「命拾いしました」(3/3)
Case C
あなたは総合病院の内科外来を担当しています。最近、近くの診療所から咽後膿瘍の症例を紹介され、そのマネジメントを経験しました(Case A参照)。
ある日、別の診療所からの紹介で35歳女性が受診しました。前日から首が痛くて動かせない状態であり、その後に嚥下時痛が強くなって唾液を飲み込むのもつらくなり、口を開けるのもしんどくなってきたとのことでした。食事も摂れない状態ということで、入院による精査加療依頼での紹介受診となりました。なお、経過中に発熱はなく、バイタルサインは問題ありませんでした。
診察上は、疼痛による頸部の可動域制限があり、さらに軽度の開口障害を認めました。咽後膿瘍の可能性を考えてMRIを行なったところ、咽頭後壁に炎症を認め、膿瘍には至らないものの、それに準じた抗菌薬治療が必要と考えて入院加療の方針としました。その日の夕方、新入院患者のカンファレンスで同僚の医師がある指摘をしました。
その指摘とは、経過を通して発熱がまったくないこと、咽後膿瘍の原因となる咽頭炎や歯科感染症などがまったく認められないことから、咽頭後壁の感染症として典型的ではなく、感染症以外の原因も検討したほうがよいのではないかというものでした。
再度画像を見直すと、前医によるCTでC2歯突起腹側の石灰化が確認できることに気づきました(図)。あらためて調べてみると、急性石灰沈着性椎前腱炎で同様の所見を認めることが分かり、症状も典型的と分かりました。そこで、NSAIDs内服を開始したところ、症状は次第に改善しました。
急性石灰沈着性椎前腱炎は、急性の頸部痛、頸部運動制限、嚥下時痛などを主訴として発症する疾患です。頸長筋腱の歯突起着部へ、ハイドロキシアパタイトが沈着して急性炎症をきたします。好発年齢は20~50歳で、咽後膿瘍や化膿性脊椎炎などとの鑑別が臨床上問題となります。単純X線撮影またはCTにて歯突起腹側に石灰化を認めることが鑑別のポイントとなります。通常は1~2週間で自然寛解するので、NSAIDsや局所の安静によって症状軽減を図るのが治療方針となります[1、2]。
この疾患は比較的まれなものですが、咽後膿瘍との鑑別を要します。ドレナージを行なう必要はないため、診断をつけることができれば侵襲を伴う処置を避けることができます。はっきりしない状況では、より重篤な咽後膿瘍を念頭に置いて対応する必要がありますが、本症例のように経過や症状が典型的ではないと感じた際には、画像所見をよく見直すとよいかもしれません。病歴が咽後膿瘍に典型的でないと気づいたことが、正しい診断に至るきっかけの一つとなった症例でした。
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診 断 : 急性石灰沈着性椎前腱炎
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ポイント
- 咽後膿瘍と似た症状をきたす非感染性疾患があり、治療方針が異なる。
- 非典型的な経過と感じることが正確な診断に迫るきっかけになることがある。逆に言えば、典型的な経過や症状についてよく知っておくことが大切である。
【References】
1)Bladt O,et al:Acute calcific prevertebral tendinitis.JBR-BTR.2008 Jul-Aug;91(4):158-9.
2)Hammer GP,et al:Prevertebral tendinitis:How to avoid unnecessary surgical interventions.Laryngoscope.2012 Jul;122(7):1570-4.
※タイトルの意味:英語に “save one’s neck” という表現があります。「危うく助かる」「命拾いをする」という意味です。頸部の重要性は古くから認識され、生命を含め重要なもののたとえとして用いられてきました。日本語でも「首を賭す」「首が回らない」といった表現がありますね。
謝辞:本稿の症例、画像の一部は、諏訪中央病院内科の佐藤泰吾先生と松山有隆先生、伊那市国保美和診療所の岡部竜吾先生に提供していただきました。御礼申し上げます。
(了)