病気の子どもたちを守るには(2/3)―― 小児病院での水痘・帯状疱疹ウイルスの感染制御
(今号は3週連続で配信しています。 1週目)
水痘は今も日本では小児の代表的な流行性疾患であり、院内の感染管理対策上、重要な感染症の一つです。空気感染するため、罹患者の陰圧個室での隔離が必要となります。水痘の感染制御を困難にしている理由としては、①発疹が出現して水痘を発症したと分かる48時間前から周囲への感染性を持っていること、②罹患者は周囲の水痘に対する免疫を持っていない8~10人へうつすという高い感染性、③免疫不全者では重症化や死亡するリスクがあること――が挙げられます。
今回、小児病院での水痘にまつわる困難な現状と感染対策の実際をご紹介します。
当院入院時のスクリーニング
東京都立小児総合医療センターは、東京都民1300万人の小児医療を担い、特殊な疾患については全国から海外までを広範にカバーします。地域医療に限定すると、東京都多摩地区の診療圏の人口約100万人のうち、小児人口は12万人規模です。小児病床数は561床(PICU・HCU20床、NICU・GC72床など重症ベッドを含む)の高次小児医療専門施設です。小児病院としては、特徴的な1次から3次までの小児救急医療を提供しており、年間3万件以上の小児救急患児を受け入れています。つまり、基礎疾患を持った特殊な小児患児だけではなく、健常児のコモンな疾患や感染症も含めて幅広く対応しています。そのため、水痘とは切っても切れない状況になっています。
入院時のスクリーニングとしては、緊急入院と予定入院とにかかわらず、入院当日の時点で水痘、麻疹、風疹、ムンプス罹患者との最近3週間の接触がないこと、罹患歴、予防接種歴を確認しています。この時点で接触がある場合、あるいは可能性が否定できない場合は、隔離対策を行ないます。
この徹底したスクリーニングにもかかわらず、2011年度は院内での水痘発症が10件、播種性帯状疱疹または免疫抑制下での帯状疱疹発症が3件あり、わずか1年間で計13件の病棟閉鎖がありました。あるときには、9つある小児内科・外科系の病棟のうち3病棟が同時閉鎖という緊急事態になりました。児の入院受け入れが困難になり、そのほかの病棟運営、地域の医療にも支障をきたしました。
水痘の院内発症時の対応
院内での水痘発症が判明すると、ICT(infection control team)としては大きく2つの対策を行ないます。(1)個々の接触者の発症を予防する曝露後の予防対策、(2)発症の連鎖を防止するための入院制限による病棟閉鎖です。
(1)曝露後の予防対策
当該病棟入院中(感染性のある2日前までに接触した患児も含む)の全患児の水痘罹患歴、予防接種歴のリストを作成し、未接種・未罹患の児、免疫不全児については、発症予防のための曝露後予防対策を推奨します。
ワクチン接種が可能な児に対しては72時間以内の水痘ワクチンの緊急接種を、年齢や免疫不全などでワクチン接種が行なえない児に対してはアシクロビル予防内服をします。重症化や死亡リスクの高い重度の細胞性免疫不全の患児については、主治医と相談のうえ、アシクロビルに加えてガンマグロブリン投与も考慮します。
(2)入院制限による病棟閉鎖
院内には、血液腫瘍疾患などの基礎疾患を持つ児、免疫抑制薬やステロイド長期投与中の患児、基礎疾患を抱えた乳児などのハイリスク児が多く入院しています。歴史的には院内感染の水痘による死亡事例はまれではありませんでしたが、現在の医療と感染制御の水準では許容されないことです。
院内発生があると、発端者の発症から接触者の潜伏期間が明けるまでは、二次発症を防止するため、古典的な感染症の手法である封じ込め作戦で入院制限による病棟閉鎖を行ないます。水痘は、10日目から21日目までが潜伏期間なので、この期間は明らかな水痘罹患歴がある年長児、あるいは2回接種で罹患と同等の免疫力があるとみなされる児以外は、当該病棟に入院できなくなります。つまり、病棟の新規入院が約2週間、ほぼ停止してしまうことになります。
病棟閉鎖により、これから入院を必要とするお子さんの受け入れができず、間接的に重症患児の医療資源を脅かすことになります。特に、重症患児を一手に受け入れているPICUで発症した場合、その影響は深刻です。
<PICU での水痘発症・病棟閉鎖に伴うデメリット> ・ハイリスク重症患児の水痘発症と致死的合併症併発のリスク ・予定手術の延期・制限、緊急手術の受け入れ不可 (術後全身管理のための入室ができないため) ・入院中の患児の急変・重症患児の他院への搬送対応に伴うリスクと他院への負担 ・地域連携としての重症患児の受け入れ停止 |
当院PICUで水痘を発症した事例では、病棟閉鎖の期間を最小限にするため、緊急避難的に集中治療ができるような病棟を全室陰圧の一般病棟に作り、そこに看護スタッフの再配置をして、患児を転棟させました。このような対応は、強毒型の新型インフルエンザの発生を想定した緊急措置でした。小児集中治療は周辺病院では代替不可能な機能であるため、閉鎖期間を最小限の5日間に抑えて再開しました。なお、この閉鎖による経済的損失はおよそ2200万円と算出されました。
また、曝露後予防対策にもコストがかかります。2011年度の当院での13件の院内水痘・播種性帯状疱疹発症における接触患者数はのべ350人、そのうち何らかの介入を実施したのは206人に及びました。具体的には、アシクロビル予防内服が124人(35%)、ワクチン接種が75人、ガンマグロブリン単独投与が1人、アシクロビル予防内服+ガンマグロブリン投与が6人でした。
このように、水痘はワクチンによる予防可能な疾患(vaccine preventable diseases;VPDs)であるにもかかわらず、現在の国内ワクチン接種率が低いために、病気の子どもたちの安全を脅かす重大な問題となっています。今回の接触者においても、ワクチン接種者は32.9%にとどまりました。院内での感染管理においても集団免疫(herd immunity)は重要な意味を持っており、水痘の院内発症時の影響を最小限に抑えられることになります。
これらの経験から、当院へ入院予定の患児については、2回の水痘ワクチン接種を済ませてからの入院を強く推奨しています。しかし、根本的には、全体の接種率を改善させて地域での流行をなくさない限り、病気の子どもたちでも安全に暮らせる社会にはなりません。
(つづく)