右側腹部痛を主訴に受診した若年女性(3/3)
今号は3週連続で配信しました。1号目 2号目
※実際にあったケースに基づく架空の症例です。
前回までのまとめ
生来健康な若年女性が、右季肋部痛を主訴に受診した。肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群:FHCS)を想定し、外来で治療を開始した。
3日後の診察時。痛みはずいぶん良くなったとのこと。右季肋部の圧痛はほぼ消失していた。治療は有効と判断した。この際に、ほかの性行為感染症としてのHIVや梅毒のスクリーニングについても話をした。当日は時間がないとのことであり、次回受診時までに検討してもらうこととした。また、パートナーの性行為感染症のリスクも高いため、検査と治療が望ましいことを話した。
なお、クラミジアDNAは陽性、淋菌DNA・子宮頸管培養共に淋菌は陰性だった。クラミジア抗体はIgA が6.69、IgGが6.11と、いずれも陽性だった。
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臨床診断:Fitz-Hugh-Curtis症候群
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疑問1:FHCSの頻度はどのくらいあるのか?
- 頻度は文献によって様々だが、骨盤内炎症性疾患(pelvic inflammatory disease;PID)の4~12%程度に認められているようである。青年層では27%と、より頻度が高いとする報告もある[1]。
- 一般内科外来を受診した、腹痛を主訴とする30歳未満の女性155名を検討した報告では、9名(5.8%)がFHCSと診断されていた。なお、右季肋部痛を認めた10名のうち、9名がFHCSと診断された[2]。このpopulationでは、右季肋部痛の鑑別診断としてFHCSは(胆嚢炎よりも)上位に来るのかもしれない。
疑問2:FHCSの臨床症状は?
- 複数のケースシリーズから該当する症状を抽出した表を示す(表1)。
- 診断基準が臨床的に診断されたものであったり、あるいは腹腔鏡所見から診断されたものであったりするために報告によって頻度は異なるが、おおむね70%以上の症例で右季肋部痛が見られている。
- 帯下の増加は20~50%前後の頻度となっている。不正出血は、より頻度が低そうである。帯下の増加や不正出血は、必ずしも全例で見られるわけではない。
PIDを疑った際にぜひチェックしたいが、内科医ではなかなか評価することのできない所見である子宮頸部のmotion tendernessは、約30~60%で見られている。この所見が得られたらPIDの可能性は高そうだが、得られないからといってFHCSを否定できるものではないようである。なお、内診が行なえず子宮頸部のmotion tendernessを評価できない場合、直腸診で腸管の前方にある子宮頸部に圧痛が認められれば診断に有用である。
表1 Fitz-Hugh-Curtis症候群に見られた症状・所見
文献
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鈴木ら [2]
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村尾ら [3]
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Wooら [4]
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You ら [9]
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症例数
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9例
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腹腔鏡21例
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臨床診断62例
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22例
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82例
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右季肋部痛
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88.9%
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86%
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100%
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70%*
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70.7%
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心窩部痛
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11.1%
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–
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–
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4.5%
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–
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右季肋部圧痛
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100%
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76%
|
100%
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–
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–
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Murphy徴候
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–
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71%
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81%
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–
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–
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下腹部痛
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–
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71%
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60%
|
60%
|
–
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帯下増加
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55.6%
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24%
|
24%
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–
|
41.4%
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不正出血
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22.2%
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–
|
–
|
–
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1.2%
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婦人科症状なし
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33.3%
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–
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–
|
–
|
–
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子宮頸部可動痛
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–
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33%
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39%
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–
|
62.3%**
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子宮付属器圧痛
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–
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62%
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45%
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–
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35.1%**
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発 熱
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44.4%***
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–
|
–
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10%
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15%
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*右上腹部痛、**77例中、***38℃以上
疑問3:FHCSの臨床的な診断方法は?
・126例のFHCSを検討した研究では、腹腔鏡診断例21例と臨床診断例62例を比較して臨床診断基準が提案されている(表2)[3]。現時点では、ほかの研究で十分に評価されたものではないと思われるが、臨床診断を行う上で参考になる。
表2 Fitz-Hugh-Curtis症候群の臨床診断基準試案
Major Criteria |
1.季肋部(~右側腹部)の自発痛または圧痛 |
2.体動・深呼吸時またはMurphy徴候 |
Minor Criteria |
1.クラミジアまたは淋菌陽性(抗原・培養) |
2.内科医・外科医による除外診断 |
3.37℃以上の発熱 |
4.急性骨盤腹膜炎症状の先行または合併 |
5.炎症反応陽性(CRP上昇、白血球増加など) |
Definitive Criteria |
1.腹腔鏡所見による診断 |
Major Criteriaの2項目を共に満たし、かつMinor Criteriaを3項目以上満たす場合、臨床所見からFHCSと判断する。
疑問4:画像検査(腹部超音波検査、造影CT検査)の有用性は?
- 鈴木らの報告によると、臨床的に診断された9例のFHCSのうち右上腹部圧痛を認めた症例すべてに腹部超音波検査を行なったが、1例で限局性の腹水を認めるのみだった[2]。Wooらは、CTで診断されたFHCS21例のうち10例で腹部超音波検査が行われたが、いずれも異常所見は認められなかったとしている[4]。
- FHCSのCT所見については、吉武らが、臨床的にFHCSと診断された8例のCT所見を検討している。この報告では、8例全例で肝被膜の早期相における増強が見られ、5例では遅延相でも増強が認められていた。なお、治療後にCTが撮影された2例では、これらの所見は消失していた[5]。池田らは、FHCSを「骨盤腹膜炎があり肝叩打痛あるいは右季肋部痛がある」、または「骨盤腹膜炎はないが肝叩打痛があり、ほかに説明が付かない」症例と定義し、これらの定義を満たして造影CTが撮影された17例のうち、14例で造影CT上なんらかの所見が見られたことを報告している。なお、付属器炎の所見の有無と造影CTの所見とには乖離があり、付属器炎の所見が見られないケースにおいて造影CTがFHCSの診断に有用である可能性を指摘している[6]。
- 腹部超音波はFHCSを診断するには感度が不十分だが、胆嚢炎をはじめとする、ほかの肝胆道系の疾患の除外において有用と思われる。CTでは肝被膜の造影効果が見られるようであり、FHCSの診断に有用と思われるが、感度については今回の文献検討では分からなかった。
疑問5:クラミジアと淋菌はどのくらい分離される?
- 鈴木らは、FHCS9例全例でクラミジア抗体IgA、IgG(ELISA法)のいずれかが陽性だったと報告している[2]。また、阿久津らによると、FHCS6例全例でIgA、IgG(イパザイムあるいはセロイパライザ)の両方が陽性だった[7]。ただし、IgG抗体は現在の感染と過去の感染を区別できず、IgA抗体はその感度と特異度が不十分であることから、アクティブなクラミジア感染の診断における抗体検査の有用性は限られ、核酸増幅検査(nucleic acid amplification test;NAAT)によるクラミジアの検出が推奨される[8]。Youらは、FHCS74例で子宮頸管のクラミジアPCRを検査し、89%で陽性だったと報告している[9]。
- 一方、淋菌の分離される頻度はクラミジアに比べて低い。FHCS22例を検討した報告では、淋菌(PCRと培養)は全例で陰性だった[4]。村尾らの報告では、帯下の淋菌培養は腹腔鏡診断例21例では全例で陰性だったが、臨床診断例62例中8%で陽性だったとしている[3]。
- 以上より、クラミジアが分離される頻度は高いが淋菌は低いようである。これは、クラミジアによるFHCSの頻度が淋菌によるものよりも高いことを疑わせる結果だった。ただし、子宮頸管に微生物が存在しないことは必ずしもより上部に微生物が存在しないことを保証するものではなく、陰性であってもクラミジアと淋菌とは存在するものとして治療することが推奨されている[10]。
take home message
- 若年女性で右季肋部痛を認めた場合、Fitz-Hugh-Curtis症候群を想定する必要がある。
- 帯下増加、不正出血、子宮頸部のmotion tendernessは診断に有用と思われる。ただし、残念ながら所見がないからといって否定できるわけではないようだ。
- クラミジア感染はFHCSでよく認められる一方で、淋菌が分離される頻度はそれほど高くない。しかし、それでもクラミジアと淋菌の双方を治療対象とすることが推奨される。
【References】
1)Peter NG,Clark LR,Jaeger JR:Fitz-Hugh-Curtis syndrome:a diagnosis to consider in women with right upper quadrant pain.Cleve Clin J Med.2004 Mar;71(3):233-9.
2)鈴木彩・他:一般内科外来におけるFitz-Hugh-Curtis症候群の検討.家庭医療.2005;11:4-9.
3)村尾寛・他:Fitz-Hugh-Curtis症候群の臨床診断126例の検討.日産婦誌.2002;54:1681-5.
4)Woo SY,Kim JI,Cheung DY,et al:Clinical outcome of Fitz-Hugh-Curtis syndrome mimicking acute biliary disease.World J Gastroenterol.2008 Dec 7;14(45):6975-80.
5)吉武忠正・他:Fitz-Hugh-Curtis syndromeCT所見の検討.日本医放会誌.2003;63:303-7.
6)池田裕美枝・他:Fitz-Hugh-Curtis症候群24例の検討.日産婦誌.2010;62:468.
7)阿久津聡・他:Fitz-Hugh-Curtis症候群における腹腔鏡所見とChlamydia trachomatis 検出状況の検討.日産婦内視鏡会誌.1994;10:60-2.
8)Mandell GL:Principles and Practice of Infectious diseases,7th edition.Churchill Livingstone,2009.
9)You JS,Kim MJ,Chung HS,et al:Clinical features of Fitz-Hugh-Curtis Syndrome in the emergency department.Yonsei Med J.2012 Jul 1;53(4):753-8.
10)Centers for Disease Control and Prevention(CDC):Sexually transmitted diseasestreatment guidelines 2010.MMWR Recomm Rep.2010;59:RR-12.
(了)