No. 362012. 09. 14
成人 > レビュー

抗菌薬適正使用とは何か?(2/3)――② Antimicrobial stewardshipプログラムの2つの中心戦略

がん研有明病院 感染症科

原田 壮平

(今号は3週連続で配信しています。1号目


 2007年、米国感染症学会(IDSA)と米国医療疫学学会(SHEA)は、合同でantimicrobial stewardshipに関するガイドライン(以下、「IDSA/SHEAガイドライン」)を発表しています[1]。antimicrobial stewardshipは「抗菌薬管理」とでも訳せばよいでしょうか。日本の「抗菌薬適正使用」と目的とするところは共通していると考えます。IDSA/SHEAガイドラインでは、antimicrobial stewardshipプログラムの中心となる2つの戦略として“prospective audit with intervention and feedback”と“formulary restriction and preauthorization”を挙げています。

prospective audit with intervention and feedback

 “prospective audit with intervention and feedback”は、抗菌薬の処方時に感染症科医または感染症のトレーニングを受けた薬剤師が、処方医と直接やり取りして助言を与えるものです。この方法により不適切な抗菌薬使用が減少することが複数の研究で示されており、C. difficile感染症や耐性菌感染症の発症頻度の減少を示した研究もあります。

 ガイドラインの記述から離れますが、抗菌薬投与開始後の適正使用チェック(postprescription review)も有効な手段と考えられます[2]。後述する広域抗菌薬の事前承認制を導入しても、微生物学的データが得られていない経験的治療の段階では、感染症専門家も起因菌が耐性菌である可能性を懸念して、担当医の広域抗菌薬処方の提案を受け入れがちです。特に当該医療機関、当該地域において多剤耐性菌の分離頻度が高い場合や、抗菌薬使用歴が濃厚な患者の感染症の場合はそうではないでしょうか。

 これに対して、処方から48~72時間後の、経験的治療開始後の臨床経過が分かり、治療開始前に採取した微生物学的検査結果もそろった段階であれば、より確実な最適な抗菌薬の提案が可能です。ただし、この方法を採るには、抗菌薬投与開始前に担当医が感染症フォーカスの検索を行ない、必要となる培養検体を採取していることが前提となります。よって、それを院内教育や院内ガイドラインで徹底するか、あるいは抗菌薬投与開始時の感染症専門家による介入と連動させるなどの準備が必要でしょう。

 各患者の感染臓器と想定される起因微生物、施設のアンチバイオグラム(各細菌の抗菌薬感受性率)、実際に得られた起因菌の感受性検査結果などに基づいて最適な治療を担当医が選択できるようにサポートするのが、抗菌薬処方への介入において目指すべき方向性と考えます。

 本邦で広く推進される流れとなっている、広域抗菌薬処方時の届出制や広域抗菌薬長期使用患者の把握ですが、このような各症例の丁寧なレビューに基づく最適な抗菌薬の提案(時には抗菌薬投与終了の提案)と連動しなければ、あまり意味のないものになるでしょう。むやみに抗MRSA薬やカルバペネムの処方を「摘発」するようなやり方は処方医との軋轢を生みかねませんし、それらの薬剤の選択が適切な状況にある患者の場合は、その「摘発」が患者の予後を悪化させることにもなりかねません。もちろん、丁寧なレビューの末にそれらの薬剤が必要ないと判断される場合は、理路をたどって処方医に認識の共有を提案すればよいと考えます。

 一例を挙げます。病棟入院中の患者がバンコマイシンを1週間継続使用しているという情報が院内感染制御チームに入ったとします。その患者は、ここ数日は解熱しており、白血球数やCRP値は正常です。この患者へのバンコマイシン投与は「長期投与」なので中止すべきでしょうか?

 当然ながら、これだけの情報でバンコマイシンを中止すべきか否かの判断はできません。「MRSAによる血管内カテーテル関連血流感染症を起こしていないのか?」「MRSAによる術後創部感染症を起こしていないのか? あるとしたら深部の感染症を伴っていないのか?」などの可能性を、症例のレビューや担当医との議論を通じて考えねばなりません。もしもバンコマイシン投与前に血液培養や術創部の培養が採取されていなければ、その判断は困難なものとなるでしょう。

 しかし、その場合にも感染症専門家は状況に即した最善の案を提案しなくてはなりませんし、その苦しみを担当医と共有して「次に同じような状況に遭遇したら感染臓器を検索し、血液培養を採取し、創部培養を採取する」ことの重要性を伝えることが、それから先の「適正使用」につながります。電話一本「バンコマイシンの使用が1週間を超えているので中止できないか考えてください」では何も生まれません。

formulary restriction and preauthorization

 “formulary restriction and preauthorization”は、「採用抗菌薬の合理的な選定と特定抗菌薬の承認制の導入」であり、施設内の抗菌薬使用をコントロールするには最も有効な方法とされます。一方で、この方法で耐性菌の出現が抑制できるかに関しては、過去の研究では必ずしも一致した結果は得られていません。

 IDSA/SHEAガイドラインの中でも、セファロスポリン耐性クレブシエラの増加があったためにセファロスポリンを承認制にしたところ、その使用が減少してセフタジジム耐性クレブシエラが減少した一方、イミペネムの使用が増えてイミペネム耐性緑膿菌(他の抗菌薬には感性)が増加したという研究[3]が紹介されています。

 ある広域抗菌薬の処方を制限した場合に、その抗菌薬と類似の抗菌スペクトラムを有する抗菌薬(例えば、緑膿菌を含めた耐性度の高いグラム陰性桿菌をカバーすることができるβ-ラクタム薬である「カルバペネム」「第4世代セファロスポリン」「タゾバクタム・ピペラシリン」)の使用がどのように変動し、それと関連して院内のアンチバイオグラムがどのように推移しているかには注意を払う必要があります。ある特定の薬剤の使用を減らすことが抗菌薬適正使用の目的ではなく、あくまでそれは耐性菌の分離頻度や、引いては耐性菌感染症による患者の不利益を減ずるための一手段にすぎません。

 採用抗菌薬の選定も、感染症診療の質を高めるうえで有益な手段です。本来使い分けの存在しない同一系統の抗菌薬を多数採用していると、処方医もそれぞれの抗菌薬の抗菌スペクトラムや適応となる状況を把握することが困難となります。逆に、あるカテゴリーの薬剤が採用されていないために、不必要に広域の抗菌薬を選択することが促進されてしまう場合もあります。例えば、「第3世代セファロスポリンが1剤も採用されていないために、耐性度の高いグラム陰性桿菌の関与が否定的な状況の市中感染症において、より広域の第4世代セファロスポリンやカルバペネムが選択される」「緑膿菌をカバーできるβ-ラクタム薬の採用がカルバペネムのみであるために、その処方が増加する」などの場合は、採用薬の検討が必要だと考えます。


【References】
1)Dellit TH,et al:Infectious Diseases Society of America and the Society for Healthcare Epidemiology of America guidelines for developing an institutional program to enhance antimicrobial stewardship.Clin Infect Dis.2007 Jan 15;44(2):159-77.
2)Tamma PD,et al:Antimicrobial stewardship.Infect Dis Clin North Am.2011 Mar;25(1):245-60.
3)Rahal JJ,et al:Class restriction of cephalosporin use to control total cephalosporin resistance in nosocomial Klebsiella.JAMA.1998 Oct 14;280(14):1233-7.

(つづく)

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