肺結核症診断の原則 ――いわゆる「後医」の立場から(2/3)
(今号は3週連続で配信しています。1号目)
(幕間劇)
指導医ぶぅちん(以下「ぶぅちん」) 「感涙」
研修医しまむら(以下「しまむら」) 「どうしたんですか、ぶぅちんセンセ!」
ぶぅちん 「感無量」
しまむら 「……まさか再登場できるとは思ってませんでしたもんね、センセ」
ぶぅちん 「まったくである」
しまむら 「今回のミニレビューは共著になってますけど、こんなに『どの部分をどちらが書いたか明らか』な共著も珍しいですね」
ぶぅちん 「まったくである。例えば共著者数1251名のこの論文なんか、誰がどこ書いたか分からんし。みんなで数語ずつ書いたんやろか」[1]
しまむら 「“We Are The World”を彷彿とさせますね、センセ! 一人ひとり丹念に数えたんですか?」
ぶぅちん 「共著者リストをテキスト文書として保存して、Excelで開いて数えた」
しまむら 「……センセならフカシギまで数えてくれると信じてたのに」[2]
ぶぅちん 「……しまむらくんも微妙に年齢不詳やね」
ぶぅちん 「さて、しまむらくん」
しまむら 「なんでしょうセンセ!」
ぶぅちん 「結核の臨床経過が、私たちに親しい『感染症診療の原則』を時としてすり抜けてしまうように見える、というのは勉強になるメッセージだね」
しまむら 「まったくです、センセ!」
ぶぅちん 「なんでだろうね」
しまむら 「分かりません、センセ!」
ぶぅちん 「……即答やな。まあ、研修医の間は『考えるな、ググれ!』(“Don’t think,Google it!”)で済むかもしれんけど、こんなふうに考えてみようや」
【ぶぅちんメモ】
1.私たちがベッドサイドで見えているもののほとんどは「結核菌そのもの」ではなくて「結核菌に対する人体の反応(炎症)」である。 2.活動性結核は、(特に細胞性)免疫が抑制された状態の患者に多く発症する。 3.さらに、結核感染そのものが免疫抑制状態を作る。 |
しまむら 「メモメモ……したものの、よく分かりません!」
ぶぅちん 「これだけでは確かに何のことだか分からんね。しまむらくん、それじゃ大藤先生パートの『結核を疑うキーワード』を読んでみて」
しまむら 「(大藤先生パート……だとッ!)『通常の肺炎と違い、微熱、体重減少、長引く咳(2週間以上)という、結核を疑うキーワードが含まれている』……この辺りですか?」
ぶぅちん 「微熱や体重減少は、結核感染によって肺胞マクロファージから放出されるIL-1やTNF-αなどのサイトカインによる症状と考えられている[3]。つまり、『結核菌によって引き起こされる炎症』を見ているわけだね」
しまむら 「ふむふむ」
ぶぅちん 「そして、活動性結核は細胞性免疫が抑制された状態の患者さんに発症する。これもいいね。代表格がHIV感染症/AIDSです」
しまむら 「活動性結核は厚生労働省の定めるエイズ指標疾患23のうちの一つですね」
ぶぅちん 「説明的セリフをありがと……。そして、AIDSに合併した活動性結核の治療でも問題になるのが『結核感染そのものが免疫抑制状態を作る』ということなんよ」
しまむら 「……なんで結核菌にそんなパワーがあるんですか?」
ぶぅちん 「いまだ全貌は解明されてないけれど、例えば活動性肺結核においては、内因性ステロイドであるところのコルチゾン(非活性型)がコルチゾールへと活性化されている比率が高い、という研究報告がある」[4]
しまむら 「プレドニゾロン内服中の患者さんが肺結核になって、そうしたら内因性のステロイドが増えて、さらに細胞性免疫が抑制されて……」
ぶぅちん 「そして、リファンピシンによってプレドニゾロン代謝が亢進して、ステロイドの効きが悪くなって……」
しまむら 「実にカオスですね、センセ!」
ぶぅちん 「今回は詳しく触れないけど、診断のみならず治療の過程においても結核感染症による免疫抑制――正確には免疫抑制状態の解除――が問題になる。治療が開始され、結核菌の菌量自体は減っている(はず)なのに熱が出て、肺の陰影は拡大傾向で、えらいこっちゃ何が起きとるんじゃぁっ兄貴!……ってなることがある。初期悪化とかparadoxical reactionとか呼ばれる現象のことね。結核は治療過程においてもわれわれを欺く」
しまむら 「あ、なんとなくPubMedで“paradoxical tuberculosis kasahara”って検索したら症例報告が見つかりました!」[5]
ぶぅちん 「なぜ『なんとなく』そんな文字列を……。おお、これは筆頭著者の人生を変えた症例報告であるような気がしますよ! 先生には分かります」
しまむら 「内輪すぎるネタ、イクナイ!」
ぶぅちん 「まあ、雰囲気として、『結核菌は何やら宿主の免疫反応を欺いて結核感染症の病像を難しくする』きな臭い奴だなあ、というのが伝わればよいです」
しまむら 「あれ? でも、一般細菌による感染症も、よく考えたら宿主の免疫反応で診断して治療経過をフォローしてませんか? 熱とかCRPとか」
ぶぅちん 「だから感染症のプロたちは、『全身の免疫反応』のような、細菌感染を直接反映しないマーカーで診断したり治療したりってことを嫌うんです。青木眞先生が何度も強調しておられるように、腎盂腎炎の初期治療がうまくいったら、たとえ患者さんの発熱が持続していたとしても、グラム染色で尿中にいた陰性桿菌がまず消失しているし、逆に重篤な感染症はしばしば低体温を引き起こす」
しまむら 「ふむふむ」
ぶぅちん 「幸か不幸か、市中感染症を引き起こす細菌の多くは、結核ほど免疫反応に直接影響を及ぼすことが少ないから、普通は発熱などの全身性炎症所見が感染症を疑うきっかけになるし、抗菌薬治療がうまくいって菌量が減れば解熱する。でも、免疫反応が正常であれば、本当は細菌感染症であっても抗菌薬不要のまま治癒する病態だってあるよね。発熱に対して『発熱→感染症→抗菌薬』という脊髄反射的振る舞いを繰り返してしまうと、どのような細菌がどの臓器に感染症を起こしていて、それは本当に抗菌薬が必要な病態かどうか、という『感染症診療の原則』について無頓着になってしまう」
しまむら 「ふむふむふむふむ」
ぶぅちん 「ちゃんと『身体のどの部分』に『何による』感染症が起きているかを局在させよう。急性上気道炎に抗菌薬を出さないようにしよう[6]。活動性結核にニューキノロン単剤で戦いを挑まないようにしましょう。不明熱を『作らない』のはズバリあなたです!」
しまむら 「はーい」
ぶぅちん 「それでは、『原因不明のARDS(急性呼吸窮迫症候群)を診たときには粟粒結核を考える』というクリニカル・パールをご紹介して、本論に戻ることにしましょうか」
(幕間劇:終)
【References】
1)Klionsky DJ,et al:Guidelines for the use and interpretation of assays for monitoring autophagy.Autophagy.2012 Apr;8(4):445-544.
http://www.youtube.com/watch?v=Q4gTV4r0zRs
3)Raviglione M,et al:Chapter165 Tuberculosis in Longo D,et al:Harrison’s Principles of Internal Medicine 18th ed,McGraw-Hill,2011.
4)Baker RW,et al:Increased cortisol:cortisone ratio in acute pulmonary tuberculosis.Am J Respir Crit Care Med.2000 Nov;162(5):1641-7.
5)Kasahara K,et al:Tuberculous peritonitis developing during chemotherapy for pulmonary and intestinal tuberculosis:a case report.Respirology.2005 Mar;10(2):257-60.
6)清田雅智:プライマリケア・マスターコース――症状別診療ガイド『不明を解明!不明熱のココを診る』(1),日本医事新報,2012:4618;38-41.
(つづく)