No. 282011. 08. 02
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London School of Hygiene & Tropical Medicineの教育プログラム(3/3)

  • 所属 上田 晃弘
  •  

    (今号は3週連続で配信しています。 1号目 2号目


      今年も、私以外にも多くの日本人の方がLSHTMのMaster DegreesやResearch Degreesで学ばれている。これらの方々からご意見をいただくことができたので、ご紹介したい。

    肥田野新氏(MSc in Veterinary Epidemiology 2010-2011)

     私が現在在籍しているVeterinary Epidemiology(獣医疫学)の紹介を簡単にさせていただきます。私たちのコースは特に感染症の疫学を中心に学ぶので、授業も必然的に統計学や疫学的解析の手法を学ぶものばかりです。現在は感染症のモデリングと疫学的解析における応用統計学のクラスを受講していますが、今まで習った知識を総動員するような内容になっていて、とても刺激的です。LSHTMのクラスはどれもよく練られ、系統立っているうえに、クラスの後に必ず自分の手を動かして実践する時間が設けられているので、非常に質の高い勉強をすることができています。また、様々なコースの受講者と接する機会も多く、皆モチベーションも高いため、勉強するには最高の環境です。

    松岡貞利氏(MSc in Public Health in Developing Countries 2010-2011)

     LSHTMは、途上国(特にアフリカ)に多くの研究フィールドを有していることもあり、途上国の公衆衛生問題に興味のある方には魅力的なコースだと思います。5つの必須科目(保健政策、保健経済、疫学、医療統計、社会調査)以外に、6科目を興味に応じて選択します。公衆衛生学的な幅広い視点を身につけるための、またPhDを目指す人には研究領域をさらに絞り込むためのよい機会になるのではないでしょうか。疫学データの正確な解釈や量的・質的研究のsystematic review/synthesisは、途上国のフィールドにおいても必要とされる技術です。このような実践的なスキルを学べたことは大変よかったと思います。

    T.K.氏(MSc in Public Health/Public Heath stream 2010-2011)

     公衆衛生は、患者個人を対象とする医学臨床とは考え方が根本的に異なっていますが、LSHTMで学ぶにつれ、社会の矛盾に取り組むことのできる点に魅力を感じるようになりました。特に、自分の立ち位置や公衆衛生的考え方の土台となるフレームワーク作りができたことは非常に有意義であると思っています。

     LSHTMのカリキュラムは、実践的な内容が多いのが特徴です。具体的には、講義と実習のセットで、1学期は基礎科目(統計、疫学、保健経済学、社会研究法)と2つの選択科目を学び、2、3学期は興味ある分野を選択して学ぶことができます。

    R.M.氏(MSc in Medical Statistics at the LSHTM 2010-2011)

     Statisticians at the LSHTM are involved in the development and application of statistical methods to a wide range of problems arising in medical research. The course has been hugely rewarding with a good mix of both the methodological and the more applied aspects of medical statistics, and I have especially enjoyed the opportunity to conduct statistical analysis on observational studies from developing countries. My fellow students come from diverse countries, and really has opened my eyes to the world.

    Y. Takehara氏(MSc in Tropical Medicine and International Health 2010-2011)

     イギリスで熱帯医学を学ぶことなど、数年前までまったく想像もしておりませんでしたが、幸いにとても充実した毎日を過ごしています。アフリカや中南米でフィールド活動をされた先生方の実地体験に基づいた最新の報告を聞いたり、ラボでの顕微鏡などを使った実習では徹底的に身になる指導を受けたり、休み時間には自由参加の講演会、英語やコンピュータソフトの指導セミナーなどが開かれていたりと、勉強面も意義深いものとなっています。

     最近は、学校からの情報連絡も先生や学生間での情報交換もEメールが主流です。クラスのメンバーはfacebookにグループ登録されていて、皆で余暇を楽しむパーティーや食事会の誘いなども、そちらにアップされます。皆、勉強を一生懸命にする一方で、余暇は徹底的に遊びます。

     課題としてエッセイやプレゼンテーションの作成を求められますが、これまで徹底的に論文を読んだり深く考えたりした経験がなく、おまけに英語が苦手な私は、かなり苦労しています。それだけに、無事に課題を提出したというだけでもかなりの解放感を感じます。しかし、そんな解放感に浸っている暇もほとんどなく、さらに大きな壁となる課題や試験が待っています。すでに、こちらで学ぶ期間の半分以上が過ぎていますが、本当にあっという間の濃密な時間でした。

     私の年齢的に、遊びにも勉強にもテクノロジーにも英語にも、ついていくのが少し厳しい感じですが、クラスメイトや先生、日本人の同級生の方々にも恵まれて、ここで学ぶことができて本当によかったなあと感じています。

    島川祐輔氏(MSc in Epidemiology 2009-2010)
     1年間、疫学と統計を中心に勉強しましたが、最も印象に残ったことは、難しい解析の手法でも研究デザインの長所・短所でもなく、「あなたの仮説は何ですか?」ということを常に意識させられることです(私の場合、残念ながら統計のことは時間がたつとすぐ忘れてしまいます)。自分の仮説を生み出すには、今までどこまで分かっていて、何が分かっていないのか、システマティックレビューを行なう必要があります。また、どの研究デザインを選択するかには、自分の仮説が大きく影響します。そして、統計解析をするに当たっても、データをいじくり回すのではなく、元の自分の仮説としっかり向き合うことが最も重要です。このように、仮説の重要さを学んだ1年でした。
    町山和代氏(PhD in Epidemiology and Population Health 2007-2011)
     2007年よりDepartment of Population Studiesに在籍しています。Demographic and Health Surveysのデータを使用して、アフリカ17か国の出生率と家族計画などの近接要因の動向について研究しています。イギリスの博士課程では、基本的に授業はないため、絞り込んだテーマについて存分に研究ができます。そのため、それぞれの分野で経験を積んだ人が3~5年間で学位を取るためにLSHTMに来るというパターンが多いです。一方で、学生の自発性・自律性が高度に求められます。 人口学、疫学、統計学、公衆衛生学の分野で高度な専門性と豊富な経験を有する講師の指導・アドバイスを仰ぎながら研究の質を高めることができ、非常に恵まれた環境にいると思います。LSHTMは、献身的に質の高い研究をする研究者が集結し、また幅広いネットワークを有する学術機関として、国際機関、NGO、各国の研究機関からの高い信頼性を得ていると強く感じています。

     今回コメントを頂戴した方々は、異なったバックグラウンド、異なった目的を持ってLSHTMで学ばれており、それぞれの目的に合ったコースを選択されているわけだが、それぞれが各コースに対してよい評価をしておられることは特筆に値する。特に「授業がよく練られ、実践的であること」「多彩なバックグラウンドの学生と共に学べること」が、共通して評価されている点のようである。

     私にとってMaster Degreesで学んでいるメリットは大きく以下の5点である。①講師が第一線で活躍する専門家である、②臨床の症例に触れる機会が設けられていた、③多くの科目で講義と実習が組み合わされ、内容も練られている、④グループワークなどを通じてコミュニケーションスキルのトレーニングができる、⑤多彩なバックグラウンドを持った学生と共に過ごすことができる――いずれも私にとってかけがえのない、貴重な経験であると感じている。

     最終回にあたって、LSHTMを取り巻く環境についてもご紹介しておきたい。本学はロンドンの中心地に位置しており、すぐ南側には大英博物館が、北側には大英図書館がある。大英博物館を訪れてみると、テレビや本でよく見かける貴重な展示物が数多く見られる。これほどの展示物が無料で公開されているということには驚かされる。

     ピカデリーサーカス、オックスフォードサーカス、歓楽街として知られるソーホー地区などにも近い。演劇やコンサートなどのイベントにも事欠くことのない、大変にアクティブな場所である。また、リージェントパークやハイドパークなどの公園も近い。ロンドンの公園は季節によって様々な姿を見せてくれ、冬には真っ白な雪景色を、春にはリスの走り回る豊かな緑を楽しむことができる。このような環境で学べるのは、とてもありがたいことだと思う。

     このたびの一連のレポートは、主に私個人の体験に基づくものであり、客観性を欠いた面もあると思うが、実際にLSHTMで学んでいる者の感想として何かの参考になれば幸いである。なお、LSHTMに関する公式の情報はウェブサイト(http://www.lshtm.ac.uk/)に詳細に記載されているので、そちらを参照されたい。  

     最後に、この場を借りて、今回の私の留学を快くお許しいただいた東海大学総合内科の高木敦司教授、東海大学総合内科の先生方、貴重なご助言を賜った静岡がんセンター感染症内科部長の大曲貴夫先生、お力添えをいただいた多くの皆様に深く御礼申し上げます。また、今回コメントをいただいたMaster Degreesの皆様、いつも的確なアドバイスをくださるResearch degreesの皆様、そして共に学んでいるMSc in TMIHの同級生の皆様に、心からの感謝を申し上げます。

    (了)

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