東京オリンピックと感染症(3/3)――蚊媒介性感染症
前回は林修先生の「今でしょ!」リバイバル論について述べた。第3回目となる今回は、蚊媒介性感染症について述べたい。
デング熱のアウトブレイク再び?
蚊媒介感染症も流行が懸念されている感染症の一つである。2014年にデング熱が代々木公園を中心に日本国内でアウトブレイクしたことは記憶に新しい[1]。2014年には約1400万人だった外国人観光客が、2017年には2800万人、2020年には4000万人になると予想されているわけであって、海外からデングウイルスが持ち込まれるリスクは2014年よりも高いかもしれない。
さらには、チクングニア熱[2]やジカウイルス感染症[3]の輸入例も報告されており、デング熱と同様にこれらの輸入例を発端とした国内流行が起こる可能性もある。賢明な読者の皆様は「こいつ、自分の論文を引用したいだけなんじゃ……?」という疑いを持たれているかもしれないが、まったくもってその通りなのである。
デング熱などの感染症は、なぜ日本で流行したのか。それは媒介蚊であるヒトスジシマカが日本に分布しているからである。現在、本州の青森県まではヒトスジシマカが生息していることが確認されており、北海道を除く国内でデング熱などが流行しうるということになる。「どうせ2014年に1回流行っただけっしょ~。もう起こんないって~」と思われるかもしれないが、果たしてそうだろうか。大規模なアウトブレイクが起こったのは過去70年の間に1回だけだが、デングウイルスの国内侵入を許したのは、われわれが知るだけで3回もあるのである。
1回目は、2014年のアウトブレイクの1年前のことである。2013年9月に日本を訪れたドイツ人旅行者がドイツ帰国後にデング熱を発症したと報告された[4]。当初は「いやいや、あり得ないっしょ~。ドイツ人、冗談きついわ~」と思われたが、どうやらガチで日本で感染したっぽいことが分かると、関係者には衝撃が走った。このときのデングウイルスは2型であることが分かっており、2014年の1型とは異なる血清型であった(そもそも日本国内ではヒトスジシマカは越冬しないとされ、デングウイルスも冬にはクリアランスされると考えられている)。
2回目は、ご存じの代々木公園を中心としたアウトブレイクである。このとき持ち込まれた1型のデングウイルスは、最終的に日本国内の161人に感染した。実は2014年の国内感染例は「162人」なのだが、残り1人は「アウトブレイクを起こしたウイルスとは異なる、1型のデングウイルス」であったことが分かっている[5]。つまり、これが3回目のデングウイルスの国内侵入ということになる。お分かりいただけたであろうか。デングウイルスは虎視眈々と日本への侵入を狙っているのである。
この原稿を執筆している2018年9月現在、香港でもデング熱のアウトブレイクが起こっている。長洲島(island of Cheung Chau)か、獅子山公園(Lion Rock Park)のいずれかで感染しているようである。香港でも日本と同様に公園が流行の中心地となっている点は興味深い。公園は人と蚊がトゥギャザーする場所であり「ルー大柴=アウトブレイク」の定理がやはりここでも成り立つのである。
流行の規模はデング熱と比べると小さいものの、チクングニア熱とジカウイルス感染症も日本での流行が懸念される。特にジカウイルス感染症は先天性ジカウイルス感染症の問題もあり、国内流行すれば大きな問題となりうる。
流行予防のため、防蚊対策の指導と早期診断を!
蚊媒介感染症の侵入を防ぐためにできることはいくつかあるが、われわれ医療従事者にできることは防蚊対策の指導と早期診断である。予防相談などで受診するデング熱流行地域へ渡航する人に、防蚊対策について十分な説明を行うことで、海外でデング熱に罹患する人を減らすことができるかもしれない。具体的には、(1)蚊が多い時間・時期・場所を避ける、(2)肌の露出を最小限にするため長袖・長ズボンを着用する、(3)防虫剤を適切に使用する、(4)蚊帳の使用などが挙げられる。
(3)の防虫剤の使用は特に重要である。DEET(N, N-ジエチル-3-メチルベンズアミド)やイカリジンを含む防虫剤を適正な間隔で使用して、蚊に刺されることを防ぐように説明する。かつては防虫剤のDEET濃度は最大12%のものしか国内では販売されていなかったが、現在では30%製剤も販売されており、これを使用する場合は5~6時間ごとに塗布するよう指導すればよい(ただし、汗をかいたり雨に濡れたりしたら、そのつど塗り直す)。
また、輸入デング熱患者の早期発見もわれわれにできる流行予防の一つである。デング熱などの感染者は発熱をしている時期(発症1~7日目くらい)にウイルス血症になっており、この期間に蚊に咬まれることによって国内の蚊がウイルスを増幅させ他の人に伝播する。したがって、なるべく早い時期にデング熱と診断し、患者が蚊に咬まれないように指導することが重要である。
また、自治体マターではあるが、サーベイランスやベクターコントロールが重要であり、現在東京都も図のようなポスターを作成し対策しているところである。「蚊も無く、孵化も無し!」という素晴らしいキャッチコピーは、小池都知事にはなぜか不評であったとのうわさである。
図 東京都福祉保健局の「蚊の発生防止強化月間」啓発ポスター(平成30年)
というわけで、3回にわたって東京オリンピック・パラリンピックと感染症とルー大柴について述べた。さんざん書いておきながら何だが、実はこれまでのオリンピックで髄膜炎菌感染症や麻疹、風疹、蚊媒介性感染症が流行したことはない。だったらこの原稿はなんだったんだという感じだが、まあこれまでのオリンピックで流行しなかったからと言って東京オリンピック・パラリンピックでも何もないとは限らないのであり、このオリパラ準備を名目に国内の感染症対策を充実させるチャンスでもあるのではないだろうか。というわけで、2020年に向けて日本の医療従事者でトゥギャザーして、しっかりと備えていきたい。
【References】
1)Kutsuna S, Kato Y, Moi ML, et al: Autochthonous dengue fever, Tokyo, Japan, 2014. Emerg Infect Dis. 2015 Mar; 21(3): 517-20.
2)Kutsuna S, Kato Y, Katanami Y, et al: A Retrospective Single-center Analysis of 16 Cases of Imported Chikungunya Fever in Japan. Intern Med. 2018 Feb 1; 57(3): 325-8.
3)Kutsuna S, Kato Y, Takasaki T, et al: Two cases of Zika fever imported from French Polynesia to Japan, December 2013 to January 2014 [corrected]. Euro Surveill. 2014 Jan 30; 19(4).
4)Schmidt-Chanasit J, Emmerich P, Tappe D, et al: Autochthonous dengue virus infection in Japan imported into Germany, September 2013. Euro Surveill. 2014 Jan 23; 19(3).
5)Tajima S, Nakayama E, Kotaki A, et al: Whole Genome Sequencing-Based Molecular Epidemiologic Analysis of Autochthonous Dengue Virus Type 1 Strains Circulating in Japan in 2014. Jpn J Infect Dis. 2017 Jan 24; 70(1): 45-9.