普通の感染症科医の論文情報収集法
はじめに――趣味は論文集め
論文の収集が好きである。専門家としてガイドラインや教科書に載る前のcutting edgeの部分に追い付いていく必要もあるし、時に面白い視点で自分の診療を変えてくれるような論文に出合うのも楽しいものである。また、COVID-19のパンデミックに対応するには日々変化の速い情報を収集していく必要もある。
筆者はFacebookでつながっている同業者から「いつも論文の情報ありがとうございます」とあいさつされることが多い。SNSにアップするにもさしてネタがない(大した趣味もなく料理や酒の写真をアップする柄でもない)ので、なんとなく見つけた論文や発見した情報のことばかりアップしていたら、いつの間にか「多くの論文情報を集めている人」という位置付けになってしまった。そもそも、われわれ医師の仕事には情報収集が不可欠なもので、ぼちぼちと仕事の一環のつもりでやっている程度の情報収集について開陳するのもおこがましいのだが、自分なりの情報収集法についてご紹介したいと思う。
論文の情報収集法
1.RSS(rich site summary)
のっけからRSSと言われても、何のことやらと思われる向きも多いかもしれない。表題にあるようにrich site summaryの略で、Wikipediaによると「各種のウェブサイトの更新情報を配信するための文書フォーマットの総称」だそうである。RSSリーダーと呼ばれるサービスを用いて配信を受けるのが一般的だ。
イメージがわかない方は適宜検索していただくのがよいと思うが、検索すると「RSS オワコン」と検索候補が出てくるくらい廃れつつある技術となってしまっている。筆者は10年以上RSSを愛用しており、RSSリーダーも複数乗り継いできてしがみ付いているのだが、実に残念なことである。オワコンとうわさされるだけあって、RSSリーダーのサービスは長続きしない。筆者が現在利用しているのはInoreaderというサービスである。インターネットの世界では、自分で欲しい情報を引っ張ってくるRSSのようなサービスが廃れ、向こうが押し付けたい情報が勝手にプッシュされてくるサービスばかりがどんどん進歩しているのは実に嘆かわしいことである。
それはさておき、具体的にどのように情報収集するかというと、自分の利用するサービスで、ジャーナル、ブログ、ニュースサイトなどのRSSフィードを登録するだけである。すると、定期的に発信されている内容が自分のRSSリーダーのダッシュボードに一覧で上がってくるので、それをまとめてチェックできる。筆者はメジャーな総合ジャーナル(NEJM、JAMA、Annals of Internal Medicineなど)と感染症専門のジャーナル(Clinical Infectious Diseases、Open Forum Infectious Diseasesなど)をいくつか登録している。米国CDCのMMWR(Morbidity and Mortality Weekly Report)の新着タイトルもRSSフィードでチェック可能である。
PubMedには検索結果をRSS配信する機能があり、特定の検索式による検索結果で新しい論文がPubMedに登録されると配信されるようにする設定が可能である。詳細はここでは省くが、「PubMed RSS 検索式」などで検索すると方法を解説したサイトが見つかるので参考にしてほしい。ジャーナル公式のRSSがうまく機能しない場合は、この方法でも特定のジャーナルの新着情報を配信させることが可能である。
ジャーナル以外ではニュースサイトも登録している。代表的なところではCIDRAP(Center for Infectious Disease Research and Policy)というミネソタ大学が運営する感染症に関連したニュースのサイトや、ScienceDailyというサイトのInfectious Diseases Newsのヘッドラインを登録してチェックしている。重要な研究結果が著者のコメント、あるいは中立的な立場の識者のコメントを付したかたちで読めるのは便利である。
ジャーナルそのもののタイトルを見るのもなかなか大変なので、重宝するのは重要な論文を紹介しているNEJM Journal Watchである。こちらは重要な論文の簡単な解説付きなので助かる。筆者がFacebookにアップする論文も、ニュースサイトやNEJM Journal Watchで紹介されていたものをさも自分で見つけたような顔して紹介していることが多い。NEJM Journal WatchのサイトではBrigham and Women’s HospitalのPaul Sax先生のブログ“HIV and ID Observations”も連載されており、以前から愛読している。
そんなわけでRSSは大変便利なサービスなのだが、大きな欠点がある。先に述べたようにインターネットの世界の大きな流れに逆らっている先細りな存在のためか、いささかサービスが安定しないのである。RSSリーダーが栄枯盛衰(の中でも主に枯と衰)を繰り返しているというだけではなく、メジャーなジャーナルや公的な機関からの配信であったとしても突然前触れもなしに止まったりするのだ。例えば、今回この原稿の執筆にあたりチェックしていたら、Lancetからの配信がしばらく前から止まっていたことに気付いて修正した(何でしばらく気付かないんだ、ちゃんと読んでいるのか、というツッコミはご勘弁願いたい)。原因は配信するURLの変更などによるようだが、事前にアナウンスされることはほとんどない。先述のように廃れつつあるサービスなので、きちんと人員が割り当てられていないか、かなり適当な扱いになっているのではないかと推測される。なお、NEJMはさすが超一流誌といわれるだけのことはあり、長期間にわたりきちんと配信され続けている。いささか手のかかるツールではあるが、インターネットの情報の海の中、自分で主導権を持って情報を引っ張ってこられるサービスは貴重であり、今後も長く続いてほしいと願っている。
2.SNS(主にTwitter)
大富豪イーロン・マスク氏が買収することで話題のTwitterだが、バズりや炎上、陰謀論の跋扈などの殺伐とした暗黒面に目をやらなければ、論文情報の収集には便利なツールである。個人的なイチオシのアカウントはBrad Spellberg(@BradSpellberg) 先生とAntibiotic Steward Bassam Ghanem????????(@ABsteward)先生である。
Brad Spellberg先生は、昨今の抗菌薬投与期間短縮のムーブメント“Shorter is better”の立役者である。筆者の中では感染症業界のヒーローでありスーパーインフルエンサーだがフォロワーは1.3万人で、アンガールズのジャンピン(オールナイトニッポンポッドキャスト)番組公式アカウントのフォロワー1.9万人より少ないのは解せない。論文の紹介だけではなく、時々米国の感染症科医たちによる議論が行われているのも大変勉強になる。例えば、以前に「フェローのときにS.epidermidisの心内膜炎ではβラクタムはS(susceptible)と返ってきてもHetero-resistanceの懸念があるから使うなよと教わったけど、みんなどうしてる?」という問いかけがあり勉強になった。どのような議論が行われたのかは一度検索してご覧になっていただきたい。
Spellberg先生を含む米国の感染症ツイッタラーたちは#IDTwitterというハッシュタグを付けたツイートをよく投稿されているので、こちらのハッシュタグで検索することで米国の感染症科医の生の声が拾えるのはありがたいことである。筆者は発言を見逃したくない一部のアカウントをリスト化してチェックできるようにしている。日本語で発信しておられる国内の同業の先生方のアカウントももちろんフォローしているが、ここでの紹介は控える。Twitterの活用については他に詳しい方々がたくさんおられると思うので、これ以上は立ち入らない。そもそも筆者はさしてTwitterに詳しくはない。筆者のアカウントは何かって? それは探さないでください。
3.メール配信
もはやメール配信というと、通販サイトで決済時にチェックを外し忘れると勝手に送られてくるものになってしまっているが、ジャーナルによってはタイトルをメール配信しているものもある。筆者のところにはAmerican Society of Microbiology(ASM)から“Journal of Clinical Microbiology”、“Antimicrobial Agents and Chemotherapy”、“Clinical Microbiology Reviews”の三誌のヘッドラインが定期的に配信されている。前二者は基礎寄りの内容も多くさすがにほとんど目を通す時間がないが、Clinical Microbiology Reviews誌は時に筆者のような臨床医にも大いに参考になる重厚長大な臨床的レビューも掲載されるので、メールが来ると欠かさずタイトルだけはチェックするようにしている。
COVID-19パンデミック以降は、厚生労働省の新着情報配信サービスも重宝している。COVID-19パンデミック以降、感染対策担当者はあの迷宮そのもののような厚生労働省のウェブサイトをさまよっていることも多いだろう。このサービスは登録すると1日2回送られてくるのだが、その名の通り厚生労働省のサイトに新着した情報のリンクが並べられているものである。特にCOVID-19に関連した自治体・医療機関向けの情報一覧の更新のお知らせが流れてきた場合は、一度はリンク先を見るようにしている。自分の業務に直接関わる事務連絡が密かに載っていたりするからである。
このメールは「入札公告」「毎月勤労統計調査」「大臣会見概要」等々とにかく情報が多いので、自分が興味を持つ情報が載っていることに気付くまでのハードルが高いのが残念である。Gmailを使用しているなら、アーカイブしたメールの中で横断的に自分の知りたい情報のタイトル(例:厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会)で検索することで、メール配信されたリンクを見つけられる場合もある。
なお、診療報酬改定に関連した情報はあまり載ってこないようで、先日の改定で話題になった感染対策向上加算の要件についての情報を更新するのにはさっぱり役立たなかった。筆者がうまく見つけられていないだけなのかもしれないが。プッシュ型で配信されてくる情報はあくまでもこちらが欲しい情報ではなく、向こうがこちらに届けたい情報であることをよく示しているといえるだろう。
集まった情報の整理と発信
筆者は、文献管理のためにZoteroというややマイナーなソフトを15年ほど用いている。論文や原稿を執筆する際に参考文献の挿入と文献一覧の記載をするためにも文献管理ソフトは必須なので、まだ使われていない方はぜひ何かしら導入されることを強くお勧めしたい。Zoteroの利点は、ブラウザの拡張機能を利用すればブラウジングしながら見つけた論文をワンクリックで取り込める点である。また、論文だけでなくプレプリント、ウェブページ、PDFファイルなども取り込んでおけるので、COVID-19パンデミック以降は重要なプレプリント、CDCなどの公式ページ、診療の手引きなどをそのまま保存して管理することが増えた(なお、他の文献管理ソフトを使ったことがないので、他のソフトに同じ機能があるのかないのか筆者は把握していないのであしからず)。Zoteroは日本語の情報が少なかったのだが、近年利用者が増えたのか日本語で導入方法を解説した資料も増えたので、ぜひ検索してみてほしい。
集めた情報は整理して発信するのが重要だろうが、残念ながら筆者はその点があまり得意ではなく、日常の臨床や感染管理業務のために集めた情報を活用している一実務者にすぎない。また、今回の文章をまとめて気付いたが、筆者は二次情報を多用してしまっている。本来は原著論文に逐一当たってよく吟味するべきであろう。パンデミック対応は情報戦の側面を持つが、論文を一つひとつ正確に読み込んでいく基本に立ち返らねばならないと反省した。 タイトル通り、本稿はごく普通の感染症科医が日常的に行っている仕事の一環としての情報収集を示したものである。これを読んだ師匠から「集めてばかりいないで書きなさい」としかられるのが心配ではあるが、読者がインターネットの広大な情報の海を泳ぐ際に多少なりとも参考になれば幸いである。