No. 452013. 11. 12
成人 > ケーススタディ

発熱・意識障害で受診した90歳代女性(3/3)

東京女子医科大学 感染症科

藤田崇宏

(今号は3週連続で配信しました。1号目 2号目


 血液培養からグラム陽性桿菌が検出された場合に最も多く遭遇するのは、Corynebacteirum 属、Bacillus 属、Propionibacterium 属といった皮膚の常在菌であろう。これらは血液培養のコンタミネーションの主要な原因微生物として知られている。また、カテーテル関連血流感染症の原因微生物でもある。いずれも市中感染の原因となることは少ない。市中感染のグラム陽性桿菌菌血症で忘れてはならないのがListeria monocytogenes である。

 本症例では、基礎疾患の存在や意識障害からリステリア菌血症および髄膜炎の合併を強く疑い、アンピシリン1日12gの投与を追加した。すぐに腰椎穿刺が試みられたが、椎体の変形が強かったためにうまくいかず、最終的に抗菌薬開始から5日目にようやく成功した。結果はに示す通りであった。

表 髄液検査結果

髄液外観

無色透明

細胞数

2/μL

リンパ球

1/μL

 好中球

0

 その他

1/μL

髄液蛋白

57mg/dL

髄液糖

91mg/dL

(血糖191mg/dL)

 血液培養から検出された微生物はListeria monocytogenes と同定された。髄液培養は陰性であった。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 最終診断:Listeria monocytogenesis による菌血症
(髄膜炎も合併の可能性)

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 髄膜炎の存在ははっきりしなかったが、髄膜炎に準じてアンピシリンが3週間投与された。治療により患者の意識状態は速やかに改善した。入院に伴ってADLがやや低下したため、治療終了後に高齢者施設へ退院した。

解 説

  L. monocytogenes は好気性のグラム陽性桿菌で、環境中や動物の糞便中など自然界に広く分布している。免疫不全患者に菌血症、髄膜炎、脳炎などを起こすことが知られている。汚染された食品を摂取することで感染する。健常者が菌量を多く摂取した場合には発熱性の胃腸炎を呈することもあるが、この場合は一般的に軽症である[1]。

 リステリア感染症のリスクとなる食物としては生乳やナチュラルチーズなどの乳製品が有名だが、他にも肉類や野菜にも広く汚染が起こりうることが知られている。近年では、アメリカでのメロンによる集団感染が記憶に新しいところである。日本ではチーズによるアウトブレイクが報告されたことがあるが、サーベイランス対象の疾患でないことから過小評価されている可能性がある。

 日本での1年間のリステリア症の発症者数は100万人当たり0.65人と推定されている[2]。先進諸国では年間100万人当たり3~7例程度が多い。ただし、これらの諸国はリステリア症がサーベイランス対象とされていることが多く、この数字だけで日本でのリステリア症の発症が少ないとは結論付けられないので注意が必要である[3]。東京でも魚介類、特にマグロや魚卵も頻繁に汚染されているという報告もあり、乳製品以外にも注意が必要と考えられる。多くの場合はごく少量の汚染で、摂食すなわち発症とはならないが、保存状態によっては発症が可能なレベルまで増殖する危険があるとされている[3]。

 今回のリステリア菌血症の曝露元となった食品は明らかではない。寿司の大量摂取歴があり、魚介類にも一定の汚染があることを考えると、これが原因となった可能性も考えられる。ただし、侵襲性リステリア症の潜伏期間が2日~3か月[4]であることを考えると、直前の寿司の大量摂食が原因とは考えにくい。今回の症例は90歳代にして美食家かつ健啖家であり、肉類も頻繁に摂取していたことから、こちらが原因となった可能性も考えられる。

 リステリア症のリスクとして知られているものに、妊娠、免疫抑制をきたす基礎疾患(糖尿病や腎不全など)、ステロイドなどの免疫抑制薬があるが、これに加えて年齢の両極端な者(新生児や高齢者)もリスクとして知られる。日本でのリステリア症による死亡者は2000~2009年の集計では60歳以上に集中し、70~79歳がピークとなっている。他の先進諸国でも同様に、リステリア症の発症者は高齢者にピークが見られると報告されている。

 高齢者であっても自然免疫は保たれているが、一方で加齢とともに獲得免疫が低下するといわれる。自然免疫は好中球やマクロファージによる免疫、獲得免疫はT細胞、B細胞による免疫である。臨床的な分類で細胞性免疫と呼ばれる免疫は獲得免疫に含まれるため、高齢者は細胞性免疫不全の状態にある。L. monocytogenes は細胞性寄生菌であり、細胞性免疫不全が発症のリスクファクターになるため、リステリア症は高齢者に多くなるのである。

 これまでの国内の報告では、リステリア菌血症の症例に対して髄液検査が行なわれていないケースが多くあることが指摘されている[5]。リステリア菌血症では、髄膜炎の除外のため、髄液検査が必須である。今回の症例では、手技の困難さのために抗菌薬投与開始後の髄液検査になってしまったため、髄液検査が正常であっても髄膜炎に準じた期間での治療が行なわれた。単純な菌血症と髄膜炎では抗菌薬の投与量および期間が違うため、この区別は重要である。

まとめ

  • 高齢者の意識障害の評価は難しいが、敗血症の所見があれば血液培養2セットは必須である。
  • 高齢者は細胞性免疫不全を有する。
  • リステリア症は食物から感染するリスクがある。
  • リステリア菌血症が判明すれば髄液検査は必須である

【References】
1)Hohmann EL,Kim J:Case records of the Massachusetts General Hospital.Case 8-2012.A 53-year-old man with Crohn’s disease,diarrhea,fever,and bacteremia.N Engl J Med.2012 Mar 15;366(11):1039-45.
2)Okutani A,Okada Y,Yamamoto S,Igimi S:Overview of Listeria monocytogenes contamination in Japan.Int J Food Microbiol.2004 Jun 1;93(2):131-40.
3)食品安全委員会:食品安全委員会セミナー「リステリア症―北米、欧州、豪州の経験に学ぶ―」会議資料詳細
http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20120328ik1
4)光山正雄:問題となる食中毒のup-to-date リステリア症集団発生,化学療法の領域,2012;28(6):1288-96.
5)相野田祐介、平井由児、荘司貴代、戸塚恭一:悪性リンパ腫に対するR-CHOP後にListeria monocytogenes 菌血症を呈した1例,感染症学雑誌,2010;84(5):602-5.

(了)

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