理系のための手指衛生講座(3/3)
だけじゃない、WHO
皆さんは「だけじゃない、テイ○ン」のコマーシャルを知ってるでしょうか? この会社は業界では在宅酸素が有名ですが、繊維業やIT事業など、手広く色々なことをやっているという意味なのだそうです。さて、この業界において「WHO」というと、「Five moments(5つの瞬間)」が有名なわけですが、「それだけじゃない」、そんな話を今日はしたいと思います。
WHOが行っている様々なプロジェクトの中の一つに「Patient safety(患者安全)」があります。患者安全プロジェクトはさらに13分野に細分化され、手指衛生はその一つである「Clean Care is Safer Care(清潔なケアは安全なケア)」の中に位置づけられます。ちなみに他の分野としては「Safe Surgery Saves Lives(安全な手術は命を救う)」や、「Medical Checklists(医療用チェックリスト)」「Education for Safer Care(安全なケアのための教育)」や「Eliminating central line-associated bloodstream infections(中心静脈カテーテル血流感染症の根絶)」などがあります。まずはWHOが提唱している手指衛生キャンペーンは、これらの様々な患者安全プロジェクトの中の一つとして位置づけられていることをご理解ください。
だけじゃない、5つの瞬間
「WHOの手指衛生」というとあまりにも「5つの瞬間」が有名です。しかしWHOの「Clean Care is Safer Care」が提唱しているのはそれだけではありません。WHOが出している重要なドキュメントは2つあり、一つが「WHO Guidelines on Hand Hygiene in Health Care(ヘルスケアにおけるWHO手指衛生ガイドライン)」、そしてもう一つが「Guide to Implementation of the WHO Multimodal Hand Hygiene Improvement Strategy(手指衛生改善に向けた多面的改善戦略の実施ガイド)」です。後者のガイドには、5つの瞬間を含めた手指衛生の状況を改善するための戦略の構成要素(表1)とアプローチ(表2)が紹介されています。WHOが推奨しているのは「5つの瞬間」そのものではなく、「手指衛生の状況を改善すること」であり、それには適切な手指衛生環境の整備や現状の評価、教育とトレーニングやフィードバック、病院幹部のリーダーシップなどを「パッケージ」として行うことが必要だということなのです。
大事なことなのでもう一度確認しておきましょう。我われがやらなければいけないのは「5つの瞬間を導入すること」ではなく、「手指衛生状況の改善を戦略的・段階的に行うこと」であり、そのためのツールをWHOは提供してくれているのです。ですから、「5つの瞬間」だけを教育することは、WHOが推奨している手指衛生改善戦略のほんの一部だけを抜き出したに過ぎないのです。
表1 手指衛生改善のための5つの構成要素
1. 組織変革 2. トレーニングと教育 3. 評価とフィードバック 4. 現場でのリマインダー 5. 組織安全文化 |
表2 手指衛生改善のための5つの段階的アプローチ
1. 施設の備えと覚悟 2. ベースラインの評価 3. 実施 4. 追跡的評価 5. 振り返りと企画 |
「5」が意味すること
賢明な読者は、表1、表2を見たときに、それぞれ「5つずつ」あることに気付いたでしょう。そしてさらに賢明な読者は、なぜ「環境に触れる前の手指衛生」が必須とされなかったのかを想像されたかもしれません。そう、WHOの「Clean Care is Safer Care」プロジェクトでは「5」という数値がとても大事にされているのです。それは、毎年手指衛生のキャンペーンが「5月5日」に行われていることからもご理解いただけるでしょう。WHOとしては「6つの瞬間」にするわけにはいかないのです(かどうか聞いたわけではありませんが)。
WHOが対象にしているのは先進国だけではありません。100カ国以上の世界中の様々な国を相手にしなければいけないわけですから、なるべく「覚えやすい」コンテンツを提供する必要があります。人間が短期的に覚えることのできる言葉は5つとされています。WHOが「5」にこだわっていることそれ自体が、「実行可能である」戦略にこだわっているということなのです。そして賢明な読者はもう気付いているでしょう。私たちの指が5本であることを。
(リンク先は、WHO手指衛生キャンペーンの立役者であるDidier Pittetが5つの指を広げてアピールしている写真です)