寄生虫症の臨床――蠕虫感染を中心に(1/3)
(今号は3週連続で配信します。)
「寄生虫」と言われて、皆さんは何を想像するでしょうか。漠然としたイメージしか持っていない方、学生時代の遠い記憶となっている方が多いのではないでしょうか。確かに、寄生虫症は遭遇する機会が少なく、もしかしたら生涯出合わない疾患かもしれません。そのために愛着やなじみもなければ、虫の名前やライフサイクルを覚えることも面倒で避けてきた方も多いと思います。時に「趣味の世界」とも揶揄されますが、寄生虫症も感染症科医として最低限の“たしなみ”は持っておきたい領域です。虫体や虫卵の判別は形態学ですので、経験によって大きく左右される部分はありますが、基礎知識を整理して、いつでも取り出して使えるようにしておく必要があります。
また、最も大事なことですが、感染症診療の原則 は「病原体」・「標的臓器」・「宿主」の関係であり、この普遍の原則は寄生虫診療にも通じています。今回のシリーズを通して寄生虫に愛着を抱き、その世界にハマり、日常の診療に生かしていただけるようであれば幸いです。
寄生虫分類の枠組み
寄生虫は、1個の細胞からなる原虫(Protozoa)と、多細胞動物である蠕虫(Helminth)に分けられます。さらに蠕虫は、線虫(Nematodes)、吸虫(Trematodes)、条虫(Cestodes)に分けられます(図)。今回のシリーズでは蠕虫を取り上げます。
日本での寄生虫症の現状
かつて日本では、寄生虫症はまれな疾患ではありませんでした。当院の虫卵検査担当の大ベテランの技師さんが小さい頃(おそらく60年くらい前?)は、皆のお尻から回虫がよく出ていたそうです。この回虫や鞭虫に代表されるように、かつては便と共に出た虫卵が再びヒトに入る、いわゆる土壌媒介寄生虫症が多数を占めていました。しかし、これらの寄生虫症は第二次世界大戦後、環境の衛生状態の改善や保健衛生の介入もあって、著しく減少してきています。
その一方で増加してきている寄生虫症は、食品を介して感染する、いわゆる食品媒介寄生虫症です。この増加の背景には、寿司や刺身を食べる日本の文化、海外からの輸入食材および海外旅行の増加、「ゲテモノ食い」などの特殊なグルメブームの出現など、人・物の移動や食文化が大きくかかわっています。日本での寄生虫症の実数把握は、感染症法と食品衛生法によって調査対象となっている寄生虫症のみ可能です[1、2]。
どういうときに寄生虫症を疑うのか?
臨床現場で寄生虫症を疑う状況としては以下の4つが挙げられます。
① 虫体の排泄
② 移動性の皮膚病変(皮膚爬行症 creeping eruption や移動性腫瘤)
③ 慢性下痢症
④ 何かの検査異常で気づく:末梢血好酸球の増加やIgEの増加、肺の結節影、肝機能障害など
①や②は比較的寄生虫症を疑いやすいですが、①の状況で虫体を持参する患者さんは意外と少ないです。また③は蠕虫症よりも原虫症のほうが頻度が高いです。④の血液検査異常は原因寄生虫の特定には結び付きませんが、蠕虫の感染では増加がみられることがあります。当院を訪れる頻度が多いのは圧倒的に①ですが、これら4つ以外は明確に寄生虫症を疑うきっかけは少なく、症状や検査所見が非特異的であるため、常に寄生虫症を鑑別リストの片隅においておく他はありません。そして食歴(食生活の状況、食品と関連する寄生虫;後述)、海外渡航歴、居住歴(エキノコックス症;北海道、糞線虫;九州南部、南西諸島、日本住血吸虫;甲府盆地、久留米市など)、家族歴をしっかりと聴取したうえで、想定される寄生虫症を鑑別に挙げることが重要です。何よりもまずは病歴聴取です。
<References>
1)厚生労働省健康局結核感染症課,国立感染症研究所感染症情報センター:感染症発生動向調査事業年報.
http://idsc.nih.go.jp/idwr/CDROM/Main.html
2) 食品衛生調査会食中毒部会 食中毒サーベイランス分科会の検討概要(厚生労働省報道発表資料),1997.
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/0909/h0917-1.html
(つづく)