No. 312011. 11. 22
成人 > ケーススタディ

発熱、嘔気、倦怠感、頭痛のため受診した50歳代男性(3/3)

東京女子医科大学 感染症科

藤田 崇宏

(今号は3週連続で配信しました。 1回目 2回目
※本症例は、いくつかの実際の症例を総合して作成した架空のものです。


 血液培養2セットとレジオネラ尿中抗原、肺炎球菌抗原が提出されたところ、同日中にレジオネラ尿中抗原が陽性となった。また後日、気道検体からもレジオネラ属が培養陽性となった。

::::::::::::::::::::::::

 最終診断:レジオネラ肺炎(および肺外症状)

::::::::::::::::::::::::

 この結果を受けて、レボフロキサシンが投与開始された。また、肺炎球菌肺炎などの合併も考慮して、初期にはセフトリアキソンが併用された。治療に対する反応は良好で、患者は入院から8日目に抗菌薬を内服のレボフロキサシンに変更して退院した。治療は合計14日間行なわれた。

解 説

 今回は、発症7日目に主に肺外症状を訴えて受診したレジオネラ肺炎の症例を提示した。いわゆる非定型肺炎においては多彩な肺外症状が知られている()。非定型肺炎の病原体は全身の感染症を起こし、その一部として肺にも症状が現れると説明する専門家もいる[1]。

Legionella・意識障害
・頭痛
・腹痛
・下痢
・相対的徐脈
・低ナトリウム血症
・一過性のトランスアミナーゼの上昇
Mycoplasma pneumoniae・咽頭炎
・下痢
・皮疹
Chlamydophila pneumoniae・咽頭炎
・筋肉痛
表 非定型肺炎の病原体による肺外症状 
(Cunha BA: The atypical pneumonias: clinical diagnosis and importance. Clin Microbiol Infect. 2006 May; 12(Suppl3): 12-24.より代表的なものを抜粋して引用)

 その中でも、特にレジオネラ肺炎は重篤な呼吸不全を呈する肺炎として知られているが、肺外症状がしばしば肺炎に先行することもよく知られている。今回の症例にあった頭痛、嘔気(消化器症状)、トランスアミナーゼの上昇、顕微鏡的血尿、低ナトリウム血症は、いずれもレジオネラ肺炎の肺外症状として見られることが知られている[1]。本症例では、いずれもレジオネラ症に対する治療とともに速やかに消失した。相対的徐脈が見られることも有名だが、今回の症例では認められなかった。

 肺炎の存在を認知して、尿中抗原が陽性になれば、レジオネラ症の診断に迷うことはないが、肺外症状のみの時期にはX線撮影の所見も乏しく、肺炎の存在の認知が遅れれば診断の遅れにつながる。フォーカスのはっきりしない患者の発熱へのアプローチにはreview of system が重要であると気づかされる症例である。

 レジオネラは、通常の喀痰培養に使われる培地では培養不能なため、疑って培養を意図する場合には、検査室に相談して適切な培地を用いなければ検出されない。培養の感度が低いため、診断は尿中抗原、血清抗体に頼らざるを得ないが、血清抗体では急性期の診断ができず、尿中抗原検査で検出可能なのはレジオネラ属の中でもLegionella pneumoniphila 血清型1のみであるため、感度に限界があることにも注意が必要である。

 レジオネラ属は、集合住宅の冷却塔や24時間循環風呂などの水のあるところで増殖する。日本では温泉や健康ランドなどでの感染が話題になるため、レジオネラ肺炎を語るキーワードとして有名である。今回の症例では、共同浴場など水への曝露歴は明らかではなかった。日本では、レジオネラ症に罹患したトラック運転手のカーエアコンからレジオネラ菌が検出されたという報告が存在し、奇しくも今回の症例も職業がトラック運転手であった[2]。これらの報告によれば、道路の水たまりからもレジオネラ菌は検出されるとのことで、必ずしもカーエアコンの使用がリスクになると証明されたわけではないが、われわれの生活の中にレジオネラへの曝露の機会が多く潜んでいることに警鐘を鳴らしている。海外では、ウィンドウウォッシャー液の代わりに水を用いるとレジオネラ症のリスクが上がるとする報告があり、ウィンドウウォッシャー液をケチって水で代用する人がいるという事実とともに、大変に身近なところで曝露が生じうることに驚かされる[3]。

 レジオネラは検査の感度が低く、曝露歴が重要視されがちだが、これまでに知られたようなリスクへの曝露歴がなくてもレジオラ症の発症があり得ることを示唆する大変興味深い症例であった。


【References】
1)Cunha BA: The atypical pneumonias: clinical diagnosis and importance. Clin Microbiol Infect. 2006 May; 12(Suppl3): 12-24.
2)坂本龍太・他: レジオネラ症の隠れた感染経路、自動車の運転や雨天は危険因子か?, 病原微生物検出情報月報(IASR), 2010, Vol.31: 69-72.
http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/346/dj3463.html
3)Wallensten A, et al: Windscreen wiper fluid without added screenwash in motor vehicles: a newly identified risk factor for Legionnaires’ disease. Eur J Epidemiol. 2010 Sep; 25(9): 661-5.

(了)

記事一覧
最新記事
手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に
成人 > ケーススタディ
No. 972022. 08. 10
  • 東京大学医学部附属病院 感染症内科
  • 脇本 優司、岡本 耕
    手感染症――化膿性腱鞘炎を中心に

    はじめに 全身の中でも手指が最も外傷を負いやすいこともあり、手感染症(hand infection)は頻度の高い皮膚軟部組織感染症の一つである。手感染症は侵される解剖学的部位や病原体などによって分類されるが、中でも化膿性腱鞘炎は外科的緊急疾患であり、早期の治療介入が手指の機能予後…続きを読む

    臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例
    成人 > ケーススタディ
    No. 862021. 01. 29
  • 井手 聡1、2)、森岡慎一郎1、2)、松永直久3)、石垣しのぶ4)、厚川喜子4)、安藤尚克1)、野本英俊1、2)、中本貴人1)、山元 佳1)、氏家無限1)、忽那賢志1)、早川佳代子1)、大曲貴夫1、2)
  • 1)国立国際医療研究センター国際感染症センター
  • 2)東北大学大学院医学系研究科新興・再興感染症学講座
  • 3)帝京大学医学部附属病院感染制御部
  • 4)帝京大学医学部附属病院中央検査部
  • 臨床的にジフテリア症との鑑別に難渋したジフテリア菌保菌の一例

    キーワード:diphtheria、bradycardia、antitoxin 序 文 ジフテリア症は、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の感染によって生じる上気道粘膜疾患である。菌から産生された毒素により昏睡や心筋炎などの全身症状が起こると死亡…続きを読む

    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)
    成人 > ケーススタディ
    No. 662018. 12. 05
  • 日本赤十字社和歌山医療センター 感染症内科
  • 小林 謙一郎、久保 健児、吉宮 伸洋
    1週間以上持続する発熱・頭痛・倦怠感と血球減少のため紹介された78歳女性<br>(3/3)

    本号は3分割してお届けします。 第1号 第2号 *本症例は、実際の症例に基づく架空のものです。 前回のまとめ 和歌山県中紀地方に居住している78歳女性。10日以上続く発熱、倦怠感があった。血球減少が進行したため、血液疾患やウイルス感染症を疑って骨髄検査や血清抗体検査を実施し、重症…続きを読む