発熱・悪寒を主訴にERを受診した20歳代男性(3/3)
(今号のCase Studyは、3週連続で配信しました。1回目 2回目)
※本症例は、実際の症例を参考に作成した架空のものです。
前回のまとめ:ウガンダとインドネシアへの渡航歴がある20歳代の男性。症状、身体所見、問診情報と渡航先の感染症流行情報から、ウガンダで感染したとすればマラリア(熱帯熱以外)、アメーバ性肝膿瘍、結核、インドネシアで感染したとすればデング熱、チクングニア熱、リケッチア症、腸チフス・パラチフスと鑑別疾患を絞り込んだ。また、渡航後であっても、輸入感染症以外の発熱疾患の可能性も充分に考えられるので、一般的な発熱疾患に対する work up も必要である。
以上の鑑別診断に基づき、血液検査(血算、生化学、非トレポネーマ試験、トレポネーマ試験)、尿検査、血液培養2セット、血液塗抹標本検査、マラリア迅速診断検査、胸部線撮影をオーダーした。
- マラリアの診断は、血液塗抹標本でマラリア原虫を検出することがgold standardである
- デング熱やチクングニア熱を疑う場合のPCR検査と抗体検査については、国立感染症研究所ウイルス第一部第2室のウェブサイトを参照[5]
- マラリアやデング熱の迅速診断キットは補助診断として利用できるが、保険収載されていない
検査結果
- 血算:WBC 6,000/μL (Neu 65%、Lym 11%、Mono 14.4%、Eo 0.7%、Baso 0.3%)、Hb 13.9 g/dL、Hct 39.8%、Plt 7.1×104/μL、TP 6.4 g/dL、Alb 3.7 g/dL
- 生化学:BUN 12 mg/dL、Cre 1.0 mg/dL、Na 136 mEq/L、K 4.0 mEq/L、Cl 101 mEq/L、Ca 8.3 mg/dL、CK 19 U/L、AST 18 U/L、ALT 21 U/L、LDH 314 U/L、ALP 127 U/L、Amy 32 mg/dL、
- 非トレポネーマ試験:RPR(-)
- トレポネーマ試験:TPLA(-)
- 胸部X線撮影:特記事項なし
- 血液培養:陰性
- マラリア迅速診断(Malaria Ag P.f/Pan(SD社)):P.f (-)/Pan(+)
P.fは熱帯熱マラリアPlasmodium falciparumを表す。Panのみが陽性なので、卵形マラリア、三日熱マラリア、四日熱マラリアの可能性が考えられる。 - 血液塗抹標本(図):ギムザ染色1000倍
感染赤血球が卵形で、端が箒(ほうき)のように途切れた鋸歯状縁を認める。内部にはシュフナー様斑点がある。典型的な形態的特徴から、卵形マラリア(アメーバ体)と診断した。
**********************
最終診断:卵形マラリア(原虫寄生率:0.5% )
**********************
治 療
急性期治療をメフロキン内服(初回3錠内服、6時間後に2錠内服)で行ない、その後プリマキン15 mg塩基/日を2週間の内服で根治療法を行なった。
考 察
ヒトに感染するマラリアは、1)熱帯熱マラリア(Plasmodium falciparum) 、2)三日熱マラリア(P. vivax)、3)四日熱マラリア (P. malariae)、4)卵形マラリア(P. ovale )の4種が知られている。2004年にサルマラリア原虫の一種であるP. knowlesiのヒトへの集団感染例が報告され、第5のマラリアとして注目されている[6][7]。
さて、本症例は卵形マラリアと診断したが、どこで感染したのだろうか?
卵形マラリアの平均潜伏期は14日である。卵形マラリアはインドネシアには分布しないので、ウガンダで感染したと考えられる。ウガンダのマラリアは85%以上が熱帯熱マラリア、残りの15%を三日熱、四日熱、卵形マラリアが占める。
では、なぜ潜伏期が長く(3か月から2年)、ウガンダで多数を占める熱帯熱マラリアに感染しなかったのだろうか? その答えは、卵形マラリアの人体内での生活史とメフロキンの予防内服に関係がある。
マラリアの人体内での生活はliver stageとblood stageの2つに分けられる。まず、蚊の刺口により人体内に侵入したマラリア原虫は肝細胞内で増殖する(liver stage)。増殖したマラリア原虫は肝細胞を破壊して血流に入り、赤血球に感染する。そして、赤血球内で増殖・破裂を繰り返す(blood stage)。
卵形マラリアと三日熱マラリアでは、blood stageへ移行する原虫がいる他に、liver stageで増殖した原虫の一部が休眠期原虫となって肝細胞内に残存する。メフロキンはblood stageのマラリア原虫には効果があるが、肝細胞内の休眠期原虫には効果がない。そのため、メフロキンをきちんと予防内服していても、流行地を離れて2か月目以降に卵形マラリアや三日熱マラリアを発症することがある[8]。一方、熱帯熱マラリアや四日熱マラリアの場合には休眠期原虫が存在せず、メフロキン耐性でない場合の予防内服の効果は非常に高い。
この卵形マラリアや三日熱マラリアの生活史は治療とも関係する。つまり、肝細胞内に潜む休眠期原虫を治療しなければ、初期感染の数週~数か月後に起こる再発の原因となる。マラリアの治療は、種や感染地域の薬剤耐性に左右される。詳細についてはWHOやCDCのガイドライン[9][10]、熱帯病研究班の「寄生虫症薬物治療のてびき」[11]などを参照してほしい。
本症例は卵形マラリアだったので重症化することはなかった。海外渡航歴のある発熱患者で、絶対に見逃してならないのは熱帯熱マラリアである。熱帯熱マラリアの発症早期には重篤感はない。しかし、短期間で重症化し、致死的になることを念頭に置くべきである。熱帯熱マラリアを少しでも疑ったら、躊躇なく専門機関へのコンサルト・転送を心がけてほしい。
<References>
5.国立感染症研究所ウイルス第一部第2室:デングウイルス感染症情報
http://www.nih.go.jp/vir1/NVL/dengue.htm
6.Singh B, et al: A large focus of naturally acquired Plasmodium knowlesi infections in human beings. Lancet. 2004 Mar 27; 363(9414): 1017-24.
7.Cox-Singh J, et al: Plasmodium knowlesi malaria in humans is widely distributed and potentially life threatening. Clin Infect Dis. 2008 Jan 15; 46(2): 165-71.
8.Schwartz E, et al: Delayed onset of malaria―implications for chemoprophylaxis in travelers. N Engl J Med. 2003 Oct 16; 349(16): 1510-6.
9.WHO: Guidelines for the treatment of Malaria, second edition, 2010.
http://www.who.int/malaria/publications/atoz/9789241547925/en/index.html
10.CDC: Treatment of Malaria: Guidelines For Clinicians(United States), 2009.
http://www.cdc.gov/malaria/diagnosis_treatment/treatment.html
11.「輸入熱帯病・寄生虫症に対する稀少疾病治療薬を用いた最適な治療法による医療対応の確立に関する研究」班: 寄生虫症薬物治療の手引き, 改訂第7.0.1版, 2010.
http://www.med.miyazaki-u.ac.jp/parasitology/orphan/index.html
(了)