トキソプラズマ症(3/3)――先天性トキソプラズマ症
はじめに
前回までトキソプラズマ急性感染とトキソプラズマ脳炎を中心に、後天性トキソプラズマ症について概説した。最終回は、先天性トキソプラズマ症について述べる。
先天性トキソプラズマ症はTORCH症候群の一つ(T=Toxoplasma)で、妊娠経過中に母体がトキソプラズマに初感染した際に生じることがある。日本人のトキソプラズマ抗体陽性率は年齢x(0.1~1)%(例えば、30歳では3~30%)と年齢とともに上昇し[1]、妊婦のトキソプラズマ抗体保有率は全体で10.3%、35歳以下では9.6%と報告されている[2]。トキソプラズマに感染したことのない妊婦が約9割を占めており、妊娠中の初感染を起こしうる。しかし、妊娠初期のトキソプラズマ抗体検査は任意であり、先天性トキソプラズマ症の存在そのものを知る機会が多くないのが現状である。日本小児感染症学会の全国調査によると、先天性トキソプラズマ症の発生件数は年間5~10例程度報告されているが[3]、これはごく一部と考えられている。妊婦の初感染率(0.13%)と出生率から、おそらく年間100~1000人程度の先天性トキソプラズマ症児の出生が推測されており、今後も注意する必要がある[4]。
妊婦の初感染時期と先天性トキソプラズマ症の重症度・症状
トキソプラズマに未感染の妊婦が妊娠中にトキソプラズマの初感染を受け、経胎盤的に胎児に感染すると、先天性トキソプラズマ症を起こす。胎児への伝播率は、妊娠第1期、第2期、第3期の感染でそれぞれ15%、30%、60%と漸増すると報告されている[5]。妊娠初期の感染では胎児伝播率が低いが、胎内死亡や流産を起こしやすい。重症の先天性トキソプラズマ病児の出生リスクが最も高いのは、妊娠10~24週の母体感染である[5]。一方、妊娠後期の感染では胎児伝播率が高いが、症状は軽く出生児に症状が見られないことが多い。出生時に不顕性感染であっても小児期以降に発症することがあり、適切なフォローアップを要する。
四大徴候として、水頭症、網脈絡膜炎、脳内石灰化、精神運動障害が知られている。ただし、流産を含めたこれら重度の徴候を認めるのは主に第1期での感染であり、妊娠後期で感染した場合、胎児に感染が成立しても70~90%は出産時無症状である[6]。その他、肝脾腫や黄疸など非特異的な症状を認めることもある。また、出生時は無症候であっても遅れて症状を認めることが知られており、未治療であった先天性トキソプラズマ症の90%で遅発性の網脈絡膜炎を呈したとの報告もある。この網脈絡膜炎は0~20.7歳で発症し、7~13歳にピークがあると報告されている[7]。
診 断
詳細は成書に譲る。検査結果の解釈は慎重に行われるべきであり、専門家へのコンサルトが必要な疾患である。スクリーニングと診断には、母体の血清トキソプラズマ抗体が用いられる。IgM陽性例や妊娠後遅れてのIgG陽性は初感染の可能性があるが、偽陽性の可能性もあり、単独での確定診断はできない[8]。羊水検査を行うかどうかなど、さらなる精査を検討する必要がある。
治 療
原則、専門家に相談する。治療薬のうち、スピラマイシン(アセチルスピラマイシン®)は国内承認されているが、ピリメサミンやスルファジアジンなどは国内未承認薬であり、通常は入手困難である。熱帯病治療薬研究班(http://trop-parasit.jp/index.html)薬剤使用機関に相談する必要があるが、場合によっては年単位の治療が必要となるため、個人輸入を併用して治療を継続しないといけないケースもある。個人の経済的負担の問題もあり、こういった薬剤の入手が国内で容易になるよう引き続き国内で啓蒙していく必要がある。
治療レジメンに関しては時期や専門家によりやや異なる。適切なタイミングで治療を行うことで、垂直感染を60%予防する効果が報告されており、胎児感染した場合でも重症化を5~30%減少させて予後を改善するとされている[9~10]。
予 防
トキソプラズマに未感染の妊婦においては、感染の予防が最も重要である。トキソプラズマの主な感染経路は、ネコの糞便中のオーシストや食肉中のシストの経口感染である。ネコの糞便に汚染された可能性のあるものとの接触(特に猫砂の処理やガーデニング)を避ける。オーシストの成熟には1~2日かかるので、毎日猫の糞便を処理する。やむを得ない場合は、手袋を着けるなどの対策が有効である。
生肉を扱う際は粘膜面に触れないようにし、生肉を扱った後は手洗いやキッチンの表面と調理器具の洗浄に気をつける。また、食肉は-20℃で少なくとも48時間冷凍するか、67℃で(内部がピンク色でなくなるまで)よく加熱する[11]。乾燥肉や燻製肉、塩漬肉は摂取しない。野菜や果物は食べる前に水洗いするなどの対策が有効である。
現在、妊婦検診でのトキソプラズマ抗体検査は任意であり、検査を勧める施設もあるが、本人の希望がなければ必ずしも検査されない。治療の早期開始にて先天性トキソプラズマ症の発症を防ぐ、あるいは症状を減らすことができるとされており、妊婦検診における抗体検査のルーチン化による早期発見が望まれる。
まとめ
- 先天性トキソプラズマ症は、妊娠中にトキソプラズマの初感染を受けた際に生じる。
- トキソプラズマに未感染の妊婦にとって、経口感染の予防が重要である。
- ネコの糞便に汚染された可能性のある土壌や水、加熱不十分な食肉を避けることが有用である。
追 記:
先天性トキソプラズマ(および先天性サイトメガロウイルス感染症)の患者会としてトーチの会(http://toxo-cmv.org/about_meisyo.html)がある。
【References】
1)矢野明彦・編著,青才文江,野呂瀬一美・共同執筆:日本におけるトキソプラズマ症,九州大学出版会,2007.
2)Sakikawa M,Noda S,Hanaoka M,et al:Anti-Toxoplasma antibody prevalence,primary infection rate,and risk factors in a study of toxoplasmosis in 4,466 pregnant women in Japan.Clin Vaccine Immunol.2012 Mar;19(3):365-7.
3)Torii Y,Kimura H,Ito Y,et al:Clinicoepidemiologic status of mother-to-child infections:a nationwide survey in Japan.Pediatr Infect Dis J.2013 Jun;32(6):699-701.
4)日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会:産婦人科診療ガイドライン産科編2014,日本産科婦人科学会,2014.
5)Remington JS,Klein J,Baker C,et al:Infectious Diseases of the Fetus and the Newborn Infant,6th edition,Saunders,2005.
6)Guerina NG,Hsu HW,Meissner HC,et al:Neonatal serologic screening and early treatment for congenital Toxoplasma gondii infection.The New England Regional Toxoplasma Working Group.N Engl J Med.1994 Jun 30;330(26):1858-63.
7)Wallon M,Garweg JG,Abrahamowicz M,et al:Ophthalmic outcomes of congenital toxoplasmosis followed until adolescence.Pediatrics.2014 Mar;133(3):e601-8.
8)Montoya JG,Liesenfeld O:Toxoplasmosis.Lancet.2004 Jun 12;363(9425):1965-76.
9)Roizen N,Swisher CN,Stein MA,et al:Neurologic and developmental outcome in treated congenital toxoplasmosis.Pediatrics.1995 Jan;95(1):11-20.
10)Foulon W,Villena I,Stray-Pedersen B,et al:Treatment of toxoplasmosis during pregnancy:a multicenter study of impact on fetal transmission and children’s sequelae at age 1 year.Am J Obstet Gynecol.1999 Feb;180(2 Pt 1):410-5.
11)Dubey JP,Kotula AW,Sharar A,et al:Effect of high temperature on infectivity of Toxoplasma gondii tissue cysts in pork.J Parasitol.1990 Apr;76(2):201-4.