発熱、悪寒を訴えERを受診した30歳代女性(3/3)
※本症例は、実際の症例を参考に作成した架空のものです。
前回までのまとめ
一般的な発熱ワークアップに加えて、まずはマラリアの除外目的に、血液検査、血液培養2セット、尿定性沈渣・尿培養、胸部X線、インフルエンザ迅速検査、血液薄層塗抹ギムザ染色、マラリア迅速診断キット(BinaxNOW® Malaria)を施行した。
- 血液検査:[末梢血] WBC3800/μL、Hb 8.8g/dL、Plt 11.7×104 /μL、Neut 67%、Stab 17%、Seg 50%、Lymph 28%、Atyp.L 1%、Mono 3%、Baso 1%
[血液生化学] AST 25IU/L、ALT 27IU/L、LDH 615IU/L、ALP 296IU/L、γ-GTP 60IU/L、Cr 0.69mg/dL、BUN 13.0mg/dL、TG 160mg/dL、T-Chol 124mg/dL、Na 132mEq/L、K 4.4mEq/L、Cl 95mEq/L、T-Bil 1.3mg/dL、CRP 1.49mg/dL - 尿定性沈渣:比重1.023、pH6.0、糖(-)、蛋白(±)、潜血(-)、ケトン(-)、Bil(-)、Uro(±)、亜硝酸塩(-)、RBC 1>/HPF、WBC 1~4/HPF
- 血液培養2セット:陰性
- 尿培養:陰性
- 便培養:病原菌(-)
- 胸部X線:特記事項なし
- インフルエンザ迅速検査:陰性
- 血液薄層塗抹ギムザ染色(図):ringformのマラリア原虫を認める(寄生率0.3%)
- マラリア迅速診断キット(BinaxNOW® Malaria):Plasmodium falciparum(熱帯熱マラリア)陽性
以上から熱帯熱マラリアと診断し、入院となった。キニーネ0.5g(1日3回)とドキシサイクリン100mg(1日2回)の内服治療を開始。第3病日の血液薄層塗抹ギムザ染色でマラリア原虫の消失を確認。特に副作用を認めず、重症化の徴候を認めることなく第6病日に退院し、キニーネとドキシサイクリンは7日間の内服で治療終了とした。
考 察
熱帯熱マラリアは、治療の遅れにより重症化して死亡率が上昇する、見逃してはならない輸入感染症である。マラリアの潜伏期は12~35日、特に熱帯熱マラリアの多くは12~14日である一方、非熱帯熱マラリアや予防内服後の潜伏期は数か月~1年以上と長い。流行地域から帰国後の発熱では、必ずマラリアを疑うことが重要である。渡航地域に関しては、都市部より田舎、乾期より雨期、高地より低地でリスクが上がり、サハラ砂漠以南でのリスクがその他の地域と比べて高い。
熱帯熱マラリアは、悪寒戦慄を伴う急激な発熱で発症する。その他の症状としては、悪心、頭痛、脾腫、高ビリルビン血症、血小板減少などが比較的尤度比が高いとされるが、いずれも特異的ではない。フランスのスタディでは、熱帯帰りの外来患者でのマラリア予測因子は、アフリカ旅行(OR=11.9)、腹痛(OR=14.1)、嘔吐(OR=19.4)、筋肉痛(OR=6.3)、不十分な予防(OR=10.1)、血小板数<15万(OR=25.2)が有用であった[1]。過去の研究では、血小板減少の感度が高く、低コレステロール血症の特異度が高いという報告がある[2、3]。
確定診断は血液塗抹標本で原虫を確認することで行ない、3回陰性であれば否定的と考えられる。日本では保険収載はないが、迅速診断キットは診断の参考となる。
本症例のように合併症のないマラリアの治療では、国内で入手できるものに限ると、メフロキンやキニーネが選択肢となる。本症例では、キニーネ+ドキシサイクリンの7日間の内服で治療を行なった。日本では認可されていないが、国際的にはartemisinin(アーテミシニン)系薬剤(artesunateやartemetherなど)が主に用いられており、WHOではartemisinin系薬剤と他のマラリア薬との合剤(artemisinin-based combination treatment;ACT)を合併症のないマラリアの第1選択薬としている(artemether/lumefantrineやartesunate/amodiaquineなど)。
本症例は熱帯熱マラリアと診断されたが、幸い重症化することはなかった。渡航後の発熱患者で絶対に見逃してはならないのが熱帯熱マラリアである。渡航後の発熱患者では、渡航先・期間、食事、活動内容、動物接触歴、予防接種・内服などの詳細な問診により鑑別を行ない、鑑別疾患を想定したうえで検査を進めていくことが重要である。マラリアを疑った場合は、専門機関へのコンサルト・転送を躊躇なく行なうように心がけていただきたい。熱帯病治療薬研究班のウェブサイト[4]に専門医療機関一覧が掲載されている。また、同サイトからは「寄生虫症薬物治療の手引き 改訂(2010年)第7.0.1版」がダウンロードできるので参考にされたい。
【References】
1)Ansart S,Perez L,Thellier M,et al:Predictive factors of imported malaria in 272 febrile returning travelers seen as outpatients.J Travel Med.2010 Mar-Apr;17(2):124-9.
2)Taylor SM,Molyneux ME,Simel DL,et al:Does this patient have malaria? JAMA.2010 Nov 10;304(18):2048-56.
3)Badiaga S,Barrau K,Parola P,et al:Contribution of nonspecific laboratory test to the diagnosis of malaria in febrile travelers returning from endemic areas:value of hypocholesterolemia.J Travel Med.2002 May-Jun;9(3):117-21.
4)厚生労働科学研究費補助金医療技術実用化総合研究事業 熱帯病治療薬研究班(略称)ウェブサイト
http://www.med.miyazaki-u.ac.jp/parasitology/orphan/index.html
(了)