MRSA感染症の治療(バンコマイシンを中心に)(1/3)
本号は3分割してお届けします。
はじめに
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus;MRSA)は日常診療で高頻度に遭遇する最も有名な多剤耐性グラム陽性球菌であり、病原性も高く、皮膚軟部組織感染症や骨髄炎、感染性心内膜炎、カテーテル関連血流感染症など様々な感染症を引き起こすため問題となります。
このミニレビューでは、現在でもMRSA治療の中心である抗MRSA薬バンコマイシンについて書いていきたいと思います。黄色ブドウ球菌感染症については共著者が既に過去のミニレビューで取り上げていますが、今回はバンコマイシンを議論の中心に据え、さらに新しい知見も加えたアップデート版としてお届けします。
3回シリーズとして、第1回目は安易に「バンコマイシン無効」としてバンコマイシンの使用をあきらめてしまう前に気を付けるべきポイントについて。そして第2回目以降では「難しい局面(1)、(2)」として、第2回目ではバンコマイシンのMICが高い場合の治療について(代替薬であるダプトマイシンやリネゾリドの選択についても)、第3回目では侵襲性感染症に対する併用療法について見ていきたいと思います。
今回のテーマ:「バンコマイシン無効」としてしまう前に気を付けるべきポイント
MRSA感染症治療において、適切な抗菌薬を選択することはもちろん重要です。しかし、抗菌薬の選択以外にも気を付けなければならないことがあり、それがきちんと守られていないことには、どんなに使用する抗菌薬を吟味しても、治療成功の可能性は低くなってしまいます。
初回である今回は、安易に「バンコマイシン無効のため、ダプトマイシンやリネゾリドなどの他剤に変更」としてしまう前に気を付けるポイントについて見ていきたいと思います。
検出したMRSAはただの保菌ではないか?他のフォーカスや原因菌はないか?
MRSAに限らず、治療選択肢が限られる多剤耐性菌が検出された際には、「検出された菌は保菌されているだけであり、他に本当のフォーカスや原因菌があるのでは?」と一度立ち止まって考えることが重要です。この判断を誤ると、保菌しているだけのMRSAに対してバンコマイシンが開始され、患者は良くならず、バンコマイシン無効であり他剤へ……と、どんどん違う方向に進んでいってしまいます。具体例としては、実際には緑膿菌による尿路感染症であるのに、喀痰から少量検出された、ただ定着しているだけのMRSAにばかり気を取られてしまい、緑膿菌カバーが外れてしまっているため治療がうまくいかない、といったことがあります。
このような事態を避けるには、MRSAがどのような患者で感染リスクが高く、どのような感染フォーカスを取りやすいのか(どのようなときは保菌であることが多いのか)を、あらかじめ知っておくことが重要です。基本的に、MRSAが人工呼吸器などのリスクのない患者の喀痰や尿、便などから検出された際には、保菌のことが多いと考えられているので、臨床症状やグラム染色をもとにした的確な評価が望まれます。
人工異物は除去したか?ドレナージの必要はないか?
入院セッティングでは中心静脈カテーテルなどの人工異物が留置されることが少なくありませんが、ひとたび感染を起こしてしまった場合には、人工異物の除去が推奨されます。ある報告では、黄色ブドウ球菌による菌血症患者において、異物を除去しなかった群では除去した群と比べて、有意に治療失敗率・死亡率が高かったとされています(56% vs 16%)[1]。
中心静脈カテーテルをどうしても温存したいときに、カテーテルの内腔を抗菌薬含有の溶液で満たすことで殺菌効果を期待する、抗菌薬ロック療法というものもありますが、その治療成功率は菌種によって大きく異なっており、黄色ブドウ球菌の場合には治療失敗率が高いため、避けるべきとされています[2]。このように、バンコマイシンの選択の問題以前に、可能な限りの異物の除去が重要です。
また、膿瘍についても、菌と壊死組織の塊であるその中心部に抗菌薬は到達できないため、ドレナージの必要があります。ドレナージを行わずに抗菌薬だけで治療をした場合には、治療失敗の可能性が高まりますし、仮に成功したとしてもかなり長い治療期間が必要となります。加えて、ドレナージによって原因菌についての微生物学的な情報も得られるため、長期間の治療期間を要する膿瘍治療において、いたずらに広域スペクトラムでの治療開始を避けるためにも重要です。膿瘍形成されている場合においても、バンコマイシンの選択の問題以前に、適切なソースコントロールが重要です。
抗菌薬の投与設計は問題ないか?
バンコマイシンは、ご存じの通り血中濃度測定(トラフ値測定)が必要な薬剤です。バンコマイシンによるMRSA感染症治療を成功させるためには、15~20μg/mLのトラフ値となるよう投与設計を立て、低くなりすぎたり、高くなりすぎたりしないよう投与量を調整します。
なお、バンコマイシンの投与設計において、しばしばバンコマイシンのMICが高いMRSA株についての議論がPharmacokinetics/Pharmacodynamics(PK/PD)の観点から出てきますが、この点については第2回で取り上げます。
通常の治癒過程ではないのか?
実際にはバンコマイシンの効果があり、通常の良好な治癒過程をたどっているだけにもかかわらず、その過程を知らないために早とちりして、「バンコマイシン無効」としてしまっている場合も少なくありません。具体例として、感染性心内膜炎の治癒過程においては、血液培養の陰性化まで1週間程度かかることがよくあります。治療効果の判断は、いたずらに解熱やCRP値をもって行うのではなく、基本的にはバイタルサインなど全身状態の改善や血液培養の陰性化をもって行うようにします。
治癒期間は十分か?
MRSAを含む黄色ブドウ球菌が血液培養で陽性となった際には、抗菌薬の経静脈投与で2~4週間の治療が必要ですが、特定の合併症が併存している場合には、より長期間の治療が必要です。短期間のみの治療では再燃やさらなる合併症の併発のおそれがあり、これがバンコマイシンの選択の問題と誤解されることがあります。
合併症に気付かず治療を短期間で終了し、治療に失敗してしまうことを避けるためには、長期間の治療が必要な合併症の存在を念頭に置き、それらの検索を積極的に行っていくことが重要です。具体的には、6週間の治療が必要な感染性心内膜炎や、8週間の治療が必要な骨髄炎(慢性骨髄炎の場合は、さらに長い12週間以上の治療とデブリードマンが必要)などがあります。
しかし、これらの合併症は得てして診断を付けづらいところが問題です。なぜなら、心内膜炎における経胸壁エコーの感度の低さや、骨髄炎における発症初期の画像所見の乏しさなどから分かるように、画像や検査で一発診断……と簡単にいかないことも多いからです。よって、病歴や身体所見、Duke診断基準などの診断クライテリアなどを統合して丁寧に吟味し、漏れなく診断していくことが必要です。
ポイント
- 「バンコマイシン無効」としてしまう前に、気を付けるべきピットフォールがある。
- 保菌かどうかの判断、人工異物除去やドレナージの施行、バンコマイシンの適切な投与設計、通常の治癒過程の理解、長い治療期間を要する合併症の除外などが重要である。
【References】
1)Fowler VG Jr, Sanders LL, Sexton DJ, et al: Outcome of Staphylococcus aureus bacteremia according to compliance with recommendations of infectious diseases specialists: experience with 244 patients. Clin Infect Dis. 1998 Sep; 27(3): 478-86.
2)Mermel LA, Allon M, Bouza E, et al: Clinical practice guidelines for the diagnosis and management of intravascular catheter-related infection: 2009 Update by the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis. 2009 Jul 1; 49(1): 1-45.
3)岡 秀昭・編: 感染症クリスタルエビデンス(印刷中), 金芳堂, 2018, p.90-8(第3章1~3).