No. 312011. 11. 16
成人 > ケーススタディ

発熱、嘔気、倦怠感、頭痛のため受診した50歳代男性(2/3)

東京女子医科大学 感染症科

藤田 崇宏

(今号は3週連続で配信しています。 1回目
※本症例は、いくつかの実際の症例を総合して作成した架空のものです。


 今回は、鑑別診断の過程を見ていく。

 特に基礎疾患のない50歳代の男性が発熱と嘔気、倦怠感、頭痛で受診し、血液検査ではトランスアミナーゼの上昇、低ナトリウム血症、呼吸性アルカローシスを認め、呼吸器症状には乏しいが、胸部X線撮影では透過性の低下を認めているという状況である。

 発熱、嘔気、倦怠感、頭痛という一見とりとめのない非特異的な症状の羅列に、軽度のトランスアミナーゼの上昇、尿潜血という情報が加わって、さらに問題点が絞りにくくなってきている。もしも、これらの所見を総合して一元的に説明できる疾患をパターン認識で即座に思いつけば、特異的な検査を行なって診断にたどり着けるかもしれない。しかし、それが難しい場合には、一つひとつの異常所見あるいは少数の異常所見の組み合わせから問題にアプローチしていくことになる。

 フォーカスが絞りにくい場合には、すでに現れている所見の中で、微妙であっても特異的な所見を手がかりにしていく方法が一つ挙げられる。患者の主たる症状として表現されているものの中では「嘔気」は最も扱いづらく、これを手がかりに消化器系からアプローチしていこうとすると、なかなか答えにたどり着かなかったり時間がかかったりするものである。また、トランスアミナーゼの上昇もしばしば非特異的であり、明らかに胆道系酵素の異常や黄疸を伴っていなければ、単独で発熱の原因を教えてくれることは多くない。

 次に、「発熱+頭痛」ととらえれば、髄膜炎的なプレゼンテーションと言えなくもない。他の検査所見の異常を説明するのは難しいかもしれないが、敗血症を呈していて全身に影響が出ているという仮説も立たなくはない。そこで髄液穿刺も検討されたが、結果を待っている間に補液をしていたところ、ほとんど問題にならない程度に頭痛が改善してしまい、結局のところ髄液穿刺は行なわれなかった。

 フォーカスがはっきりしない場合の発熱の検索の鉄則として、血管内の問題を探る必要がある。この時点では病的な意義がはっきりしないが、収縮期の駆出性雑音が聴取されており、また結膜の充血や腎炎の存在を疑わせる尿潜血など、全身の血管炎的な病像を呈する心内膜炎の存在を考えたくなるところである。そこで、血液培養2セットが行なわれた。

 また、臓器を特定しないで問題を起こす感染症として、ウイルス、リケッチア、輸入感染症としての原虫症や発熱性疾患を考える必要があるため、渡航歴などについて追加の問診が行なわれた。

 右肺の透過性の低下を素直に受け取れば、市中肺炎と考えることもできる。しかし、咳、痰、呼吸苦といった呼吸器の特異的な症状に乏しい。低酸素血症も認めるが、ヘビースモーカーなので普段から低酸素血症がある可能性もある。そこで、肺炎の存在を画像的に確認する目的で胸部CTが計画された。肺炎の存在を診断するのにCTを用いることには異論があるかもしれないが、現実に外来担当医は患者を前にしてフォーカスを特定することにかなり悩む状況にあったとご理解いただきたい。

 肺炎の場合は、全身症状が強く出る、いわゆる非定型肺炎(マイコプラズマ、レジオネラ、クラミドフィラ〔クラミジア〕)が重要な鑑別に挙がる。外来で処方されたセファロスポリンを内服しても症状の改善が見られなかった点も、これに合致していると思われる。そこで、周囲の発熱性疾患の流行状況、動物(特に鳥類)、温泉、野外活動歴、詳細な職業歴などについて追加で問診が行なわれた。

追加で聴取した情報

  • 職業は長距離トラックの運転手。
  • 渡航歴、温泉旅行歴なし。
  • 野外活動歴なし。
  • 周囲の発熱性疾患の流行なし。
  • 動物との接触もなし。

 胸部CTではの所見が得られた。

図 胸部CT画像

胸部CTでは右下肺野の浸潤影が認められ、ひとまず市中肺炎の診断で入院となった。

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 さて、この結果を踏まえて、患者のマネジメントをどうしますか?
追加でどのような検査を行ないますか?

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(続く)
 
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