慢性髄膜炎へのアプローチとクリプトコッカス髄膜炎(1/3)
(今号は3週連続で配信します。)
臨床現場で「髄膜炎」と聞くといわゆる「急性髄膜炎」に出合うことが多いと思うが、では「慢性髄膜炎」と聞くと具体的にどのような疾患が思い浮かぶだろうか? 「慢性髄膜炎」といえば一般的に結核性髄膜炎がよく知られているが、そのほかにも感染性・非感染性の疾患がある。また、「慢性髄膜炎」と呼ぶからには、われわれがしばしば目にする「急性髄膜炎」との違いを述べることができるだろうか?
今回は「慢性髄膜炎」に関して、どのような状況で疑い、具体的にどのような検査をして診断に至り、どのようなマネジメントを行なう必要があるのかについておさらいし、第2・3回では「慢性髄膜炎」の中でもクリプトコッカス髄膜炎の診断および治療について述べたい。
慢性髄膜炎の定義は、中枢神経感染に矛盾しない症状が少なくとも4週間以上続き、脳脊髄液に慢性炎症所見を認めることとされる。慢性髄膜炎の原因は感染症だけではなく多岐にわたる。表を参考にされたい[1]。
真 菌 | クリプトコッカス、コクシジオイデス、ヒストプラズマ、カンジダ ブラストミセス、糸状菌(スケドスポリウム、アスペルギルスなど) |
細 菌 | 結核、梅毒、ライム病、アクチノミセス、ノカルジア、ブルセラ |
寄生虫 | アカントアメーバ、嚢虫症、住血線虫 |
ウイルス | エコーウイルス |
頭部術後 | シャント術後、人工物感染 |
腫 瘍 | 神経膠腫症、リンパ腫性髄膜炎を含む転移性髄膜炎 |
その他 | サルコイドーシス、ベーチェット病、フォークト-小柳-原田症候群 |
慢性髄膜炎の初期症状としては、発熱、頭痛、吐気、記憶障害、疎通性低下などがあり、数日で急速に増悪する急性髄膜炎と比べて症状が出現しにくいとされている。慢性髄膜炎は、数週間~数か月かけてゆるやかに寛解・増悪する。病期進行に伴い、複視や顔面麻痺をはじめとする脳神経麻痺、歩行障害、昏睡などが出現する。水頭症を合併すると認知症様症状が全面に出現するほか、時にパーキンソン症状を呈することもある。特に、結核性髄膜炎、真菌性髄膜炎や神経梅毒、サルコイドーシスや中枢神経系における血管炎では基底核周囲に炎症を及ぼすことも多く、パーキンソン症状を呈する可能性がある[2]。
一般的に慢性髄膜炎の原因として多いのは、結核性髄膜炎である[3]。小児において結核の結果として起こることが多いとされているが、結核中等度蔓延国であるわが国でも、高齢者の二次結核としては、しばしば経験するだろう。
また、免疫不全患者(HIV患者、ステロイド長期内服、臓器移植後、担癌患者など)における慢性髄膜炎の原因は実に多岐にわたるが、特に真菌感染症、中でもクリプトコッカス髄膜炎が多くみられる。クリプトコッカス髄膜炎の約2-3割は免疫正常者にも起こるが、免疫不全者に比べて症状がより乏しいことが多い。ごく軽微な頭痛のみが唯一の症状ということもあり得る。
その他の全身症状の聴取も鑑別診断の助けとなる。例えば、血管炎を示唆する症状があればWegener病や中枢神経系ループスを疑うヒントとなるだろう。また、動物との接触歴や旅行歴も重要である。アメリカ南西部やカリフォルニア南部への滞在歴があればコクシジオイデス症、ミシシッピ周辺や東南アフリカ、南米諸国と聞けばヒストプラズマ症を検討すべきだろう。最近では、空港での数時間の滞在ですら感染した例もあるようだ。
慢性髄膜炎と鑑別を要する病態としては、反復性の無菌性髄膜炎やウイルス性脳炎などが挙げられる。反復性の無菌性髄膜炎の原因の一つであるMollaret髄膜炎は、HSV-2が主な原因ウイルスとして知られていて、陰部の皮疹や瘙痒感などの症状にも注意する必要がある。基本的には「反復性」との名前の通り、発熱や頭痛などの症状が数日で増悪した後、いったんは自然に軽快し、完全に症状が消失する。その後、数か月~数年以内に再発するという病歴が特徴である。
慢性髄膜炎は症状が乏しく、問診で尋ねられなければ症状を訴えないことも多い。そのため、十分な病歴聴取が重要である。身体診察では異常を認めないこともあるが、特に神経学的所見は最も注意して取りたい。外観は意識変容をきたさなくとも、無関心を呈することはしばしば見られる。時に脳髄膜炎に至れば脳神経麻痺を呈することもあり、例えば結核性髄膜炎では第II・VI脳神経麻痺、次いで第III脳神経麻痺をきたしやすいとされている[3]。
脳浮腫が進むと、運動神経障害、深部腱反射の亢進、バビンスキー徴候、最終的にはチェーンストークス呼吸を呈するようになる。前述の通り基底核周囲に病変が及べば、安静時振戦や固縮、rigidityの亢進といったパーキンソン症状を呈することもある。
そのほか注意したい点としては、胸部の聴診をはじめとする呼吸器の所見、全身の皮膚病変やリンパ節腫大の有無、網膜所見などが挙げられる。結核や真菌感染症では病原体が呼吸器から侵入することが多いため、胸部は忘れずに診察したい。
皮膚病変に関しては、クリプトコッカスをはじめとする真菌感染症ではpapule/maculopapule(隆起を伴う紅斑)を呈し、時に水痘と見間違われることがある。これらは中枢神経症状に先行することもある。ライム病では遊走性紅斑が先行するほか、サルコイドーシスでは結節性紅斑(ただし、非特異的)、ベーチェット病では繰り返す口腔内アフタや陰部潰瘍といった所見が診断の助けとなることもある。
全身性のリンパ節腫大をきたす疾患としては、粟粒結核(一症状として結核性髄膜炎を呈しうる)やサルコイドーシス、悪性リンパ腫などが挙げられるだろう。
慢性髄膜炎を疑えば、神経学的所見のほか全身をくまなく診察しよう。
脳脊髄液の所見はしばしば非特異的であり、特に慢性髄膜炎では一般的にリンパ球優位の細胞数増加を示すことが多くなる。リンパ球優位の細胞数上昇があれば、結核や真菌感染症、中枢神経系の悪性腫瘍を鑑別しなければならない。そのほか、好酸球優位であれば寄生虫やコクシジオイデス症、好中球優位であればノカルジア症やブルセラ症などの可能性がある。
結核やクリプトコッカス症では脳脊髄液中の糖が40mg/dL以下と低値になることがあり、その他の感染性髄膜炎では珍しい。髄液中のADA(アデノシンデアミナーゼ)に関しては、いくつかの文献で、カットオフ値を10~15IU/Lとした場合、結核性髄膜炎における感度・特異度が80%以上と述べられているが[4、5]、カットオフ値は各文献で多少異なる。髄液中のADA高値は結核性髄膜炎に特徴的ではあるが、細菌性髄膜炎やクリプトコッカス髄膜炎でも上昇することがあることは知っておきたい[6]。
髄液培養は少なくとも3~5mL以上の十分量を提出することが推奨されている。そのほか、一般検査と培養に加えて、神経梅毒に対するVDRL/RPR法を用いた抗体反応検査、クリプトコッカス抗原検査、アスペルギルス抗原検査、ヒストプラズマ抗原検査、結核に対するPCR法(ただし、感度は60%弱で、患者背景から疑われれば陰性であったとしても否定はできない[7])などを患者背景に応じて行なう。なお、髄液検査は非特異的であることも多く、疑えば特殊抗原検査を活用したい。
確定診断後の各疾患における治療に関しては成書を参考にされたい。確定診断がつく前のemperic therapyとしては、前項の検査後も他疾患も含め診断がつかないが結核性髄膜炎が疑われる場合は、抗結核薬の開始を検討してもよいかもしれない。
本来、結核性髄膜炎の場合はステロイド併用が推奨されるが、emperic therapyの段階でのステロイド使用に関しては議論の余地がある。複数回のワークアップを行っても診断に至らない慢性髄膜炎の多くが予後は決して悪くなかったとの報告もあり[8]、emperic therapyも慎重に行ないたいところではある。
【References】
1)Mandell GL:Individual Etiologles of Chronic Meningitis.In Mandel Principles and Practice of Infectious Diseases,7th ed,Churchill Livingstone,2007.
2)Cho TA,et al:Management of acute,recurrent,and chronic meningitides in adults. Neurol Clin.2010 Nov;28(4):1061-88.
3)Davis,Larry E.Subacute And Chronic Meningitis American Academy of Neurology.Lifelong Learning in Neurology.2006 April 2006;12(2):27-57.
4)Moghtaderi A,et al:Comparative analysis of cerebrospinal fluid adenosine deaminase in tuberculous and non-tuberculous meningitis.Clin Neurol Neurosurg.2010 Jul;112(6):459-62.
5)Choi SH,et al:The possible role of cerebrospinal fluid adenosine deaminase activity in the diagnosis of tuberculous meningitis in adults.Clin Neurol Neurosurg.2002 Jan;104(1):10-5.
6)Chotmongkol V,et al:Cerebrospinal fluid adenosine deaminase activity for the diagnosis of tuberculous meningitis in adults.Southeast Asian J Trop Med Public Health.2006 Sep;37(5):948-52.
7)Pai M,et al:Diagnostic accuracy of nucleic acid amplification tests for tuberculous meningitis:a systematic review and meta-analysis.Lancet Infect Dis.2003 Oct;3(10):633-43.
8)Smith JE,et al:Outcome of chronic idiopathic meningitis.Mayo Clin Proc.1994 Jun;69(6):548-56.
(つづく)