No. 612017. 07. 11
成人 > レビュー

非専門医のためのHIV定期外来診療の手引き

日本赤十字社医療センター 感染症科副部長

上田 晃弘

年度が変わり、新たに外来でHIV診療を始めた方もいるだろう。前任者から引き継いで、すでにART(antiretroviral therapy)が開始され、安定している患者の定期外来を継続することも多いと思われる。そうした方へ向けて、初診時のマネジメントやARTの新規導入ではなく、安定した定期外来でのチェックポイントをまとめてみた。

抗HIV療法関連

すでにARTが開始され、安定しているケースを想定しているので、ARTの詳細には触れないが、よく使用される抗HIV薬の特徴を簡単にまとめた(表1)。

表1 第一選択薬あるいは代替薬として推奨される抗HIV薬の特徴
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1.CD4数とHIV-RNA量の確認

外来の通院間隔はおおむね1~3か月ごとで、毎回CD4数とHIV-RNA量を検査していることが多い。治療が軌道にのって 安定している場合は、HIV-RNA量は検出感度以下のはず。治療開始後長期に安定していれば、多くの場合、CD4数は200 /μL以上になっている。もし、それまでHIV-RNA量が検出感度以下であったにもかかわらず検出されるようになれば、治療失敗の可能性を考える。この場合に原因として最も可能性が高いのは内服が不十分であったことであり、これを確認する。

HIV-RNA量が低値で、かつ内服がきちんとできている場合であれば、ブリップ(blip:間欠的に測定感度以上の低レベルのHIV-RNA量が検出されること)の可能性が高い。この場合はアドヒアランスを再確認し、次回のHIV-RNA量を確認する。ブリップでは、HIV-RNA量は多くの場合400コピー/mL未満とされる。もし、HIV-RNA量がさらに増加し、持続的に検出される場合は、耐性化を考慮して耐性検査を提出する(耐性検査は3か月に1度まで保険適用)。

なお、ウイルス学的な治療失敗の定義は、①治療開始後24週たってもHIV-RNA量が検出感度以下にならない場合、②検出感度以下になっていたHIV-RNA量が2回連続200コピー/mL以上検出された場合、とされている。

2.アドヒアランスの確認

内服をきちんと(100%)できているかの確認を行う。内服できていないことがあれば、その理由も確認する。忘れてしまうのであれば、忘れずに内服できるようにする方策を考える。具体的には、ライフスタイルに合わせた内服時間の再検討やリマインダーとしてのアラームの活用などが考えられる。耐性ウイルスでなければ、現在のARTに使われる強力な薬剤を内服すれば治療はほぼ成功すると思われる。内服しないことには治療の成功はなく、あらためてアドヒアランスの重要性を患者と共有する。

日和見疾患予防

日和見疾患に対する予防内服を行っている場合は、内服を中止できるかどうかを検討する。一次予防では、それぞれ以下の場合に終了できる。

・ニューモシスチス肺炎予防:3か月以上にわたってCD4数が200/μL以上の場合
・トキソプラズマ脳症予防:3か月以上にわたってCD4数が200/μL以上の場合
・播種性MAC(Mycobacterium avium complex)感染症予防:3か月以上にわたってCD4数が100/μL以上の場合

その他のヘルスメンテナンス

HIV診療では抗HIV療法や日和見感染症の予防・治療が重要であることはもちろんだが、優れた抗ウイルス薬の開発によってHIV感染症のコントロールが良好になり、非感染性合併症を含めたヘルスメンテナンスが重要になってきている。アメリカ感染症学会内のHIV medicine association(HIVMA)によるHIV感染者を対象としたプライマリケアのガイドラインでは、定期外来で行うべきヘルスメンテナンスがまとめられている。参考として表2に示す[1]。

表2 成人のHIV診療でルーチンに行うべきヘルスメンテナンス
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1.非感染性合併症のマネジメント――特にARTと薬剤との関連について

HIV感染症は長期のコントロールが可能となり、慢性疾患としての様相を帯びてきている。外来通院が長期になり、非感染性合併症のマネジメントも重要になってきている。欧州エイズ臨床学会(EACS)のガイドラインでは、非感染性合併症として心血管系疾患、高血圧、脂質異常症、糖尿病、呼吸器疾患、肝疾患、腎疾患、骨粗鬆症、認知機能障害、うつ病、がんのスクリーニングが記載されている。該当箇所の抜粋を表3に示す[2]。

表3 成人のHIV診療における非感染性合併症のフォローアップ
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リスクアセスメントやスクリーニングの方法はアメリカと欧州でいくらかは異なるだろうし、必ずしも上記に従わなければならないわけではない。各疾患のマネジメントは、むしろHIV診療に特化した部分は少なく、一般的な定期外来で行われている日常診療と同じ部分が多い。がんのスクリーニングなど自治体で行われている検診も活用できる。

各疾患の詳細なマネジメントはそれぞれのガイドラインに譲り、ここでは特にARTに関連して注意すべき点をいくつか示す。

  • 高血圧:アムロジピン、ベラパミル、ジルチアゼムなどのカルシウム拮抗薬は、PIとの併用で血中濃度が上昇し、EFVとの併用で血中濃度が低下する。臨床効果を見つつ用量を調整する。
  • 糖尿病:メトホルミンはDTGとの相互作用が知られており、血糖値や消化器症状を評価しながら用量を調整する。1日当たり1000㎎以上にはしない。
  • 脂質異常症:RTVでブーストされたPI、EFVの副作用として脂質異常症が見られる。この場合はARTの変更で改善が期待できる。スタチンはPI、NNRTI、EVG/COBIとの併用で用量調整が必要など、注意すべきものが多い。シンバスタチン(リポバス®)はすべてのPIとEVG/COBIで併用禁忌。ややこしいので、そのつど添付文書で確認する。
  • 骨粗鬆症:NRTIには骨密度の低下と関連があるとされるが、TDFを含んだ場合にその程度が最も強いとされている。アメリカ保健福祉省(DHHS)のガイドラインでは、TDFを内服中の慢性腎臓病患者では血清リンのモニタリングを行うことが推奨されている[3]。
  • 腎障害:HIV感染者は慢性腎臓病の有病率が高い。TDFによる腎機能障害、尿細管障害に注意する。TDF内服中では6か月ごとに尿蛋白と尿糖を測定する。COBIやDTGで血清Crの上昇が見られることがあるが、腎機能に影響は与えないとされている。
  • 喘息:RTVブーストのPIと吸入薬・点鼻薬(ブデソニド、フルチカゾン、モメタゾン)の併用は副腎不全とクッシング症候群のリスクがあり、他のステロイド(ベクロメタゾン:キュバール®など)を検討する。EVG/COBIも注意。PI、EVG/COBIとサルメテロールは血管系合併症のリスク上昇の可能性があり併用不可。
  • 制酸薬:ATV、RPVとPPIは併用禁忌。INSTIとアルミニウム、マグネシウム、カルシウム含む制酸薬の併用では投与間隔を空ける。

2.性感染症や他の感染症に関するマネジメント

梅毒、クラミジア、淋菌、女性ではトリコモナスのスクリーニングを行う。性感染症のリスクがある患者では年に1回スクリーニングを行うが、よりリスクの高い場合(例えば、不特定多数のパートナーがいる、コンドームを使用しない性交渉を行う、他の性感染症があるなど)には、短い頻度でのスクリーニングを検討する。

肝炎ウイルスについてはA型肝炎、B型肝炎、C型肝炎のスクリーニングを行う。感染していない、あるいは抗体がない場合には、A型肝炎(リスクに応じ)、B型肝炎のワクチン接種を行う。C型肝炎についてはリスクがあれば年1回抗体検査を行う。

ワクチンで予防できる疾患についてはワクチン接種を検討する。アメリカのHIV診療におけるプライマリケアのガイドラインからの抜粋を表4に示す[1]。接種に当たっては本邦のワクチン事情などに鑑み、選択する。

表4 成人のHIV患者で検討すべきワクチン
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以上、簡単にHIV診療の定期外来で気を付けたいことについて記載した。実際のところ、筆者は定期的なヘルスメンテナンスを忘れがちなこともあり、あらためてまとめてみようと思ったのが今回の執筆のきっかけである。何かのお役に立てれば幸いである。


文中で使用した略語

ATV:アタザナビル、COBI:コビシスタット、DTG:ドルテグラビル、EFV:エファビレンツ、EVG:エルビテグラビル、INSTI:インテグラーゼ阻害薬、NNRTI:非核酸系逆転写酵素阻害薬、NRTI:核酸系逆転写酵素阻害薬、PI:プロテアーゼ阻害薬、PPI:プロトンポンプ阻害薬、RPV:リルピビリン、RTV:リトナビル、TDF:テノホビル

おまけ①:よく参考にするサイトや文献

  1. HIV感染症「治療の手引き」
    診療に必要な情報が簡潔に記載されている。日本エイズ学会の年次総会ごとに改訂されており、本稿執筆時点で第20版が公開されている。まず読むとすればこれ。EACSのガイドラインのより詳しい表も記載されている。
    http://www.hivjp.org/guidebook/
  2. 抗HIV治療ガイドライン
    日本のHIV感染症のガイドラインで、本稿執筆時点では2017年3月発行のものが最新。簡潔に記載されている①に比べて、こちらはガイドラインであり、より詳細に記載されている。
    http://www.haart-support.jp/guideline.htm
  3. 抗HIV薬Q&A
    厚生労働行政推進調査事業費補助金(エイズ対策政策研究事業)「HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班」内のサイト。海外旅行に当たっての内服時間の調整の仕方の実例なども記載されている。http://www.haart-support.jp/information/all_qa.htm
  4. AIDS info
    アメリカのHIVに関するガイドラインがまとまったサイト。成人のマネジメントのガイドラインである“Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents”は全288頁もあるが、その分、詳細に記載されている。薬物相互作用の表もある。日和見感染症のガイドライン、小児のガイドライン、母子感染予防のガイドラインなども充実している。
    https://aidsinfo.nih.gov/guidelines
  5. hivma
    アメリカ感染症学会内のHIV medicine association(HIVMA)によるガイドラインがまとまったサイト。この中のプライマリケアガイドライン2013年アップデート版は、外来でのマネジメントを考えるうえでとても参考になる。HIV患者における慢性腎臓病のガイドラインもある。http://www.hivma.org/HIV_Guidelines/
  6. EACS guidelines
    欧州エイズ臨床学会(EACS)によるガイドライン。本稿執筆時点では2017年1月版が公開されている。こちらも全96頁とボリュームがあるが、項目ごとに表を中心にまとまっており見やすい。http://www.eacsociety.org/guidelines/eacs-guidelines/eacs-guidelines.html

おまけ②:本文に関連した資料

表 チェックリスト

ARTとOI関連
□ CD4数とHIV-RNA量のチェック:毎回
□ アドヒアランスの確認:毎回
□ 日和見疾患予防薬(PCP、Toxoplasma、MAC):CD4数が上がれば中止できる
□ 薬物相互作用チェック:特にART内服中に新たに薬剤を処方する場合

STDや他の感染症関連
□ 梅毒、淋菌、クラミジアのスクリーニング:年1回あるいはリスク次第
□ C型肝炎のスクリーニング(HCV抗体):リスクがあれば年1回
□ インフルエンザワクチン:毎年
□ 肺炎球菌ワクチン
□ B型肝炎ワクチン:免疫がないあるいは既往がなければ
□ A型肝炎:免疫がなくリスクが高ければ

非感染性合併症関連
□ 脂質(TC、LDL-c、HDL-c、TG):年1回
□ 血糖(FBS/HbA1c):年1回
□ 肝機能(AST、ALT、ALP、T-bil):3‐12か月ごと
□ 腎機能(eGFR、尿蛋白):3‐12か月ごと
□ リスク評価(心血管系、肝疾患、腎疾患、骨粗鬆症):年1回
□ 血圧:年1回
□ 子宮頸がんのスクリーニング:年1回
□ 乳がんのスクリーニング:年1回
□ その他のがんのスクリーニング:適時、自治体の検診も利用
□ うつ病のスクリーニング:年1回
注)項目の内容や頻度は、個々の患者の状態や合併症の有無により適時調整する。

【References】
1)Aberg JA,Gallant JE,Ghanem KG,et al:Primary care guidelines for the management of persons infected with HIV:2013 update by the HIV medicine association of the Infectious Diseases Society of America.Clin Infect Dis.2014 Jan;58(1):e1-34.
2)European AIDS Clinical Society(EACS):EACS Guidelines.
http://www.eacsociety.org/guidelines/eacs-guidelines/eacs-guidelines.html
3)DHHS Panel on Antiretroviral Guidelines for Adults and Adolescents:Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents,2016.
https://aidsinfo.nih.gov/guidelines/html/1/adult-and-adolescent-treatment-guidelines/0/

 

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