただきたい。

    おわりに

    小児COVID-19は、概して医学的には「軽症」でも、社会的には「重症」なことが多いと考える。自分たちの意思である意味自由にできてしまう成人と比べ、子どもたちに多くの制限(我慢)を強いているのが現状だと言えよう。私が子どものころと比べると考えられないほどの制限を強いられ、さまざまな意味での大切な成長の機会を奪われていることを認識しなければならない。こうしたコロナ禍の状況であるからこそ、大人であるわれわれが社会全体の問題としてとらえ、今後の波や次なるパンデミックに備えていく必要がある。喉元を過ぎて熱さを忘れてしまわないうちに、喉元過ぎても熱さを忘れないような社会の仕組みの成熟や慣習の醸成を期待したい。


    【References】
    1)Cowling BJ, Ali ST, Ng TWY, et al: Impact assessment of non-pharmaceutical interventions against coronavirus disease 2019 and influenza in Hong Kong: an observational study. Lancet Public Health. 2020 May; 5(5): e279-88.
    2)Sinha P, Reifler K, Rossi M, et al: Coronavirus Disease 2019 Mitigation Strategies Were Associated With Decreases in Other Respiratory Virus Infections. Open Forum Infect Dis. 2021 Mar 20; 8(6): ofab105.
    3)Sakamoto H, Ishikane M, Ueda P: Seasonal Influenza Activity During the SARS-CoV-2 Outbreak in Japan. JAMA. 2020 May 19; 323(19): 1969-71.
    4)Hatoun J, Correa ET, Donahue SMA, et al: Social Distancing for COVID-19 and Diagnoses of Other Infectious Diseases in Children. Pediatrics. 2020 Oct; 146(4): e2020006460.
    5)Australian Government Department of Health: Australian Influenza Surveillance Report and Activity Updates.
    https://www1.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/cda-surveil-ozflu-flucurr.htm#current
    6)日本感染症学会インフルエンザ委員会: 2021-2022年シーズンにおけるインフルエンザワクチン接種に関する考え方.
    https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/210928_teigen.pdf
    7)厚生労働省: 新型コロナワクチン接種についてのお知らせ.
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00218.html
    8)Aizawa Y, Katsuta T, Sakiyama H, et al: Changes in childhood vaccination during the coronavirus disease 2019 pandemic in Japan. Vaccine. 2021 Jun 29; 39(29): 4006-12.
    9)Saitoh A, Okabe N: Changes and remaining challenges for the Japanese immunization program: Closing the vaccine gap. Vaccine. 2021 May 21; 39(22): 3018-24.
    10)Causey K, Fullman N, Sorensen RJD, et al: Estimating global and regional disruptions to routine childhood vaccine coverage during the COVID-19 pandemic in 2020: a modelling study. Lancet. 2021 Aug 7; 398(10299): 522-34.
    11)WHO: COVID-19 pandemic leads to major backsliding on childhood vaccinations, new WHO, UNICEF data shows.
    https://www.who.int/news/item/15-07-2021-covid-19-pandemic-leads-to-major-backsliding-on-childhood-vaccinations-new-who-unicef-data-shows
    12)WHO: Immunization dashboard.
    https://immunizationdata.who.int
    13)WHO: Immunization coverage.
    https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/immunization-coverage
    14)WHO: Human papillomavirus (HPV) vaccine coverage.
    https://immunizationdata.who.int/pages/coverage/hpv.html?CODE=GBR+AUS+SWE&ANTIGEN=&YEAR=
    15)Hungerford D, Cunliffe NA: Coronavirus disease (COVID-19)―impact on vaccine preventable diseases. Euro Surveill. 2020 May; 25(18): 2000756.
    16)Chiappini E, Parigi S, Galli L, et al: Impact that the COVID-19 pandemic on routine childhood vaccinations and challenges ahead: A narrative review. Acta Paediatr. 2021 Sep; 110(9): 2529-35.
    17)Middeldorp M, van Lier A, van der Maas N, et al: Short term impact of the COVID-19 pandemic on incidence of vaccine preventable diseases and participation in routine infant vaccinations in the Netherlands in the period March-September 2020. Vaccine. 2021 Feb 12; 39(7): 1039-43.
    18)厚生労働省: 遅らせないで!子どもの予防接種と乳幼児健診.
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11592.html

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