寄生虫症の臨床――蠕虫感染を中心に(2/3)
(今号は3週連続で配信しています。1号目)
すべての寄生虫の生活史を一つひとつ覚えていれば何も困ることはありませんが、その量は膨大で、寄生虫症の患者に出会う頻度を考えるとすべてを記憶しておくことは決して得策ではありません。そのため、寄生虫診療を行なううえで最低限覚えておくべき基礎知識を 2つに絞ってみました。「寄生虫が好む標的臓器」「食品と寄生虫症」です。この 2つに関しては最低限覚えておく、あるいは常にすぐに確認できるようにしておけば、現在の日本での寄生虫診療においての初期対応ができると考えます。
1.寄生虫が好む標的臓器
感染症診療の原則は「病原体」・「標的臓器」・「宿主」の関係です。一般細菌感染症の診療では、常にこれらを意識した診療を行なっているはずです。これは寄生虫診療においても変わらない普遍の原則です。つまり、病原体(寄生虫)ごとに好む臓器がある程度決まっています。逆に、標的臓器が決まれば感染している寄生虫がある程度絞られてくることになります(表1、図1 )。
表1 寄生虫(蠕虫)の代表的な標的臓器
標的臓器 | 寄生虫 |
中枢神経 | 線虫 イヌ/ネコ回虫 ブタ回虫 広東住血線虫条虫 有鉤嚢虫 |
眼 | 線虫 イヌ/ネコ回虫 ブタ回虫条虫有鉤嚢虫 |
心筋 | 線虫 旋毛虫 |
肺 | 線虫 イヌ糸状虫吸虫 肺吸虫(ウェステルマン肺吸虫、宮崎肺吸虫) |
肝臓・胆道 | 線虫 回虫 イヌ/ネコ回虫 ブタ回虫吸虫肝蛭 肝吸虫 日本住血吸虫、メコン住血吸虫、マンソン住血吸虫条虫 エキノコッカス(多包虫、単包虫) |
消化管/胃 | 線虫 アニサキス |
消化管/小腸 | 線虫 回虫 鉤虫 糞線虫 旋尾線虫吸虫 日本住血吸虫、メコン住血吸虫、マンソン住血吸虫 横川吸虫条虫 日本海裂頭条虫 無鉤条虫 有鉤条虫 アジア条虫 |
消化管/大腸 | 線虫 鞭虫 蟯虫 |
尿路 | 吸虫 ビルハルツ住血吸虫 |
横紋筋 | 線虫 旋毛虫 |
皮膚皮膚跛行症 あるいは 皮下腫瘤 | 【移動性のある病変】 線虫 顎口虫 旋尾線虫 動物由来の鉤虫 ロア糸状虫 イヌ糸状虫条虫 マンソン孤虫 |
【移動性のない病変】 線虫 鉤虫(点状皮膚炎) 回旋糸状虫(皮下腫瘤形成)条虫 有鉤嚢虫(皮下腫瘤形成) |
表やMapは代表的な標的臓器を示しています。内臓幼虫移行症は思いがけない臓器に出現する可能性があり注意が必要です。例えば、マンソン孤虫は一般的に皮膚を標的臓器としますが、中枢神経系や肺などの内臓移行も起こりえます。また肺吸虫は肺をメインの標的臓器としますが、稀に中枢神経系や皮膚、腹腔内臓器なども標的とします。
また皮膚を標的臓器とする寄生虫症に関して補足ですが、皮膚爬行症 creeping eruption と移動性皮下腫瘤を明確に分けることはできません。幼虫が移動する軟部組織内の深さの違いによるため、浅いところを移動すれば皮膚爬行症であり、深いところを移動すれば移動性皮下腫瘤となります。
2.食品と寄生虫症
現在の日本でみられる 寄生虫症は食品を介して感染するものが多くを占めます。食品媒介寄生虫症が増加しているため、食品と寄生虫症の関係を覚えておく必要があります(表 2[1、2]および図2)。この知識をもとに、寄生虫症にかかわる食歴を詳しく聴取することになります。逆に、知識がなければ問診することができません。
食品・食材 | 寄生虫症 |
サバ、アジ、ニシン、タラ、イカサクラマス、カラフトマスホタルイカ、タラライギョ、ドジョウ、ナマズアユモクズガニ、サワガニモツゴ、フナ、コイ | アニサキス症日本海裂頭条虫症旋尾線虫症顎口虫症横川吸虫症宮崎肺吸虫症、ウェステルマン肺吸虫症肝吸虫症 |
イノシシヘビ、カエル、トリウシブタクマ、ブタ、イノシシニワトリ、シャモアフリカマイマイ、ナメクジ | 宮崎肺吸虫症、ウェステルマン肺吸虫症マンソン孤虫症無鉤条虫症、肝蛭症、イヌ/ネコ回虫、ブタ回虫症有鉤条虫症、アジア条虫、旋毛虫症、ブタ回虫症旋毛虫症イヌ/ネコ回虫広東住血線虫症 |
キムチセリ、ミョウガ、クレソン | 回虫症肝蛭症 |
ほとんどすべての患者に「なぜ自分はこの寄生虫症にかかったのか?」と尋ねられます。食品媒介寄生虫症であれば、「おそらく○○を食べたからでしょう」と答えることができるようになります。
「寄生虫が好む標的臓器」「食品と寄生虫症」の 2点に絞って知識を整理しました、実際の治療やそれぞれの寄生虫のライフサイクルといった詳細は成書をご参照ください。
【References】
1)杉山広:食品と寄生虫感染症 ,食衛誌,51(6):285-291,2010.
2)吉川正英,中村(内山)ふくみ:外来を訪れる寄生虫症へのアプローチ その2 寄生虫疾患をどのように疑い,どのように診断するか, Medical Practice,27(9):1452-1459,2010.
(つづく)