No. 362012. 09. 07
成人 > レビュー

抗菌薬適正使用とは何か?(1/3)――①抗菌薬適正使用とその背景

がん研有明病院 感染症科

原田 壮平

(今号は3週連続で配信します。)


 最近、「抗菌薬適正使用」という言葉をよく耳にするようになりました。2012年の診療報酬改定で新たに導入された「感染防止対策加算1、2」の規定においても、院内感染制御チームの業務の一つとして「抗菌薬の適正使用」の評価を行なうことが挙げられており、その具体的な業務内容として「バンコマイシン等の抗MRSA薬及び広域抗菌薬等の使用に際して届出制等をとり、投与量、投与期間の把握を行ない、臨床上問題となると判断した場合には、投与方法の適正化をはかる」と記載されています。

 では、抗菌薬適正使用を推進するうえで、「抗MRSA薬及び広域抗菌薬等の届出制」の実施はどのような意味を持つのでしょうか?

 「抗菌薬適正使用」がしばしば言及されるようになった背景には、多剤耐性菌の分離頻度の世界的な増加があります。特にグラム陰性桿菌は最近10年間で多様な多剤耐性菌が世界各地で拡散する状況であり、大きな問題となっています。基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生菌、カルバペネム耐性腸内細菌科(大腸菌、肺炎桿菌など)、カルバペネム耐性緑膿菌・多剤耐性緑膿菌、カルバペネム耐性アシネトバクター・多剤耐性アシネトバクターなどがその代表的なものです。これらの多剤耐性グラム陰性桿菌が感染症を起こした場合、現状における治療薬の選択肢は限られており、なおかつ今後の新規抗菌薬の開発も滞っている状況であるために、これらの耐性菌の拡散を防ぐことは喫緊の世界的課題です[1]。

 このような状況を踏まえて、世界保健機関(WHO)は2011年の世界健康デーのテーマを「耐性菌と戦う(Combat Drug Resistance)」としました。Director-GeneralのDr. Margaret Chanは「現状に鑑みると、古い抗菌薬が耐性菌のために使えなくなれば新たに開発した抗菌薬に置き換えてやっていけばよいという以前の発想での対処はもはや望むことができず、このまま無策であれば私たちは感染症に対する治療薬のない“post-antibiotic era”に向かっていくだろう」という趣旨のステートメントを発しています(http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2011/whd_20110407/en/index.html )[2]。

 抗菌薬を使用すると、その抗菌薬に耐性の細菌がヒト体内で残存して選択的に増殖するのは避けられないことです。よって、必要のない抗菌薬の使用を避け、使用する場合もできるだけ抗菌スペクトラムの狭い抗菌薬を用いるというのは、耐性菌の選択的増殖を防ぐための合理的な手段の一つとなります。

 また、抗菌薬を適正な量・間隔で投与するのも、耐性菌の選択的増殖を防ぐために重要と考えられています。薬理学的、臨床的に適切と定められた投与量よりも少ない量を用いたり、投与間隔を定められた間隔よりも長くしたりすると、耐性菌が選択されやすい濃度(mutant selection window)に細菌が長時間曝されることになり、耐性菌の選択的増殖を促す結果になることが懸念されます[3]。感染症がよくなってきたから抗菌薬を半分の量で――とか、1日4回だったのを2回に――などという投与法は適切でないと考えられています(逆に、抗菌薬の移行が不良な中枢神経の感染症などで抗菌薬を通常よりも大量に用いる場合はあります)。一方で、臓器障害や循環動態の不安定さを伴う重症患者における抗菌薬の投与法は確立していない部分もあり、最適な方法が模索されている段階です[4]。

 では、医療機関単位で抗菌薬の適切な使用を推進するためには、どのような手段を採るのがよいのでしょうか? 抗菌薬適正使用についての他国での取り組みの例として、次回以降、米国の例を取り上げながら考えていこうと思います。医療システムや医療機関で感染症診療に従事する人員数の違いがあるために、まったく同じ方法が日本で適するかどうかは分かりませんが、方法論や実践の背景にある考え方から学ぶことができる点も少なくないと思います。


【References】
1)Boucher HW,et al:Bad bugs,no drugs:no ESKAPE!An update from the Infectious Diseases Society of America.Clin Infect Dis.2009 Jan 1;48(1):1-12.
2) Dr Margaret Chan:World Health Day 2011:Combat drug resistance:no action today means no cure tomorrow.6 April 2011.
3)Drlica K,et al:Mutant selection window hypothesis updated.Clin Infect Dis.2007 Mar 1;44(5):681-8.
4)Ulldemolins M,et al:Antibiotic dosing in multiple organ dysfunction syndrome.Chest.2011 May;139(5):1210-20.

(つづく)

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