病気の子どもたちを守るには(1/3)―― 水痘対策の世界との差
(今号は3週連続で配信します。)
「水痘は最近めっきり減って、診たことない先生も多いのよ。見逃しがないか心配……」
2011年4月、筆者(荘司)はアメリカのサンディエゴで行なわれた、全米感染症財団(National Foundation of Infectious Diseases;NFID)が主催するワクチン勉強会(Clinical Vaccinology Course)に参加しました。参加者はワクチン政策で世界をリードする北米で働いており、最先端の知識にもスケジューリングにも詳しい。上記のセリフは、会場で隣に座っていた看護師さんたちとのおしゃべりで印象的だった一言です。
筆 者 「水痘が全数把握なの?」
看護師 「そうよ、診断したらすぐに報告しないといけないの」
筆 者 「ホントに全例? 大変じゃないの?」
看護師 「全例よ。そんなにたくさんあるわけじゃないし」
筆 者 「日本じゃ考えられない……」(日本では年間100万人が発症するともいわれている)
水痘対策における世界と日本の差
北米では乳幼児のワクチンは原則的に無料であり、接種に費用負担はありません。州によっては、集団保育や就学時に決められたワクチンの接種証明書を登園・登校許可のために要求されます。そのため、保護者は秋の新学期が近づくと、健康診断と同時にワクチンを接種するため、近隣の保健センターに子どもたちを連れて行きます。日本では小児科医がワクチン接種を担っていますが、アメリカでは看護師が行なうこともあり、接種しやすい環境が整っています。
ワクチン講習会で出会った、オクラホマ州立大学に勤務するnurse practitioner(NP:医師と看護師の中間のような職種)は、参加の理由について次のように言っていました。「Advisory Committee on Immunization Practices(ACIP:ワクチン行政にかかわる諮問機関)は寮生活をする大学生に髄膜炎菌ワクチンの接種を推奨していますし、インフルエンザワクチンも毎年接種します。どこの大学も何人かのNPを雇っていますよ。学生の健康管理の一環として、ワクチンの知識は必須です」。
アメリカでは1995年に水痘ワクチンが承認され、1996年に1回接種が乳児定期ワクチンに組み込まれ、2006年に2回接種となりました[1]。水痘ワクチンは世界に先駆けて高橋理明先生が開発し、1974年にLancetへ発表されました[2]。日本では1987年に認可され、当初は水痘による重症化や致死率の高かった白血病などの患者への接種を目的として使用されました。日本で開発されたこのワクチンの岡株は、その高い安全性から全世界で採用されています。ちなみに、この岡という名前は、ワクチン株を採取した水痘の児の苗字が岡というところからきています。
この水痘ワクチンの1回接種では2割の確率でbreakthrough varicellaが発生してしまうため[3]、流行の制圧には2回接種が必要です。最近では、1回接種でのbreakthrough varicellaの発生率はもっと高いのではとも言われています。アメリカでは、近年MMRV(麻疹・ムンプス・風疹・水痘の4種混合ワクチン)が導入されたこともあり、接種率は9割に達しています。アメリカの全数把握疾患の水痘サーベイランスでは、2000年には10万人当たり43.2人の発生が、2010年には8.9人に減少しています[1]。日本では、2011年は麻疹の発生が100万人当たり3.4人まで抑えられており、麻疹を診たことがない医師が増えていますが、アメリカにおける水痘は日本における麻疹に近い状態になっています。冒頭のセリフのように、アメリカで水痘を診たことがない医師が増えているのは本当でしょう。
ヨーロッパ諸国でも、水痘ワクチン2回接種を導入したところでは、流行が制御されてきています。ドイツでは、2005年に水痘サーベイランスを開始し、2006年から1回接種を無料化、同年にMMRV2回接種を導入しました[4]。翌年から年少児で発症数が減少しましたが、年長児の流行が持続したため、2008年から全年齢で水痘ワクチン2回接種を無料化しました。また、2009年から2回目のMMRVの接種間隔を短縮して、2歳までに接種を完了するよう推奨しています。サーベイランス→結果の解析→対策導入→導入後解析のサイクルが有効に機能して、戦略的に水痘の流行をワクチンで制御したため、2005年と比較して2009年には患者数が55%減少し、2004年に2300人を超えていた水痘による入院患者は、2007年には1260人と半減しました。一方、日本ではサーベイランスはしているものの、残念ながら対策導入以降のフェーズがありません。
予防できる水痘の流行
日本の水痘定点把握が始まってから約20年、発生曲線は毎年ほぼ同じカーブをなぞり、まったく減っていません[5、6]。夏休みなどの長期休暇がある時期に一時的に減少して、幼稚園や学校が始まると急激に増加してきます。同じカーブを描き続けることに何の意味があるのでしょうか?
2011年に日本小児科学会が水痘ワクチン2回接種を推奨するスケジュールを発表していますが[7]、任意接種で有料のため、1回のみの接種率でさえ2~4割です。集団免疫で水痘の流行を抑制するためには85~90%の接種率が必要だといわれており、現状の接種率では流行は当然の結果です。そもそも、「任意接種」というネーミングでは、接種したい人だけが受けられる有料のオプションであるかのような語弊を生み、保護者に予防の重要性が伝わらず、接種率が上がらない要因の一つとなっています。
水痘は小児だけの問題ではありません。水痘の既往がある成人の3割は、ストレスや加齢により帯状疱疹を発症して非常に不愉快な思いをし、痛みが遷延したり、水痘よりも感染力は弱いですが周囲への感染源となったりします。未接種・未罹患の成人が水痘に初感染すると健常者でも重症化しやすく、肺炎を起こすと死亡率が高くなります。健常児でも、まれに水痘脳炎や髄膜炎、血管炎などの中枢神経合併症を発症して、発達の遅れなど神経学的後遺症を残すことがあります。
水痘の皮膚病変に細菌感染症を併発して瘢痕化したり、A群溶連菌による壊死性筋膜炎合併の報告もみられます[8]。免疫不全者では、肝炎、肺炎、脳炎などの皮膚以外の臓器障害を併発して死亡することもあります[9]。厚生労働省予防接種部会の水痘ワクチン作業チーム報告書によると、年間約100万人が罹患し、約4000人が入院し、約20人が死亡すると推定されています[10]。
先進国の多くは、水痘の流行制圧のため、サーベイランスやワクチン接種の無料化、接種アクセスの改善に取り組んでいます。日本は「水痘は子どもの風邪のようなもの」として流行を放置していていいのでしょうか? 毎年、ワクチンで予防できる水痘で死亡者が出ているのに、「しょうがないよね」と言えるのでしょうか?
【References】
1)Centers for Disease Control and Prevention(CDC):Evolution of varicella surveillance―selected states,2000-2010.MMWR Morb Mortal Wkly Rep.2012 Aug 17;61(32):609-12.
2)Takahashi M,Otsuka T,Okuno Y,et al:Live vaccine used to prevent the spread of varicella in children in hospital.Lancet.1974 Nov 30;2(7892):1288-90.
3)Chaves SS,Zhang J,Civen R,et al:Varicella disease among vaccinated persons:clinical and epidemiological characteristics,1997-2005.J Infect Dis.2008 Mar 1;197 Suppl 2:S127-31.
4)Siedler A,Arndt U:Impact of the routine varicella vaccination programme on varicella epidemiology in Germany.Euro Surveill.2010 Apr 1;15(13).
5)東京都感染症情報センター:定点報告疾病集計表(月報告分).
http://survey.tokyo-eiken.go.jp/epidinfo/monthlychart.do
6)国立感染症研究所:IASR 水痘 1982~2004 The Topic of This Month,Vol.25 No.12(No.298).
http://idsc.nih.go.jp/iasr/25/298/graph/f2981j.gif
7)日本小児科学会:日本小児科学会推奨の予防接種スケジュールの主な変更点(2012年4月20日)
http://www.jpeds.or.jp/saisin/saisin_110427.pdf
8)Ziebold C,von Kries R,Lang R,et al:Severe complications of varicella in previously healthy children in Germany:a 1-year survey.Pediatrics.2001 Nov;108(5);E79.
9)Tunbridge AJ,Breuer J,and Jeffery KJ;British Infection Society:Chickenpox in adults―clinical management.J Infect.2008 Aug;57(2):95-102.
10)厚生労働省予防接種部会:水痘ワクチン作業チーム報告書.
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000014wdd-att/2r98520000016rqn.pdf
(つづく)