周期性の発熱と下肢痛を主訴に受診した20代女性(2/4)
(今号は4週連続で配信しています。1号目)
※本症例は、個人情報保護の観点から、経過や治療について大幅に加筆・変更しています。
20歳代の女性、10~12日間隔の発熱、下肢の筋肉痛・関節痛……、まさかこれがウワサのTNF受容体関連周期性症候群なのだろうか。しかし、そんなレアな疾患を考える前に、まだ海外渡航歴について聞いていなかったことに思い当たった。関節痛・筋肉痛と言えば、デング熱、マラリア、レプトスピラ症など輸入感染症でよく見られる症状である。escharもあるし、リケッチア症も鑑別に挙がるだろうか。
よくよく聞いてみると、なんと1か月前にウズベキスタンに行ったらしい。それを先に言ってほしかったなあ。海外渡航後の発熱となると、やはり輸入感染症だろうか。しかし、ウズベキスタンと言われても、どこにある国なのかもよく分からない。ウズベキスタンがどんな国なのかは後で調べることにして、とりあえずそのウズベキスタンでどんなことをしていたのか、詳しく聞いてみた。
■海外渡航歴 ・9/1~8:リシュタンという地方で、日本語学校でのボランティアのため1週間滞在した。 ■ウズベキスタンでの生活内容 ・同行者約20名に確認したが、自分以外に発熱を訴えている人はない。 ・リシュタンという田舎町にほとんど滞在したが、タシケント(首都)とサマルカンド(都市部)にも寄った。 ・ホームステイだったので、食事はその家で出されたものを食べていた。水は現地で買ったミネラルウォーターを飲んでいた。屋台では食べていないが、生野菜はサラダを何度か食べた。乳製品はアイスやチーズを食べた。牛乳は飲んでいない。牛肉は火の通ったものを食べた。鶏肉や豚肉は食べていない。 ・川遊びやトレッキングなどはしていない。 ・雨季ではなく普通の気候だったが暑かった。 ・現地での不純異性交遊はしていない。 ・動物の曝露なし。虫には滞在初日に気づいたら咬まれていた。蚊にも咬まれたかもしれない。 ・ワクチン接種・予防内服なし。 |
ウズベキスタンが流行地であるかどうかは分からないが、曝露歴などからは、例えば次の可能性が考えられる。
・蚊:マラリア、デング熱、チクングンヤ熱など
・ダニ:リケッチア症、ライム病
・水・食物:腸チフス、ブルセラ症(乳製品)
もし、ウズベキスタンがマラリア流行地であれば、マラリアは必ず除外診断しておかなければならない。検査前にウズベキスタンの流行感染症ついて調べてみることにした。
まずはウズベキスタンについての一般的な情報を知るため、ウィキペディアと『地球の歩き方』を見た。ウズベキスタンは中央アジアに位置する旧ソビエト連邦の共和国であり、正式名称は「ウズベキスタン共和国」というらしい。人口2780万人(2008年)で、1人当たりの国内総生産は521ドル(2005年)。気候は典型的な大陸性気候で、夏は非常に暑く、冬は比較的寒い。昼夜の気温差も大きい。降水量は少なく、乾燥している。7月初めぐらいから「チッラ」と呼ばれる酷暑期に入り、8月半ばぐらいまで続く。彼女が滞在した時期は9月上旬であり、酷暑期が終わった頃であったと考えられる。
次に、CDC、WHO、fit for travelなどのウェブサイトで、ウズベキスタンでの感染症の流行状況について調べてみた。これらのサイトによれば、ウズベキスタンでは旅行者はポリオ、炭疽、ペスト、ダニ脳症、結核、ジフテリア、破傷風、腸チフス、狂犬病、A型肝炎、B型肝炎、インフルエンザ、HIV感染症、麻疹、ブルセラ症などに注意すべきであるとのことであった(マラリアの流行地域には含まれていないようだ)。
これらの感染症のうち彼女の症状に当てはまるのは……、潜伏期も考慮すると腸チフス、ブルセラ症くらいであろうか。インフルエンザ、HIV感染症、A型肝炎、B型肝炎なども症状からは否定できないが、潜伏期が合わないと考えられた。
ウズベキスタンへの渡航歴は今回の発熱とは関係ないという可能性もあるため、輸入感染症以外の疾患も考える必要がある。この場合、インフルエンザ、伝染性単核症(EBV、CMV、HIV)、感染性心内膜炎、結核などの感染症や、成人発症スティル病、全身性エリテマトーデスなどの膠原病を考えなければならない。
以上より、検査前の鑑別診断としては次の可能性を考えた。
【輸入感染症】
・腸チフス
・ブルセラ症
【非輸入感染症】
・インフルエンザ
・伝染性単核症(EBV、CMV、HIV)
・感染性心内膜炎
・結核
そして、インフルエンザ迅速検査、血液検査、胸部X線撮影、心電図検査、血液培養2セット、経胸壁心エコー検査、腹部エコー検査を行った。血液検査の結果は以下の通りであった。
・WBC 7290/μL(Neut73.3%、Lym15.2%、Eos0.8%)、RBC3.73×106/μL、Hb11.3g/dL、Ht32.7%、 Plt15.8×103/μL ・TP7.4g/dL、Alb3.8g/dL、T-Bil0.78mg/dL、GOT26IU/L、GPT 69IU/L、LDH158IU/L、ALP190IU/L、γ-GTP35IU/L、CRP19.5mg/dL、BUN9.6mg/dL、Cre0.67mg/dL、Na138mEq/L、K3.7mEq/L、Cl99mEq/L ・HBs抗原(-)、HBs抗体(-)、HCV抗体(-)、RPR(-)、TPHA(-)、HIV抗体(-) |
軽度の肝機能障害、白血球の左方移動、CRP上昇を認めた。何とも言えない非特異的な所見である。また、そのほかの検査結果は以下の通りであった。
・胸部X線撮影:異常なし ・腹部エコー検査:軽度の脾腫を認める。膿瘍なし ・経胸壁心エコー検査:疣贅なし。心機能も正常 ・心電図検査:異常なし ・インフルエンザ迅速検査:陰性 ・血液培養:2セット陰性 |
有意な所見としては脾腫のみであった。ブルセラ症では発育に時間がかかることがあるため、血液培養は念のため培養を3週間続けてもらうようにお願いした。ウズベキスタンはマラリアの流行地域ではないとは知りつつ、やはりマラリアは除外しておかないと安心できなかったため、ギムザ染色とキットでの迅速検査を行った(図)。
やはりギムザ染色でマラリア原虫は認めず、迅速検査も陰性であった。また、後日結果が判明した外注検査の結果は以下の通りであった。
・CMV IgM 陰性、EBV VCA-IgM 陰性、QFT 陰性 ・ブルセラ凝集反応:アボルタス<40倍、カニス<160倍 |
まったく手がかりがつかめない……。このまま患者を自宅に帰すのも怖いので入院精査を強く勧めるも、「入院とかマジ勘弁」と拒否されたため、彼女には「今回は抗菌薬は飲まずに様子を見てください。また発熱があれば受診してください」とお願いして帰宅してもらった。そのまま熱が出なくなることを祈っていたのだが、願いもむなしく、きっちり12日後に発熱が出現したため、彼女は再び当院を受診したのだった。
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本症例の診断のために、どのような方法があるでしょうか?
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(続く)