レプトスピラ症――渡航歴がなくても都市部でも起こりうる感染症(1/3)
(今号は3週連続で配信します。)
今回のミニレビューは、レプトスピラ症についてです。レプトスピラ症と聞いて、皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか? 普段の診療ではなじみのない熱帯感染症、輸入感染症といった印象をお持ちの方もいるかもしれません。
東南アジア、アフリカ、南米などの熱帯地域は近年では人気のある旅行先ですし、留学、仕事、ボランティア活動など比較的長期間海外に滞在する日本人も増えてきています。熱帯地域への渡航が身近になり、帰国後に発熱や下痢などを発症した患者にプライマリケアで対応することも増えていると思います。レプトスピラ症は、そのような海外渡航歴のある場合で鑑別疾患に挙がりますが、忘れてはならないのは、渡航歴のない国内発症のレプトスピラ症も存在するということです。
今回から3回に分けて、レプトスピラ症についてお話しさせていただきます。症例を交えながら診断と治療に至るまでのプロセスを紹介できればと思います。
病原体(Leptospira spp.)
スピロヘータ目レプトスピラ科に属するグラム陰性桿菌です。同じスピロヘータ目で有名な細菌として、梅毒やボレリア属(回帰熱やライム病)もヒトに病原性があります[1]。
感染経路・感染源
動物、特にネズミなどの齧歯類の腎臓に慢性感染し、それらの動物との接触、その屎尿に汚染された土壌や水への曝露で経皮・粘膜感染します。汚染された水を飲水した場合には、口腔粘膜から感染します[1]。
感染地域
Leptospira spp.は極地を除く世界中に分布していますが、熱帯地域(東南アジアや南米)、特に雨季や台風、洪水の後に流行が集中します[1]。日本では2003年以降、輸入例・国内発症例を含めて毎年20~30例が報告されています。2012年は36例でした[2]。世界的な症例数は正確には把握されていませんが、熱帯地域では10~100例/10万人ほどと推定されています[3]。
症例1:インドネシア渡航後の40歳代男性
まずは、1つ目の症例を一緒に見ていきたいと思います(プライバシーに配慮するため、症例は問題のない範囲で一部改変しています)。
インドネシア渡航後の生来健康な40歳代男性が、発熱と頭痛を主訴に来院しました。某年6月20~24日にインドネシアへ観光旅行し、帰国後の7月1日より発熱と頭痛が出現したため、7月3日に当院を受診しました。
既往歴、内服歴、アレルギー歴、喫煙・飲酒歴に特記すべき事項なく、性交渉歴もこの3か月間は特にないとのことでした。渡航中はホテルに宿泊し、服装は半袖・短パン・サンダル、食事は主にレストランで、飲水は購入したミネラルウォーターでした。動物との接触歴はなく、ダニや蚊の虫刺されは本人が気づいた範囲ではありません。アクティビティとしては海でダイビング、川でラフティングをしました。現地ではデング熱の流行情報があったようです。
システムレビューでは、発熱と頭痛のほかに、倦怠感と筋痛もありました。他覚所見では、発熱(38.5℃)、血圧111/80mmHg、心拍数105回/分、呼吸数20回/分でした。jolt accentuationは陽性でしたが項部硬直はなく、胸腹部に異常所見を認めませんでした。体表観察上は、皮疹や刺し口もありませんでした。
この時点で考えるべき鑑別として、(1)渡航歴に関連する鑑別疾患、(2)渡航に関連しないcommon diseasesの大きく2つに分けて以下のように挙げました。
- 「インドネシア」「約2週間の潜伏期間」から、マラリア、デング熱、腸チフス・パラチフス、リケッチア症、レプトスピラ症など
- 髄膜炎、伝染性単核球症、他の感染症(前立腺炎など)、その他
上記の鑑別疾患を踏まえて、検査を施行し、方針を立てていきます。
初診時に施行した検査は、血液検査、マラリア血液塗抹、血液培養2セット、尿一般、胸部X線撮影でした。ほかに、保存用の尿と血清も採取しました。初診時に得られた検査結果は以下の通りでした。
- 血算:WBC 8900/μL(Neut 89.7%、Lymp 4.7%)、Hb 16.8g/dL、Ht 48.0%、Plt 14.5万/μL
- 生化学:AST 81U/L、ALT 78U/L、LDH 307U/L、ALP 266U/L、γ-GTP 123U/L、CK 198U/L、T-bil 1.0mg/dL、BUN 12mg/dL、Cr 1.1mg/dL、CRP 15.83mg/dL
- 感染症:HBsAg陰性、HCVAb陰性、RPR・TPLA陰性、HIV抗体陰性
- 胸部X線撮影:肺野に異常陰影なし、胸水貯留なし
- マラリア血液塗末(1回目):陰性
初診の時点で検査結果が判明するもののうち、血液検査でいくつか異常所見がありました。血小板減少、肝機能障害、腎機能障害、CK上昇です。しかし、いずれも非特異的で、この所見でさらに鑑別を絞り込むのは難しそうです。初診の外来で原因が特定できないこと、倦怠感が比較的強かったことなどから、入院で経過を見る方針としました。
渡航中のアクティビティとしてラフティングがあったことと、入院して間もなく、初診時には所見が乏しかった眼瞼結膜の充血と下腿の把握痛が顕在化してきたことから、レプトスピラ症が疑われました。血液検査で認めた異常所見も非特異的ですが、レプトスピラ症に合致します。他の鑑別疾患の検索も進めていたところ、血清のレプトスピラPCRが陽性となり、レプトスピラ症と診断されました。
次回は、症例1をもとに、レプトスピラ症を疑ううえでポイントとなる病歴と臨床症状をいくつか挙げるとともに、診断・治療について見ていきたいと思います。
【References】
1)Mandell GL:Mandell,Douglas,and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases,7th edtion,Churchill Livingstone,2009.
2)東京都感染症情報センター:レプトスピラ症の流行状況(東京都),2014.
3)International Leptospirosis Society:WHO-ILS guidelines on human leptospirosis
(つづく)