ATS/IDSAによる新しい院内肺炎・人工呼吸器関連肺炎ガイドラインの概要
はじめに
アメリカ呼吸器学会(American Thoracic Society:ATS)およびアメリカ感染症学会(Infectious Diseases Society of America)による院内肺炎(hospital acquired pneumonia: HAP)および人工呼吸器関連肺炎(ventilator associated pneumonia:VAP)ガイドラインが11年ぶりに改訂された(以下2016年ガイドラインと呼ぶ)[1、2]。といっても、そのガイドラインのタイトルからは2005年のATS/IDSA合同ガイドライン(以下2005年ガイドラインと呼ぶ)にあった”healthcare-associated pneumoniae(HCAP、医療関連肺炎)”が消えている。HCAPはどこに行ったのだろうか。リニューアル第1号のKansen Journalでは、このガイドラインの改定の要点を紹介する。
ガイドライン改定の要点
2016年ガイドラインの改定の要点を表 1に示す。GRADEシステムやHCAPの削除を含め、多数の「改訂の目玉」が見られる。
表1 2016年ガイドライン改訂の要点
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HCAPはなぜガイドラインから消えたか
2005年ガイドラインでは、HCAP(表 2)は多剤耐性菌(multidrug resistant:MDR)リスクの一つとして定義された。しかし2005年ガイドライン発表後、HCAPはMDRのリスクではないとする研究結果が多数報告された[3-7]。さらにMDRのリスクは患者と医療行為・医療機関との関係に限らず、基礎疾患などさまざまな患者背景と関連することも報告された。HCAPは病院外で発生し、救急外来で初療が行われることも多い。米国では今後発表予定の市中肺炎ガイドラインに含められると予想されている。また逆にいえば2016年ガイドラインはHCAPが外れたことで、よりMDRを意識しなければならない肺炎(HAP/VAP)について特化した内容になっているとも考えられる。
表2 2005年ガイドラインで定義されたHCAPの条件
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原因微生物の診断方法
2005年ガイドラインでは、1)すべてのVAP患者は血培を採取すること、2)HAP患者では気管内吸引、気管支肺胞洗浄(bronchoalveolar lavage sample:BAL)、または検体保護気管支鏡擦過(protected specimen brush sample:PSB)のいずれかで下気道検体を採取することが推奨された。2016年ガイドラインではVAPでは「非侵襲的採取・半定量的培養」による微生物検査が推奨されている。ここでいう「非侵襲的採取」とは気管内吸引のことである。またHAPにおいても同様に非侵襲的に採取された検体(喀出喀痰、誘発喀痰、気管内吸引など)を用いた微生物検査結果をもとに抗菌薬を選択することを推奨している。
なおBAL/PSBといった侵襲的検査を用いた定量的培養検査も行ってはいけないというわけではなく、BALでは104 CFU/mL未満、PSBでは103 CFU/mL未満の菌量では抗菌薬開始の対象としないことも考慮される。
2016年ガイドラインでも特にVAPにおいて血培は推奨されている。VAPの15%前後は血培が陽性であること、VAP疑いかつ血培陽性患者の約25%は呼吸器以外の臓器が感染臓器であること、血培陽性のVAPは予後不良であること、などがその理由である。またHAPにおいても血培陽性はまれではなく、原則的に血培を採取することが推奨される[8]。
プロカルシトニン
2016年ガイドラインではプロカルシトニン(procalcitonin: PCT)などのバイオマーカーについて言及された。HAP/VAPにおいては抗菌薬の開始は臨床基準とPCTを組み合わせるのではなく、臨床基準のみに基づいて開始することが強く推奨された。一方、抗菌薬の中止にあたっては逆に臨床基準とPCTを組み合わせて判断してもよいかもしれない。PCTについては抗菌薬の開始基準に関する研究は少なく、「陰性であれば抗菌薬を中止する」「低下が見られれば抗菌薬を中止する」といったデザインの研究が多く、このような推奨になったと考えられる[9]。
MDRの危険因子
2016年ガイドラインで提案されたMDRの危険因子について表 3に示す。2005年ガイドラインではHAP/HCAP/VAPにおけるMDRの危険因子について表 4の項目が掲げられていたが、比較するといくつかの項目(特にHCAPの危険因子)が削除された。両ガイドラインに共通する「90日以内の静注抗菌薬の使用」が特に重要なMDRの危険因子であることがわかる。
表3 2016年ガイドラインにおけるHAP/VAPでのMDRの危険因子
MDR HAPの危険因子 MRSA VAP/HAPの危険因子 MDR 緑膿菌 VAP/HAPの危険因子 |
表4 2005年ガイドラインにおけるHAP/HCAP/VAPでのMDRの危険因子
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HAP/VAPの治療抗菌薬
HAP/VAPに対する治療抗菌薬は、2005年ガイドラインと大きく変わっていない。むしろHCAPを外したことで、より一層「MRSAを含む黄色ブドウ球菌と緑膿菌をカバーする」ことが強く推奨されることになった。なお黄色ブドウ球菌においてMRSAまでカバーするかどうかは、1)90日以内の静注抗菌薬の使用、2)黄色ブドウ球菌に占めるMRSAの割合が>20%または不明、3)重症(外した場合に死亡が予測される)などを根拠とする。MRSAのカバーはバンコマイシンまたはリネゾリドのいずれかが推奨される。また緑膿菌あるいは他のグラム陰性桿菌については、1)90日以内の静注抗菌薬の使用、2)重症(敗血症性ショックなど)の場合にいわゆるdouble coverage(抗緑膿菌活性を有する抗菌薬を2種類以上使用)を考慮する。
以上の推奨にも見られるように、2016年ガイドラインでは各病院や各病棟においてアンチバイオグラムを作成し、積極的に利用するような推奨が随所にみられる。
HAP/VAPの治療期間
2005年ガイドラインでは、「最初から適切な治療が行われ、なおかつ原因菌が緑膿菌でなければ、慣習的な14~21日間の治療から、なるべく7日間に近づけた短期間治療を目指す」としていた。2016年ガイドラインでは例外はあるにせよ「原因微生物にかかわらず長期治療よりも7日間の治療を推奨する」となった。またde-escalationについても可能であれば行うことが推奨されている。
緑膿菌を含むブドウ糖非発酵菌によるVAPにおいて、8日間治療群は15日間治療群と比べて再発率が有意に高かった(40.6% vs 25.4%、CI 3.9%~26.6%)とする報告に基づき、従来より特に緑膿菌性肺炎ではより長期間の治療が好まれていた[10]。しかしその後、この研究を含む2つのシステマティックレビューで短期間治療が余分な抗菌薬への曝露を減少させ、また多剤耐性菌による肺炎の再発を抑制することが報告され、2016年ガイドラインの推奨の根拠とされた[11、12]。
おわりに
2016年ガイドラインについて、2005年ガイドラインとの主な相違について概説した。GRADEシステムに基づいた本ガイドラインはとても読みやすく、またその内容もより日常診療の実感に沿ったものになった。また折しも世界的にAMR(antimicrobial resistance:薬剤耐性)に取り組まなければならない現状で、アンチバイオグラムの作成、de-escalation、短期間治療など、どれもAMR対策活動の背中を押してくれる項目ばかりである。もう間もなくわが国からも肺炎のガイドラインが発表されると聞いているが、それと合わせてぜひ2016年ガイドラインを(executive summaryだけでも)ご一読いただきたい。
【References】
1) Kalil AC, Metersky ML, Klompas M, et al. Management of Adults With Hospital-acquired and Ventilator-associated Pneumonia: 2016 Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America and the American Thoracic Society. Clin Infect Dis 2016;63:e61-e111.
2)Guidelines for the management of adults with hospital-acquired, ventilator-associated, and healthcare-associated pneumonia. Am J Respir Crit Care Med 2005;171:388-416.
3)Chalmers JD, Rother C, Salih W, Ewig S. Healthcare-associated pneumonia does not accurately identify potentially resistant pathogens: a systematic review and meta-analysis. Clin Infect Dis 2014;58:330-9.
4)Gross AE, Van Schooneveld TC, Olsen KM, et al. Epidemiology and predictors of multidrug-resistant community-acquired and health care-associated pneumonia. Antimicrob Agents Chemother 2014;58:5262-8.
5)Yap V, Datta D, Metersky ML. Is the present definition of health care-associated pneumonia the best way to define risk of infection with antibiotic-resistant pathogens? Infect Dis Clin North Am 2013;27:1-18.
6)Jones BE, Jones MM, Huttner B, et al. Trends in Antibiotic Use and Nosocomial Pathogens in Hospitalized Veterans With Pneumonia at 128 Medical Centers, 2006-2010. Clin Infect Dis 2015;61:1403-10.
7)Valles J, Martin-Loeches I, Torres A, et al. Epidemiology, antibiotic therapy and clinical outcomes of healthcare-associated pneumonia in critically ill patients: a Spanish cohort study. Intensive Care Med 2014;40:572-81.
8)DeRyke CA, Lodise TP, Jr., Rybak MJ, McKinnon PS. Epidemiology, treatment, and outcomes of nosocomial bacteremic Staphylococcus aureus pneumonia. Chest 2005;128:1414-22.
9)Gilbert DN. Procalcitonin as a biomarker in respiratory tract infection. Clin Infect Dis 2011;52 Suppl 4:S346-50.
10)Chastre J, Wolff M, Fagon JY, et al. Comparison of 8 vs 15 days of antibiotic therapy for ventilator-associated pneumonia in adults: a randomized trial. JAMA 2003;290:2588-98.
11)Pugh R, Grant C, Cooke RP, Dempsey G. Short-course versus prolonged-course antibiotic therapy for hospital-acquired pneumonia in critically ill adults. Cochrane Database Syst Rev 2015:CD007577.
12)Dimopoulos G, Poulakou G, Pneumatikos IA, Armaganidis A, Kollef MH, Matthaiou DK. Short- vs long-duration antibiotic regimens for ventilator-associated pneumonia: a systematic review and meta-analysis. Chest 2013;144:1759-67.