「声が出しにくい」という訴えで受診した50歳代男性(3/3)
(今号は3週連続で配信しています。 1号目 2号目)
※本症例は、実際の症例を参考にして作成した架空のものです。
発語困難・嚥下障害で発症し、2日ほどの経過で全身性に筋硬直をきたしていること、破傷風に特徴的とされる開口障害、痙笑、後弓反張が認められていることから破傷風と診断した。
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診断:破傷風
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経 過
救急外来で直ちに抗破傷風ヒト免疫グロブリン、破傷風トキソイド、ペニシリンGを投与開始するとともに経口挿管を行ない、ICUへ入院となった。ICUでは人工呼吸管理を開始し、鎮静のため、および筋硬直に対してミダゾラムとマグネシウムの持続点滴を開始した。入院翌日には経鼻胃管による経管栄養を開始し、気管切開を行なった。
入院当初は上記治療で状態は安定し、けいれんも認められなかったが、1週間を過ぎる頃からけいれんが頻発するようになったため、筋弛緩薬の併用を開始した。入院20日目を過ぎた頃より筋弛緩薬を中止してもけいれんは誘発されなくなり、上記 薬剤を漸減してくことができた。
薬剤をすべて中止しても状態は安定してきたため、リハビリテーションを開始し、気管孔は閉鎖した。入院2か月頃、目立った後遺症なく退院することができた。
解 説
破傷風菌(Clostridium tetani)は、土壌や動物の糞便など環境中に広く存在している嫌気性菌である。破傷風を防ぐためにはワクチンが必須であるが、日本でDPTワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風混合ワクチン)が広く用いられるようになったのは1968年(昭和43年)頃からであり、それ以前に出生した者、つまり現在40歳代半ば以上の年齢層では適切な予防接種を行なっておらず、破傷風に対して基礎免疫が獲得されていない可能性がある。
日本でも戦後は2000人/年ほどの発生報告がなされていたが、ワクチンの普及とともに激減し、最近数年では100人/年ほどの報告にとどまっている。現在報告されている症例のほとんどは中高齢者であり、国立感染症研究所の調べでもこの年代の抗体保有者は少ないことが報告されている。
1)症 状
破傷風の症状は、破傷風菌の産生する毒素(テタノスパスミン)によるものである。テタノスパスミンは、末梢神経などの軸索から逆行性に中枢神経に到達すると、神経終末に結合して抑制性の神経伝達物質として機能しているGABA(gamma- aminobutyric acid)などを遮断する。中枢神経の抑制が効かなくなることで、筋強直やけいれんなどを引き起こす。けいれんなどの症状は頭頸部に出現し、その後全身性に認められるようになってくることが多い。初期から見られる症状として、開口障害や引きつったような笑顔(痙笑:図1)が特徴的である。発症後数日して自律神経障害の出現することが多く、主に高体温、頻脈、高血圧などの交感神経亢進症状が認められる。
2)診 断
破傷風は致死率の高い疾患であり、早期から適切に治療を開始することが重要であるが、破傷風を経験する機会が少ないこと、臨床診断であることから、早期に診断することは難しい。創部の細菌培養検査で破傷風菌が検出されれば確定診断とすることができるが、培養で検出されることは少なく、25%ほどの症例では創部すら確認できないと報告されている。
侵入部位として、外傷以外に齲歯や中耳炎から発症した報告もある。本症例でも外傷を確認することができなかったが、齲歯が多く認められており、侵入門戸となった可能性はある。
3)治 療
破傷風の基本的治療は、(1)免疫療法、(2)感染巣のコントロール、(3)全身管理である。
(1)免疫療法(受動免疫、能動免疫)
遊離している毒素を中和する目的で、抗破傷風ヒト免疫グロブリンを使用する。また、破傷風はごく少量の毒素で発症するため感染しても免疫が成立しないので、破傷風トキソイドも同時に接種する。破傷風トキソイドは、回復後も基礎免疫をつけるために計3回投与されなければならない。
(2)感染巣のコントロール
抗菌薬投与に加え、創部が認められる場合にはデブリードメントなどの処置を行なう。破傷風菌はセフェム系、マクロライド系、クリンダマイシンなどの抗菌薬にも感受性を示すが、第一選択薬はメトロニダゾールあるいはペニシリンGである。国内ではメトロニダゾールの注射薬が使用しにくいためペニシリンGが頻用されているが、ペニシリンGはGABA受容体拮抗薬でもあり、けいれんなどを悪化させる可能性があるため、メトロニダゾールを第一選択薬とすべきという意見も海外にはある[1]。抗菌薬の投与期間は7~10日程度である。
(3)全身管理
破傷風での死亡の原因は呼吸障害や自律神経障害であり、予後改善のために集中治療が重要である。
- 呼吸管理:呼吸障害は長期にわたることが多いため、また気管チューブ刺激によるけいれん誘発を避けるため、気道管理として早期から積極的に気管切開を行なったほうがよいとされる[2]。
- 栄養管理:けいれんなどのために栄養が消費されるため、経管栄養などで十分な栄養を投与する。
- けいれんのコントロール:鎮静やけいれんのコントロールのためには、GABA受容体作動薬であるベンゾジアゼピン系薬剤(ミダゾラムなど)や、プロポフォールなどが使用される。マグネシウム製剤は子癇発作などにも使用されているが、けいれんや自律神経障害を抑える作用があり、破傷風に対しても有効な治療として確立されている[3]。コントロール不良な場合には、非分極性筋弛緩薬を用いてもよい。
- 自律神経障害のコントロール:血圧や脈拍が不安定となりコントロールに苦慮することが多いが、状況に合わせてモルヒネ製剤やα受容体・β受容体遮断薬などを使用する。
上記治療を適切に行なっても、軸索中を逆行しているテタノスパスミンは徐々に中枢神経に移行していくので、2週間程度は症状が悪化していくことがある。また、神経終末にいったん結合したテタノスパスミンは遊離せず、症状回復は新たな神経終末の再生にかかっているため、4~6週間にわたって症状が持続し、時には後遺症として症状が残る場合もある。
本症例でも上記治療法に従い治療を行なったが、治療開始してからも1~2週間程度は症状の悪化が認められた。頻脈などは認められていたが、自律神経障害は比較的軽度にとどまった。鎮静薬などを中止するには1か月程度を要したが、後遺症を残すことなく治癒することができた。
おわりに
侵入門戸となる創部こそ確認できなかったが、典型的な経過をたどった症例であった。破傷風の診断は臨床診断であるので、臨床医が典型的な病像を知っておくことは重要である。
余談ではあるが、筆者は以前、マグネシウム製剤の有用性を証明するランダム化比較試験[3]を Lancet誌に発表した、あるベトナムの病院を訪れる機会があった。同試験では256名の患者が対象となっていたが、同院には年間300名近い患者が入院するため、破傷風患者専用病棟が設置されていた(図2)。見学時にも数名の患者が治療を受けていたが、日本では極めてまれな新生児破傷風患者も入院していた(図3)。破傷風はワクチンの普及している国々ではまれな疾患となっているが、アジア・アフリカ諸国では現在でも年間数十万人が死亡しており、公衆衛生対策上の大きな問題である。
【References】
1)Ahmadsyah I, et al: Treatment of tetanus: an open study to compare the efficacy of procaine penicillin and metronidazole. Br Med J. 1985 Sep 7; 291(6496): 648-50.
2)Ernst ME, et al: Tetanus: pathophysiology and management. Ann Pharmacother. 1997 Dec; 31(12): 1507-13.
3)Thwaites CL, et al: Magnesium sulphate for treatment of severe tetanus: a randomised controlled trial. Lancet. 2006 Oct 21; 368(9545): 1436-43.
(了)